第119話 戦争終結……と思いきや、
【皇帝ガイール】
翌朝、天幕の外で囀る小鳥の鳴き声で目覚めた皇帝ガイールは、鈍麻な思考のまま、重い頭を振りながら寝台から身を起こした。
(撤退も已む無し……か……)
眠りにつくまで、考えて、考えた末に出した答えが、撤退の二文字だった。
冷静になれば指揮官の言っていることが正しい。今回の戦争で一番厄介な相手が異世界のデーモンアキオということ。聖教国の教皇の首を取ったところで、この戦争に勝てるわけではないのだ。その先にいるデーモンアキオの首を取ることが最終目的と言ってもいい。
だがそのためには何もかもが足りない。当初5万もの兵がいた帝国軍だが、たった二日で100名にまでなっている。これでは教皇の首を取ることもできない。それに異世界にいるであろうデーモンアキオをどうやって討つのか。その方法すら分かっていないのである。
そのことも含め、一度撤退し作戦を練り直す必要がある。軍備をもっと強化し、デーモンアキオに対抗でき得る力を持たねばならないのだ。
デーモンアキオに虚仮にされ、怒りのままに進軍したが、冷静になればなる程、自軍の敗色の色が濃くなっているのがわかった。
「おい、指揮官をここへ呼ぶのだ!」
皇帝ガイールは、天幕の外に向かってそう声をかけた。
悔しいが撤退を決断したことを指揮官に伝えることにしたのだ。
しかし、しばらくしても天幕の外から返事が返ってこない。普段なら天幕の入り口を交代で守る二人の衛士が即座に返事を返してくるのだがそれもないのだ。
天幕の外からは何の気配も感じさせず、ただ小鳥の穏やかな囀りが聞こえてくるだけだった。一種異様な雰囲気。本来なら数人の兵士の話声や、朝食の準備で動いている者達の気配が天幕の中にいても分かるのだが、まったくその気配が感じられない。
「おい、誰もおらぬのか……?」
再度呼びかけるも応答がない。
皇帝ガイールは、得も言われぬ焦燥感に囚われた。
急いで編み上げの
すると目の前にはいくつかの天幕があったが、外に出ている者は皆無だった。いつもなら二人体制で皇帝ガイールの天幕の警護につている衛士も見当たらない。
──ま、まさか……。
まさか自分だけを残し、全員がデーモンアキオの呪いで死んでしまったのではないか。
そんな不安が胸中を過る。
「おい! 誰かおらぬか!」
皇帝ガイールは、急いで他の天幕を覗く。
しかし天幕には死体すら見当たらずもぬけの殻。全部の天幕を覗いたが、誰一人としてそこにはいなかった。
「……皇帝である儂を残し、全員が逃げたというのか……?」
一人野営地に取り残された皇帝ガイールは、天を仰ぎながらそう思い至った。
──さもありなん……か……。
他の誰の助言も聴き入れず、進軍を強行した。
デーモンアキオの呪いは、自分には効果を見せなかったが、兵達は明らかに顔色が悪く、調子が悪い中での進軍。まやかしだと兵達を脅しながらの進軍。
独裁的な強行軍に、兵も部下も自分を見限ってしまったのだろう、と。
──自業自得、因果応報、か……。
そう考えた時周囲から人の気配が感じられた。
ガサガサと草木を分けながら、大勢がこの野営地に向かってきている音だった。
「ど、どこに行っておったのだ。驚かせおって……なにっ⁉」
兵達が自分を驚かせようとしていたのではないか、と考えそう言った時、周囲を囲む者達の姿が顕わになった。
「聖教国軍……」
聖教国軍独特の白い鎧姿を目にした皇帝ガイールは、恐々として後退る。しかし徐々に周囲を囲まれ逃げ場すら失った。
夜着に編み上げの
徐々に包囲が狭まってくる。
するとその中から数人が何か奇妙な板を手に近づいて来た。
見たこともない黒い板状の何かが3枚。それに聖教国軍の頭上には、これまた見たこともない何かが数個浮かんでいる。
──あ、あれは何だ……。
皇帝ガイールは狼狽した。
黒い板も何かは分からないが、それ以上に空中に浮かぶ奇妙な物体に、得も言われぬ恐怖が募る。その物体がこの世界の物ではなく、異世界の何かしらの道具と悟った。この世界では到底作り出すことのできないような技術を見た気がしたのだ。
魔法でも物体を宙に浮かせることは不可能に近い。大賢者と呼ばれる者ならばできなくはないだろうが、数個も浮かんでいる物体は、魔法とかでは説明できないような動きを見せているのだ。
──なるほど……最初から負けは決まっていたようだ……。
そう観念する皇帝ガイールだった。
そして、心を折られたところで、また皇帝ガイールを驚愕させるようなことが起こる。
3枚の黒い板、その真ん中の板に突然何かが映し出されたのだ。
「な、魔導鏡⁉」
そこに映し出されたのは聖教国の教皇と一人の少女、大賢者の弟子プノーザである。
『帝国皇帝ガイール、久しぶりである。我等はここにこの戦争に終止符を打ちたいのだが、貴殿はどうかな? 未だ抵抗を試みるか?』
「……」
多くの敵に囲まれ、味方は誰一人としていないこの状況で、抵抗するほど愚かではない。
