第100話 作戦開始

【聖教国では】


『お父様、こちらから送った武器の使い方を兵士たちは熟知していますか?』

「ああ、プノーザ様に簡単な使い方の説明書を作ってもらい、今訓練中だ」


 エル姫は教皇と共に兵の配備や、異世界の新しい武器の配備や訓練について話し合っている。


『そうですか。なるべく熟知するようにと伝令して下さい』

「うむ、承知した」

『ヒナたん様とアキオ様は、この戦争を最小限の犠牲で終わらせると宣言しておりますので、わたくし達もそれに準じて行動しなければならないと考えております』

「しかし、戦争で最小限の犠牲で、というのは、些か考えにくいものだが……だが、ヒナタ様やアキオ様の作戦があれば、それも可能なのだろうと最近は思えてきた」

『はい、アキオ様とヒナたん様のお力添えがあれば、必ずや聖教国は勝利できることでしょう』

「うむ、我々もそれに応えねばな」

『はいお父様』


 二人は異世界の助力にいたく感謝している。

 異世界から送られた武器は、殺傷能力が低く、敵の行動を阻害するのが主な目的の武器である。

 なるべく敵を殺すのではなく、捕虜として捕らえる。それができれば、戦争終結時に聖教国への反感も少なくなり、世界を束ねることも容易だと日向は言っていた。


 もっともやむを得ない場合は、こちらの武器で応戦するしかない。

 味方兵士が身を危険にさらしてまで、敵兵を捕虜とするべきではないとも考えている。これは戦争なのだ。そもそも敵はこちらに侵略を仕掛けてくるのである。戦争なのだ向かって来る者には殺す覚悟で挑まなければならない。


『新たにヒナたん様から、敵の捕虜を収容できる場所を至急造成して欲しいと指示を受けました』

「うむ、場所はどのあたりだね?」

『はい、国境付近に大規模なものがあれば良いという話です』

「そうか、ならば、テドの町近郊が良いな。至急手配しよう」

『それと、この状況で兵士も大勢城から離れているので、アキオ様から城の警備強化のために、色々な物をプノーザ様に送られております。そちらも早急に配備を進めるようお願いします』

「なに、この城を警備するものをか? そこまで必要なのか?」

『はい、ヒナたん様とアキオ様が仰られるに、お父様の首を取られると、その時点で聖教国の敗北が決まってしまうことを危惧されております。帝国が暗殺者を送り込んでくる可能性を示唆しておりました。それに、プノーザ様の存在も帝国には知られております。あのハンプを一撃のもとに倒した大魔導師ということで、帝国が脅威を抱き、暗殺されるかもしれない、とも』


 跡目を継ぐはずのエル姫と、姉のフェル姫が異世界にいる以上、教皇が殺されてしまえばこの聖教国に次の教皇はいなくなるのだ。

 そうなれば聖教国は敗れたも同然である。

 そしてプノーザもいる。大賢者エンデルには及ばない魔導師ではあるが、魔族のハンプを一撃のもとに倒したことを世界中から来た使者に目撃されているのだ。帝国にとって脅威と考えられる存在になってしまったと言わざるを得ない。

 

