第93話 新会社始動

 翌朝、会社として割り当てられたプレハブの一階には、社員全員が勢揃いしていた。


 昨日をもって、元いた会社を全員で辞めてきたのだ。

 辞表は河原課長が社員全員分をまとめて、遊び人の部長に投げつけてきたという話である。

 その時の部長の顔といったら傑作だったよ、と河原課長、もとい河原専務は愉快そうに話していた。


 憐れな部長は一人で会社の整理をしなくてはいけなくなった。

 取引先に仕事の継続不能と、納品ができなくなったことを陳謝して回らなければならないだろう。もちろん先手は打ってあるので、取引先には何の迷惑も掛からないようにしている。一部を除いてはだが。


 しかしあの部長に対しては、取引先として体面的にでも不利益を被ったという形を演出してもらうことにしているので、損害賠償に発展する可能性もある。

 顧客のうち数社はこちらの提案に乗ってこなかったそうだが、その数社も同じく部長に詰め寄るはずだ。提案に乗らなかったのだから、こちらとしてもその顧客を助ける必要はない。部長共々困ればいいのだ。

 もっとも後から仕事の依頼をしてきた時には、別契約として仕事を受けることはやぶさかではない。今度は俺達の正規のお客様として対応はとるべきだと考えている。


 そこで思い立つ。あれ、俺の辞表、書いていないんですけど。

 そう思ったが、社長はそんな些細なことは気にしなくても問題ないですよ、と河原専務は流した。

 きっと人事兼経理部長辺りが代筆したのかもしれない。公文書偽造である。

 まあいいか。


「皆さんおはようございます」


 河原専務が社員全員を前に挨拶から始めた。

 社員一同も新鮮な雰囲気で、おはようございます、と元気よく唱和する。まったく、以前の会社では見られなかった光景だ。普段はだらだらとしていた社員たちが今は眼を輝かせ、まるで新入社員のように初々しく映る。まあ新入社員で間違いないけど。

 ところ変われば社員のやる気も何もかも一新されるのだろう。


「会社の事情で突然の移動に、全員揃って来ていただけたこと、ここに感謝します。会社体制は全く新しくなりますが、仕事は引き続き進めていただきたく考えております。立地的に都心から離れてしまい、不便を感じている方もいらっしゃるとは思いますが、その点も新社長は考慮されております。引っ越しを希望されている方は申し出て下さい。引っ越し費用を会社で負担しますので、遠慮なく引っ越ししてくださって結構です。もちろん諸費用も何割か負担しますので心配しないでください」


 河原専務は、先ず都心から遠く離れたこの場所に会社ができたことを気にかけている。人に依っては倍以上の通勤時間になる社員もいるのだ。その辺りを気にかけてくれるなど優しい所がある。

 別に俺が言い出したことではない。でも、いままであんなブラック企業の安月給でこき使われていたのだから、そのぐらいはしてやってもいいと考えている。


「まあ、昨日までと同じ顔ぶれなので、差し当たって話すことはないですが、これまで通りではなく、これまでとは全く別な会社を目指しております。会社は社員の待遇を改善してゆきます。ですので、社員もそれなりに会社に貢献して頂けるよう、より一層仕事に励んで頂きたいと考えている次第です。今迄の会社とは根本的に違うというところ、そこを理解していただきたい」


 河原専務は無難にクリーンな会社経営を心掛けることをアピールする。

 会社の方針、今後の給与体系、残業、休暇、長期休暇、有給休暇、等の説明をし、給与額は後程一人一人個人面談で決めてゆくそうだ。

 経理部長がいるので給与に関しては前の会社の額を把握しているので問題ないだろう。今迄より待遇は良くなるはずだ。


「では新社長からの挨拶お願いします」


 河原専務の長々とした挨拶も終わり、とうとう新社長の挨拶が始まるらしい。

 どんな奴が新社長だ? どうせろくでもない成金野郎じゃないのか?


「社長? 挨拶、お願いします」


 おい新社長、早く挨拶しやがれ。もうみんな朝から長々とした話を聞かされて疲れているんだから……。


「社長? 社長? 要社長!」

「──ぁふ、ふぁィ⁉」


 あ、そうだった、ろくでもない成金野郎は俺だった!


 俺が社長と紹介され、ざわつく社員たち。

 後輩も多少いるが、圧倒的に先輩が多い中、俺は前に立たされた。


「あわっ、ゴ、ご紹介に預かりました、ししし、社長の、かかかか、要でし……」


 こんな大勢の前で挨拶するなどいつ以来だろうか。

 緊張してなに言っているのか分かんねーよ!


