第88話 戦争に干渉する方法
食事を食べ終わり、デザートを食べながら会議が始まった。
このデザートも少し頻度を減らすようにしよう。みんな楽しみにしているのは分かるが、節約しなければいけないのだ。俺は心を鬼にしてそう決意するのだった。
そこまで大袈裟でなくともよいのだろうが、マジで切実なのだ。
「で、大家さん。裏のプレハブが、総指令本部というのはどういう意味ですか?」
「よく訊いてくれた! あれこそ今回の戦争の切り札。この戦いを勝つための設備になる」
大家さんは、ドンと無駄に大きな胸を叩いて豪語する。
いや訊くも訊かないも、それを話す会議なんだよね?
もったいぶらずに早く話そうよ。
「だからあそこで何をするんですか?」
「ふっ、そう急くな、要君。今から順次説明してゆく」
そういって、テーブルの上になにやら資料を拡げる。
「とりあえずこの作戦には全員の力が必要だ。ここにいる全員。それと一定の協力者も必要となる。もちろん向こうの世界でも色々と動いてもらわなければならないので、その役割分担も必須だ」
大々的に始まった大家さんのプレゼン。
エンデル達はデザートを食べながら真剣に聞いている。
「ともあれ、期間が非常に短い。ガッチーム帝国とやらというふざけた名前の国が攻めてくるまで、あと……ええと何日だね? エル君」
「あ、はい、おそらく56日です」
大家さんはエル姫さんに振り、残り日数が発表された。
おいおい、日にちぐらい覚えておきなさいよ。
でも56日後には戦争が勃発するのか。それまでに色々と準備をしておきたいということだろう。
「で、具体的にはここで何をするんですか?」
「うむ、情報の収集と監視、それと総指揮」
ふむふむ、情報の一極化でここから指令を出し聖教国軍の指揮を執るという事か。
そして、ごほん、と喉の調子を整え大家さんは続ける。
「そしてここからが今回の任務で一番重要な所だ」
キリッと表情を引き締めテーブルに身を乗り出す大家さん。凛々しい顔が場の空気を張り詰める。
だがちょっと待て。
ほっぺにプリンのカラメルソースが付いていますよ。表情引き締めたら尚更笑えるんですけど。
「ぷっ……」
思わず笑いが漏れてしまった。
「なんだね要君! ここは笑うところか? 君は真剣みが足りん‼」
「す、すいません、すいません! つい、可笑しくて」
怒られた。真剣に怒られた。
俺は平謝りながら、ティッシュで大家さんのほっぺに付着しているカラメルソースを拭い取る。それを見せ、てへっ、と笑って許してもらうことに成功した。
「で、なにが重要なんですか?」
「うむ、こちらの世界から遠隔で異世界戦争に干渉するのだ」
「はぃ?」
「うむ、こちらの世界から遠隔で異世界戦争に干渉するのだ」
「……」
何で二回も言う。重要だから2回言ったのか? 重要だから……。
「……はぃ?」
「うむ、こちらの世──」
「──いやもう結構です、3回も言わなくていいです」
再度首を傾げると、三度目を口にしようとしたので止めた。
「いやいやいやいや、それってどういう理屈ですか? 何を根拠に誇大妄想しているんですか?」
「誇大妄想とはなんだ。失礼だな要君は」
「いや、だって、遠隔で戦争に干渉するって。言葉では簡単だけど、実際どうやるんですか?」
なにをとち狂ったこと考えているんだ? そもそもこことは別の異世界での戦争に、直接干渉するなんて無理に決まっているだろ!
「何を言っている要君。どうするもこうするも、最初に君が出した案じゃないか?」
大家さんはそんな身に覚えのないことを言って来る。
「俺が出した案ですか? そんな案なんて出した覚えはないですよ?」
そんな案出した? 全然記憶にないんですけど……。
「要君、君は痴呆症にでもなったのか?」
「いや、阿呆症かもしれないけど、痴呆症はまだですよ! 失礼な」
顔を寄せて来てまじまじと俺を見る大家さん。ちょ、近いんですけど近いんですけど! 顔とか胸とか近いですって!