 城の警備が手薄な今が、最も敵の暗殺者が侵入しやすい時期と判断したようだ。


「まさかそんな卑怯な手を使うのか……うむ、分かった。至急準備させよう」


 教皇はそこまでの考えがなかったようで、エル姫に言われて危機感を露にする。

 宣戦布告をした以上、そんな卑劣な手段を使うわけはないと考えていたわけではないが、この世界を牛耳る為には、そんな手も使って来るのかもしれないと思う教皇だった。

 この聖教国が敗れた時点で、名実共に帝国がこの世界の覇者になってしまうのだから。


「儂などどうなっても構わん。しかし今、英雄プノーザ様を失うわけにはいかん」


 プノーザを失った時点でもまた、聖教国は危機的状況を迎えてしまうことを、教皇は切実に感じているのだった。

 なにせ異世界からの技術を逸早く理解でき、指示を出せるのはプノーザしかいないのだから。今の聖教国にとって要の存在なのだ。


『わたくしには、お父様も、プノーザ様もどちらも失いたくはありません。そのためにアキオ様が考えてくれているのです』

「うむ、そうだな……」


 この国のため、異世界から支援してくれている亜紀雄や日向の助言は素直に受け入れた方がいい。そう思う教皇だった。


『ではまた連絡いたします』

「うむ、我々も全力を尽くすとアキオ様とヒナタ様へ伝えてくれ」

『はい』


 そして通話は終了した。


 ◇



【魔王城】


『おいハンプ! 準備は進んでおるのか?』

「はい魔王様。順次進めております」

『ハンプ。以前のような裏切りは許しませんよ! まさか帝国と裏で繋がっているなどないでしょうね?』

「は、はい、それは絶対にありえません……」


 ハンプに対する魔王プルプルとフェル姫の態度は異様に冷たい。

 それも仕方が無いことだ。ハンプの姦計に依って異世界に飛ばされた二人にとっては、裏切り者のレッテルを貼られたようなものである。払拭するにはあまりにも重大すぎることだろう。


『もう、マオちゃんもフェルさんも、そうハンプさんを責めちゃダメっすよ。今は仲良くっす、仲良く! 頭ごなしに命令したって、いい仕事はできないっすよ?』

「や、山本様……」


 亜紀雄の後輩の山本君が三人の仲をとりなす。

 以前の会社で頭ごなしの命令をうけ、面白みもなく仕事をしていた経験がそう言わせるのだろう。


『しかしだな下僕ヤマモト。こやつは我等を裏切ったのだぞ? そう簡単に許せるものではないではないか』

『そうですよ』

『いやいや、今はその事は置いておくっす。僕はむしろハンプさんに感謝っすよ! ハンプさんが裏切ったおかげで、こうしてマオちゃんに会えたんすからね。フェルさんにも』

「うう、そ、それは……」


 ハンプは余計に縮こまる。

 裏切ったのを正当化するには少しあれだが、山本君は真剣にそう思っているようだ。


『先ずは時間もないっす。僕も色々協力するっすから、ちゃちゃちゃーっとやっちゃいましょーうっす!』

「はい、お願い致しますヤマモト様!」


 魔族は人間と違い特殊な能力がある。わけでもない。

 外見が少し違う程度で身体能力的にはあまり変わらないのだ。多少魔法を使える者がいるようだが、これも人間と大差ない程度だという話である。

 魔王であるプルプルが、突然変異的に超魔力を保有していただけに過ぎない。ハンプですら魔王プルプルを除けば、魔大陸でトップクラスの魔法の使い手であるらしい。

 だが聖教国のエル姫には遠く及ばず、大賢者のエンデルとは比べるまでもなく非力な魔法しか使えないそうだ。


『先ずはアンテナの設置を急がせるっす。そして兵の招集、訓練も忘れずにっす』

『ヒナたんから受け取った端末とやらも主要な者に持たせ、使い方を熟知させるように命令するのだぞ?』

「はい、了解いたしました」


 ハンプは異世界から受け取った数々の装置を自分でも覚えなければならない。

 歳をとり頭も堅くなってきている今となっては、その操作を覚えるのも遅々として進まない。結局は聖教国にいるプノーザか、異世界の亜紀雄か後輩山本君に教えを乞う状況なのだ。