「社長、落ち着いて、落ち着いて」


 河原専務が緊張しきりの俺に落ち着くように言って来る。


「あふ、は、はい……ゴホン。ええーこの会社の社長に就任しました要です。若輩者が社長なんて務まるかどうか分かりませんが、河原専務を中心にこの会社を盛り上げていきましょう! 待遇は専務がおっしゃった通り、以前のようなブラックなような待遇にはしません。なので、皆さんの頑張りで会社も個人も良くなっていければいいなと考えています」


 うむ、なかなかいい感じじゃない?

 おっと、それと言っておかなければならないことがある。


「それと、新しい会社になってバタバタするかもしれませんが、これから3か月ほどは少し無理をしていただかなければなりません。その件に関しては河原専務より後程一人一人に提示していきます。その間の残業、給与面も通常より上乗せした形で支払われますので、ぜひ協力のほどお願いします」


 大家さんからの発注は、新会社の初仕事としては法外な金額で請け負うことになる。それを分配できるだけの余裕はあるので頑張って欲しいものだ。

 残り時間が限られているうえ、作業は膨大である。なるべく早期に仕上げなければならないのだから。


 勿論異世界云々は、一部の者しか知らないし、今後も開示する積りもない。どこから情報が洩れるとも知れないのだ。そんな危ういことはしない。


 ともあれ、新会社は動き始めた。

 今後どう転ぶかは分からないが、堅実な会社経営をして行ってもらいたいものだ。

 って、俺社長だったよね。

 ほんとに大丈夫なのだろうか……。


 今更のように不安に襲われる俺だった。




 社員たちは早速自分の席を決め、仕事に取り掛かる準部を進めてくれている。

 システムは以前の会社よりも数段高スペックな物を大家さんが手配してくれていた。大家さんの所のシステムには及ばないが、十分高機能なシステムなので何の問題もない。

 端末も人数分以上揃えてあり、その機種もハイスペックだった。

 システムエンジニアも相当頑張ったようだ。一日で稼働できるまでにするとは、なかなか出来ることではない。うん、マジで。


 ということで挨拶を終えた俺は、ほかのプレハブの進捗状況を見学しに行くことにした。


 他の2棟のプレハブにもそれぞれ業者さんがわんさかとおり、慌ただしく作業している。

 外には通信会社が光ケーブルの工事を進めている。それと電力会社と電気工事会社がキュービクル式高圧受電設備を敷地内に設置している最中だった。

 おそらく大量のアンテナを敷設する為には、それなりの電力を消費するのだろうから、高圧受電設備が必要なのだろう。電柱から6600Vの高圧線を引き込んでいる。

 まったく大掛かりな事だ。


 プレハブの中では通信事業者が基地局に必要な機材をどんどん運び込んで設置している。小さな冷蔵庫ぐらいの主装置が数え切れないだけ搬入されている。

 もう、SF映画の世界だ。


「やあ要君。会社の方は順調かね?」


 呆れながら見学していると、大家さんが声を掛けてきた。


「は、はい、まずは何とか会社として動いていけそうです」


 実際今後どうなるかは分からないが、今の所みんな意気込みもあるので、いいスタートは切れたのかもしれない。そう思うことにする。


「それにしても大掛かりですね……」

「うむ、まあこのくらいの設備は必要だろう。なにせこれから戦争をしようというのだから、万端の準備が必要だ」

「そうですね……」


 つい先日まで別の世界の話、そう考えていたのだが、準備が進むに連れプレッシャーが押し寄せて来る。


 本当に戦争に介入できるのだろうか。

 そんなことをして本当にいいのか?

 というより勝算はどのくらいあるんだ?

 でも戦争なんだぞ? 敵も味方も、もしかしたら一般人も、人がいっぱい死ぬんだぞ? 

 そんなことにマジで参加していいのか?


 など、様々な不安要素が湧き上がって来る。


「なにを辛気臭い顔をしている要君。もう賽は投げられたのだ。後は前進あるのみだ」

「そうですね……」

「なにが心配なのかね?」

「いえ、戦争と言ったら、やっぱり犠牲は付き物ですよね。敵も味方も、たくさんの人が死んで、そして勝敗が決する。なんかそれを考えたら、本当に俺達が手を貸していいものかどうか迷います。いっそ降伏してくれた方が、エンデル達の国の被害が少ないんじゃないかと……」


 大家さんがどう考えているのかは分からないが、戦争がそう簡単に終結するとは思えない。たくさんの犠牲の上にもし勝てたとしても、どこか呵責が残るだろう。


「ん? 何を言っているのかね要君は? 誰が犠牲を出すと言った? 戦争に介入する以上犠牲は最小限、というよりも敵も味方も誰一人として死なないような終わらせ方を模索するのが筋だろう」

「へっ……?」


 何を言っているんだこの人は?