ボケが始まっているわけなかろう。まあ、最近は若年性痴呆症というものが若い内から発症する事例もあると聞くし、俺もボケてきたか? おい、まだ20台でボケるのか? 四捨五入で30だけど、早すぎるだろ。
「君が考案した遠隔操作ドローン、あれが使えるだろ?」
「ああ、それですか……って、それで戦争できるわけないじゃないですか!」
「はあ~君は発想力が貧困だね、誰がそのまま使うと言った?」
ひ、貧困と言われてしまった。
た、確かに生活は貧困に近付いているが、発想は貧困じゃないぞ。
「だって、Wi-Fiだって精々百メートル未満しか届かないし、ドローンだって有視界で三百メートルも飛べばいい方だよ? 近場の偵察ぐらいなら出来るけど、それだけじゃない?」
プノが持っている無線ルーターが機能する範囲、そしてドローンを操作できる範囲は非常に狭い。それを戦争に応用することなどどうしてできようか。
「だから貧困だと言うのだよ。その規模をエル君達の国規模に拡張すればいい話じゃないか」
「はぃ?」
何と言った今、国規模?
国規模でWi-Fiを使えるようにするということ?
「Wi-Fiじゃないぞ」
あ、心を読まれた。
「デジタル通信、いわばプラチナバンドでエル君の国をカバーすれば、なんだってできる! わたしは異世界の電波を支配するヒナタバンクになるのだ! あーはははっ!」
「……」
大家さんの発言に俺は閉口する。
なんだよヒナタバンクって、ソ〇トバンクのパクリじゃねーか……。
もちろん俺と大家さんの口論に、異世界の皆様は口出しひとつできない。というか何を話しているのか分からずに、黙って俺達二人を交互に見詰めている。
ちょっと待て。俺の発想が貧困なのはここは置いておこう。
というよりも、大家さんの発想の方が誇大妄想に近い。いったいどうやったらプラチナバンドを国中隈なく飛ばせることができると言うのか。
「はい、大家さん質問です!」
「うむ、要君、なんだね?」
「国をカバーすればと言いますが、想像もつきません、一体どのようにしてカバーする積りなのですか?」
「ふむふむ、だから想像が貧困だと言うのだよ。アンテナを敷設すればいい話だろ?」
アンテナか……とはいえ、どれだけのアンテナを立てるんだ?
「どうやって?」
「それは向こうの人海戦術だな」
「そのアンテナはどこから?」
「もう手配している。今週中に全て納品されるはずだ」
「えーと、それは莫大なお金がかかりますよね?」
「だから昨日も言ったろう。一世一代の課金プレイをすると」
「……」
どうやら本気らしい。
姫様達の世界を救うため、莫大な資金を投入するという……。
そりゃあ、俺の発想も貧困になるよね。
俺の金銭感覚を元にそこまで誇大な発想ができるわけもないのだ。元々の基盤が違うんだよ。貧困とかそういうレベルじゃない。
「でもかなりの金額になるんじゃないですか?」
「心配するな。それぐらいは大丈夫だ」
「大家さんの資産ってそんなにあるんですか?」
この辺りの大地主ということは知っているが、実際どれくらいの資産を保有しているのか聞いたこともない。
「まあこれくらいはあるから心配するな」
ぴん、と、自信満々に人差し指一本を立てる大家さん。
いち、1千万ではないよな、1億? でも一億で出来るような事業ではないぞ? じゃあ10億か?