 そして覚えたものを配下に教えなければならない。

 開戦まで差し迫った状況で、悠長にしている暇などないのである。

 失敗すれば魔大陸は帝国に占領されてしまうのだ。プレッシャーは量り知れない。



 そんな苦悩の中、準備を進めるハンプだった。



 ◇



 さて、偵察機は順調に異世界から情報を送ってきた。


 5日目になると、大まかな向こうの地図が出来上がってきた。


「さて、これで作戦が立てられる!」


 開戦まで残り35日を切り、作戦会議も頻繁に開かれるようになる。日に日に緊張感が高まってきており、準備の遅れている魔大陸などの情報共有が昨日までの議題だった。

 魔大陸側も作業を急がせ、アンテナ設置もあと数日もあれば終わることだろう。


「まずはこれを見てくれ」

「おおーっ!」


 大家さんがぺらりと机に広げたA0サイズの航空写真と、それを元に起こしたA3サイズぐらいの地図がみんなに配られた。

 そこに関係者の感嘆の声が漏れる。


「凄いです、これが地図なのですね」

「わたくしたちの世界の地図は、なんと稚拙なものだったのでしょう……」

「すげえな、これ姫さんとこの首都じゃないのか?」

「うおおおーっ、魔王都まであるぞ!」

「ということは、これが帝都ですかね?」


 異世界人は、目を丸くしながら、地図と航空写真を見比べ、自分達の世界の広さを再認識しているようだった。

 大陸の大きさで言えばどのくらいなのだろうか。縮尺で見るに、こちらでのオーストラリア大陸ぐらいだろうか。その大陸に細い陸続きで3分の1ぐらいの大きさの大陸があり、それが魔大陸なのだろう。

 周りには数多くの島らしきものがあるが、それほど大きなものはない。そのほかは海だ。


 偵察機をまだ飛ばし続ければ違う大陸もあるかもしれないのだろうが、近海には大陸らしきものはない。


「うむ、まあ後でじっくりと見てくれたまえ。とりあえずエル君には、大まかな国境線を至急この地図に書き込んでくれ。マオ君も同じくな」

「ハイわかりました」「うむ、わかったのだ」


 それぞれの国の国境が分からなければ、国境防衛をするにも困りものだから、急務なのは仕方がない。エル姫さんとマオは素直に応じた。


「それとこれを見てくれ」


 大家さんは一枚の写真をまたテーブルの上に乗せ、みんなに見るように促す。

 どうやら帝国の都付近の拡大写真のようだ。


「うわ、これは凄いな!」

「この点々はアリさんじゃないのですよね?」


 エンデルは、そんなかわいいことを言う。

 だがそれは違う。アリの隊列のように映っているのは兵士だろう。


「ああ、たぶん兵士だ。帝都に向けて集まって来ている最中なんだろう」

「物凄い数なのです」


 その言葉に異世界人はゴクリと唾を飲んだ。

 帝都へと通じる道は、多くの兵士が進軍している様子が映っている。

 帝都付近の草原のような場所には、多くのキャンプのようなものが張られ、その規模の大きさがうかがえた。


「要君、これを至急分析をかけて、どれぐらいの兵士の数がいるのか調べてくれ。サーバーにはまだ高精細な画像もあるから、分析に役立たせてくれ」

「はい、とりあえず今あるもので分析して見ますね。でもまだ偵察機は飛ばすんですよね?」

「ああ、開戦前までは昼間の6~7時間ほど偵察任務についてもらう予定だ。特に帝国領は細かく偵察してもらうつもりだ。新しい映像や写真も逐一入ってくるだろう」

「わかりました」


 新しい情報もあれば、今後どれだけの兵力が集結するのかも分かるからね。

 うんうん、だんだん緊迫感が高まってくる。


「エンデル君とピノ君は、今日から監視任務に着いてもらう。24時間体制で聖教国と魔大陸を監視してほしい。特に両城には沢山のカメラやセンサーを設置しているので、不審者の流入を防いでほしい。プノ君や王が暗殺される心配もあるからな」

「分かりましたのです」「任せてよ!」


 二人は充分やる気いっぱいだ。

 大方の魔導具作成も終わっているので、監視任務をさせるのだろう。

 プレハブの一室が偵察オペレーションルームになっている。開戦後は総司令本部として機能をする。大型のスクリーンが壁一面に取り付けられ、オペレーター席も数席準備されており、まるで映画にある作戦司令室のように作られていた。