 犠牲を出さない? そんな戦争あるのか? 武力衝突する以上、犠牲は免れないだろう。

 それとも話し合いで何とかするのか? とはいえ、教皇さんの言い分では、既に帝国はそんな話し合いなど求めていないようだと話していた。期日を決め侵攻を開始すると宣戦布告されているのだ。そこに話し合いの余地など無い。戦うか降伏するかのどちらかの選択肢しかないのだ。


「わたしは無血で戦争を終決させてやる。誰一人殺さず、殺されず。それを目標にしている」

「えーっ! そんなことできるんですか?」

「まあ難しいかもしれんな。だがそれを目標に作戦を考案している。いくら戦争とはいえ、誰かを殺すなんてことはしたくない。特にエンデル君達の国の人達を殺されようものなら、わたしも平常心ではいられないだろう……」


 大家さんは、真面目に無血で戦争を終わらせようとしているようだ。


「詳しい作戦はこの設備が完成してからにしよう。それよりも要君にはこれからいろいろと動いてもらわなければならない。忙しくなるぞ」


 大家さんは、作戦もそうだが、それよりも先に準備を進めたいようだ。残り時間があまりにも少ないからね。


「へっ? どこに? てよりも大家さんは動かないの?」

「バカ者! わたしはこの敷地から出たら負けなんだ! 引き籠りの定義を何だと思っている!」

「あ、ああ、そうでしたね……」


 おいおい、威張る所じゃないよね? てか引き籠りに定義があるなんて初めて知ったよ。


「とりあえず今日はここを回ってくれ」


 そうい言いながら一枚の紙を手渡してくる大家さん。

 そこには会社名と住所が数件記されていた。


「ここに何しに行くんですか?」

「発注してあるものが用意できているはずだ。それを鞄に詰めてきて欲しい」

「は、はぁ……」


 どうやら、発注しているものが準備されているので、魔法の鞄に入れてきて欲しいということらしい。


「送ってもらえばよかったのに……」

「いや、ここでは少し手狭でな、直接取りに行くことにしたのだ」

「ふーん……」


 どうやら大きな物らしい。

 そういえば小さなものは次々と配送されてきているし、業者が直接持ってきたりもしている。


「分かりました」


 どちらにしろ異世界で必要なものになるのだろう。誰かが引き取りに行かなければいけないのなら俺しかいない。引き籠りの大家さんはこの土地から出たら負けるのだ。何に負けるのかは知らないが……。


「ところで要君は、パスポートは持っていたか?」


 メモ用紙をポケットにしまっていると、大家さんはまたそう訊いてきた。


「え、ええ、確か学生の時に申請したのがあると思います。まだ期限は切れていなかったと思いますが」


 一度海外旅行に行ってみたいと思って申請したのだが、就職先がとんでもない会社だったので、一度も海外などには行けなかった。

 ただの身分証明書でしかない。


「うむ、それならチケットを手配しておくから、近い内に飛んでもらうことになる」

「ええええ~っ! 海外ですか?」

「ああ、そうだ。輸送するのに海を渡って来ていては時間が足りない。手配したモノを取りに行ってくれ」

「……」


 おいおい、海外にまで何を発注したんだ? まさか核爆弾とか言わないよね?

 まあ無血で戦争を終わらせようとしているのだから、それは無いか。


「分かりました……でも一人で海外に行くのは心細いな……」


 海外渡航経験のない俺にとって、冒険以上に冒険だ。

 知り合いの一人でもいれば気も紛れるのだろうが……。


「うむ、そうだな……分かった、それは何とかしよう。とりあえず今日の仕事を頼んだぞ」

「え、なに? なにを何とかするの……」


 大家さんはそう言うと、俺の疑問には答えもせずアパートへと足早に戻って行った。


 なにを何とかするのだろう。

 とはいえ、大家さんのとんでもない人脈には驚くばかりだ。だから何か考えがあるのだろう。そう思うことにした。



 俺はとりあえずメモ用紙の場所へと向かうことにする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る