「じゅ、10億円ぐらいですか?」
「何を言う、バカにするな。一本と言えば兆に決まっている。常識だろ」
「‼」
ちょ、ちょう? って、兆だよね? え、決まっているの? 指一本は1兆円なの? どこの常識さ‼
次元が違い過ぎて何も言えない。日本の年間国防費の約五分の一。どこか小さな国の国家予算レベル。
そりゃあ、俺は大家さんに比べれば貧困以上に極貧だよ。
ええ、それで結構ですよ……。
という訳で、携帯電話のアンテナを異世界にたくさん設置するということで、この計画は進行中だという話だ。
いったいどれだけの数のアンテナが必要になるのか。姫さんに向こうから地図らしきものを取り寄せてもらったらしいが、縮尺も曖昧で、街々の位置がおおよそでしか記されていないような地図なので話しにならなかった。
高い山や、主要な街の高い建物にとりあえず設置を進める話をしている。
そうか、それでエンデル達にあの魔法の鞄をいっぱい作れと、鞄を大量に仕入れたのか。
基地局はこちらの世界に置いて、アンテナだけを向こうの世界に設置する。
それにはたくさんの魔法の鞄が必要になるからね。
もう、ここまで来たら金銭感覚も何もなくなってきた。素直に大家さんの計画を聞き入れる俺だった。
しばらく大家さんの計画を聞き、問題点を上げたりできるようになってきた。
そして大家さんは最大の問題点を提議する。
「ここからが問題だ。無線基地局は他の無線施設もなにもない異世界だから、出力を上げればある程度はカバーできるだろう。そこで問題なのがソフトウエアだ、こちらの世界から色々な物を遠隔操作するのに、そのソフト開発が急務だ」
「ふむ、そうなりますよね。ハード自体は周波数とチャンネルさえ合っていれば通信可能ですけど、操作はカメラを通した映像か、何らかの方法でこちらに送ってこないといけないし、それに目の前で操縦しているような、そんな簡単な操作ができるプログラムが必須、ということですね?」
「そうなのだ、だからそこで要君の会社の力を借りたいのだ。忙しいと思うが、何とかしてくれたまえ」
ソフト開発に俺の会社を使いたいと言い始める大家さん。
だが暫し待て、今俺の会社は崩壊寸前、そんな余裕などどこにもない。それにちょうど今その事を相談しようとしていた所なのだ。旬が重なってしまった。
「いやーそれなんですけど、相談したかったことがまさにその事なんですよ……」
「どういうことだ、要君?」
俺が気まずげに話し出すと、大家さんは険しい顔で訊いてきた。
俺は会社の現状と、今後の方針を正直に、包み隠さず話した。
このままでは近い内に会社は倒産する。新しい会社を興そうとしたが、資金がない。
エンデルも今日聞いた話を姫さん二人と相談してくれた。
すると話を聞き終わった大家さんが、清々しい笑顔で口を開いた。
「なんだそんなことか。ならちょうど良かったじゃないか。今建てているプレハブを当面の新会社にして要君が社長になればいい。それなら社長の一声で社員は動いてくれるだろ?」
「いやあ、社長なんて俺には重荷ですよ……」
なんか課長達と同じこと言っているよ。なんで俺を社長にしたがるんだ?
俺はそんな野望なんて、これっぽっちも持ったことないんだぞ?
これはあれか? 運気が上昇しているとかそういうやつか? いやいや、いやただの厄介事の押し付けのような気もする。
確かにエンデルが来てから、人生が物凄く楽しく思えるようになったし、運も上昇してきた気もしないでもない。
ハッ! もしかしてエンデルは上げなんたらというやつか? いやいや、そんなことしてないから違うし。絶対違う。
でも、異世界人には何らかの幸運を呼ぶものがあるのかもしれないな。
「アキオ様、エンデル様からご要望がありました金貨の件ですが、もしよろしければ加工前の
「へっ?」
いつの間にかエンデルの話に姫さんも金貨の話を進めていた。
「あ、ああ、金貨ならちょっと換金するの苦労しそうだから、金塊でもいいかな……」
あの貴金属換金ショップでの出来事を思い出す。金塊なら、携帯やパソコンの電子基盤を集めて金塊にしてみました戦法が通用するかもしれないからね。
「分かりました、至急手配いたしますので、憎き悪徳商会を即刻潰してくださいませ!」
「あ、ああ……ありがとう……」
エル姫さんは、なぜか憤慨したようにそう言った。
エンデル! 君はいったいどういう話をエル姫さんへしたんだね?
自分の心情(ご飯が食べられなくなる件)を盛り込んで、会社を超悪者にしたな? 確かに悪いけど。
「それじゃあ大家さん、もう一つ頼まれてください」
「なんだね。あたしに出来ることなら何でもしてやろうではないか」
「金塊の売り先を紹介してください」
お金持ちの大家さんの方が、そういったところも知っているのかもしれない。
今回は金貨と違ってどれくらいの金塊が来るのか分からないのだ。面倒なことになるのは困るからね。
「分かった、明日にでも来てもらうとしよう」
大家さんは簡単に引き受けてくれた。いっそ清々しいくらい簡単に。
だから何者ですか大家さん。
引き籠りゲーマーの大家さん、斯くしてその実態は……ただのボロアパートの大家じゃないよね? 絶対に違うよね?
斯くして異世界の戦争と、俺の会社の今後が、今夜簡単に決まってしまった。
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