 向こうへの連絡もプノ以外にも伝えることができるようになっているので、物凄い監視システムになっている。

 主要な指揮者に携帯端末を持たせ、コードナンバーが割振られ、地図上のどこにいるのかも把握できるようになってた。ワンタッチで指令を飛ばせるようにもなっている。

 凄過ぎる。


 まあ、急遽作り上げたプログラムにしてはまずまずだ。時折バグが見つかり修正をかけながらの運用になるが、開戦前までにはなんとかなるはずだ。

 河原専務も社員に発破をかけながら、必死にプログラムを作成してくれているおかげだろう。


「河原専務、プログラムの進捗はどんな感じですか?」

「はい社長。ほぼほぼ完成しています。あとは実用試験を繰り返しデバッグをすればいいと思いますので、数日もあれば良ろしいかと」


 河原専務もいちおう関係者として最近は作戦会議に出席している。異世界のことも話しているので問題はないだろう。

 うーん、でもまだ自分が社長と呼ばれることに慣れないな。どうも分不相応な気がしてならない。社長らしいことも今の所何一つしていないしね。

 ともあれプログラムはなんとかなりそうだ。


「分かりました。それと人員募集の方はどうなっています?」

「はい、そちらの方も順調に集まっています」


 開戦に向けて戦闘員募集中なのだ。


「つきましては、以前辞めていった優秀な社員も声をかけています。新しい会社に戻って来たいというものも数名おりますが、雇い入れてもよろしいでしょうか?」

「ええ、その辺は河原専務にお任せします。今後の受注量も見込んで必要だと思えたのであれば、人員の増強は必要でしょうからね」


 会社としての人員確保も重要なことだ。以前の会社に残っていた人達も、そう優秀とは言えない人もいたからね。今後の業績アップを考えたら必須だろう。

 おっ! なんか社長らしくない? 社長してるよね? 俺。


「河原さん、バイト人員の人選は慎重に頼むよ。誰でも良いというわけじゃない。ゲームとして操作はしてもらうが、向こうの人たちは生身の身体なんだ。味方に怪我人などでたらたまったものではない。PKプレイヤーキラーを好むような輩は極力排除してくれたまえよ?」

「はい、その辺りは承知しております。精神的にも良好な者を選別して行く予定です」


 大家さんが懸念事項を伝える。

 色々な機材を操作してもらう人員には、短期アルバイトを雇って対処する予定だ。

 いちおうネットゲームのβ版のトライアルということで募集をかける。期間中はほぼ拘束されることを条件に、好条件の日給を支給することで参加してもらう予定でいる。

 その中で懸念されるのが、ゲームだから何をしても良いという輩の排除である。

 こちらではゲームと思っていても、向こうでは生身の人間が戦争をしているのだ。そこに味方も敵も関係なく好き勝手するような奴はいらないのだ。

 こちらでも監視を強化する予定でいるが、最初からそういう者を雇わないことが安全策である。

 河原専務は、ある程度面接をして良好な人員を選別するようだ。


「遅くとも10日後にはテストを兼ねて訓練に入りたい。それまでに準備はできそうか?」

「はい、間に合わせますよう尽力いたします!」


 大口の顧客である大家さんの注文は後回しになどできない。

 というよりも、開戦は待ってくれない。期日は確実に決定しているのだ。


「ではみんな開戦までもう残り僅かだ。少しでもこちらが有利になり、この戦争に勝つ為に、準備に全力を傾けようではないか!」


 おーう!

 と、全員が大家さんに続き声を上げた。


「では解散!」


 解散の合図で、各々の持ち場に戻り準備を進める。



 この戦争に勝つ為、全員が一丸となって、残り短い時間で準備を推し進めるのだった。


──────────────────────────

100話になりました。

ここまで読んで頂き感謝であります。

もう少しで物語も佳境を迎えます。完結までお付き合いいただければ幸いです。

('◇')ゞ

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