しかし教皇の言を聞き、少しは反骨心を見せたいということなのだろう、ただ黙して教皇を睨み付けた。この時点で起死回生の何かがあると考えているわけではないが、皇帝としての矜持がそうさせたのかもしれない。
『どうもまだ状況が掴めていないようなの。皇帝さん以外は全員捕らえているなの』
プノーザがそう言い合図を送ると、残りのモニターにも映像が映し出された。
「な、は……はあぁ……⁇」
それを見た皇帝は、その馬鹿げた映像に我が目を疑った。
『聖教国側、魔大陸側、両方の全兵士は、このように捕虜として捕えているの。もう誰も助けには来てくれないなの』
「ま、魔大陸側も……」
モニターに映し出された帝国軍の将軍の下着姿を見て、皇帝ガイールは愕然とした。
更にもうひとつのモニターには聖教国側の5万もの兵と、昨晩まで一緒にいた指揮官が、捕虜として画面に映し出されているのだ。もう信じるほかなかった。
何よりも、ここから遠く離れた場所の情景まで映し出せる魔法(技術)を見せられては、これ以上反骨する気も失せてくるというものだ。
もしかしたらこの魔法(技術)を使って、帝国は逐一監視されていたのかと考えると、負けて当然だと思うに至ったのだった。
『さて、投降するか死か、どちらを選んでも良いが、しかしながら我らが盟友であり主であらせられるデーモンアキオ殿は、殊の外殺生を好まんのでな。事実、帝国軍には一人の死者も出ておらん。無論我々の側にもだ。できれば貴殿にも投降の選択をして欲しいのだが』
「なに! 全員、無事、だと?」
デーモンアキオの恐怖を具現化したような、あのふざけた表情を思い浮かべ、そんなことがあるものかと考えた。
しかし映像で見る限り、ほぼほぼ全員が捕虜になっていることは間違いないと悟る。
その表情を見て、教皇はさらに続ける。
『ここで嘘を言っても仕方がなかろう、これはデーモンアキオ様のご意向なのだ。我々はそれに従ったまで。して、貴殿はどうするのだ?』
真摯に話す教皇の言葉に、無理にでも納得するよりほかなかった。
「そ、そうか……了解した。帝国皇帝ガイールの名において、ここに帝国の降伏──」
皇帝ガイールは降伏宣言しようとした刹那、それは起こった。
森の上空で爆発するような音と共に、火を噴きながら轟音を響かせ森の中に何かが落ちた。
──ドゴーン‼
という爆音と地響きと共に、きのこ雲が空高くへと昇ってゆく。
いったい何が始まったというのか。
その場にいる全員が空に立ち昇るきのこ雲から目が離せなかった。
そしてそのきのこ雲の周りを、悠々と飛ぶ何かを見つけることになったのだった。
▢
残るは皇帝ガイールのみ。
最終作戦の朝、俺達は全員で指令室に詰め、その時を待っていた。
この数か月、色々と大変なこともあったが、やっと終わる。当初の作戦通り双方一人の死者も出さずに戦争を終わらせることができることに、皆一様に緊張を緩めていたのだった。
帝国軍の総大将である皇帝ガイールを追い詰め、これでこの戦争も終結するはず、だったのだ。
聖教国側と魔大陸側の捕虜にも、その光景はリアルタイムで観てもらっていた。情けなく降伏をする皇帝ガイールの姿を見せつけることによって、今後帝国の残党がまた攻めてくるのを防ぐ目的でもある。
帝国と聖教国、否、こちらの世界との力の差を大いに見せつけ、今後敵対する意欲を削ごうと、大家さんの考えでもあった。
エル姫とフェル姫の父親である教皇と、プノとが最後の詰めを行い、やっと皇帝ガイールの口から、帝国の降伏宣言が出ると思った矢先だった。
『メーデー! メーデー! こちら偵察機リーパー!』
緊急音声が指令室に響き渡った。
メーデーというからには、偵察機の飛行に何らかのトラブルが発生したことになる。故障? そう思ったが、どうも様子が違った。リーパーから送られてくる映像は、錐揉み状態の映像で、すでに墜落途上にあるようだった。
緊急事態だが、偵察機は遠隔操作で無人なので誰かが死ぬということはないので、そこは一安心ではある。ただ墜落する場所に人がいないことを祈るだけだ。
でも、その原因がなんなのかはっきりとしない。
「どうした⁉」
大家さんが大慌てで自衛官のパイロットに向けて状況を問う。
『謎の飛行物体からの攻撃を受けました! 主翼に被弾、操縦不能、墜落します!』
謎の飛行物体?
攻撃を受けた?
いったい何に⁇
俺はその内容に首を捻るしかなかった。
今まで敵になり得る飛行物体などそうなかったはずだ。大型の鳥や、たまに小型のドラゴンと呼べるような生物が空を飛んでいたが、偵察機に警戒して近づいてくることもなかった。
なによりも、飛行速度が断然偵察機の方が早いので、気にも留めていなかったのだ。
そんな脅威もない異世界の空で、いったいどんな攻撃を受けたというのだろうか。
そして俺達はこの後、とんでもない敵と遭遇することになるのだった。
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