第75話 エピローグ
【魔王プルプル】
異世界へと転移して翌日。
魔王プルプルは浮かない面持ちでベッドから起きだす。
「はぁ……」
でるのはため息ばかりなり。
異世界へと意気込んできてみたはいいが、肝心の魔法が全く使えない世界のようである。
先ずは魔王である最盛期の肉体を魔法で作り上げていたのだが、その魔法も無効化され幼女退行してしまった。とはいえ元々この肉体は、向こうの世界で言う所の15歳なので元の姿に戻ったまでなのだが。
次に魔王のシンボルともいうべき頭の角が取れてしまった。角は魔法を効果的に発動する増幅器のようなもの。その角が取れてしまったということは、この世界で魔法というものが存在しないことを暗に証明しているようなものだ。
「どうすれば良いのだ……」
ベッドの端に腰掛け暗い表情でそう呟く魔王プルプル。いつものおかしな笑い声さえ出す元気もない。
これでは本来の目的である大賢者の抹殺どころか、向こうの世界へと戻ることもできないのだ。下手をすればこんな幼女の非力な身体、逆に袋叩きにあって殺されかねないのである。
「や、ヤバいのだ……これは、魔王最大のピンチなのだ……」
昨日は来て早々訳も分からぬ内に気絶させられた魔王。絶大な力を誇っていた魔王ともあろう者が、ああも簡単にやられてしまうなど思ってもみなかった。
「あたたた、まだ頭が痛いのだ……」
エンデルの杖で頭にできたコブを摩りながら顔を顰める。
そうはいえど、なぜか好待遇を受けている魔王。
目覚めたら裸に剥かれて寝かされていた。そこで大賢者の弟子とひと悶着あり、その後恐ろしい女にしこたま叱られたが、食事に誘われ焼肉を頂いたのである。
「しかしあの、ばーべぃきゅーというものは最高に旨かったのだ……」
魔大陸で食べていた肉が美味しくなかったとはいわないが、筋張って硬い肉が主流だった。しかしこちらの世界の肉は柔らかく、ジューシーな肉汁がジュワっと口の中に広がり、それに加えて焼き肉のたれという、不思議調味料がまたその肉を格段に美味しく引き立たせるのだ。まさにほっぺが落ちるとはあのことだった。
こんな美味しいものを毎日食べられる世界なら、帰らなくてもいいかな? と、少しは思ってしまったぐらいである。
そして部屋もあてがわれ、こうしてゆっくりと眠ることができた。
あの恐ろしい女は、ぼろいが年季の入っているこの建物の主という事らしい。主といえば王と同義、逆らわない方が身のためと心に刻む。
「だがこのまま帰れぬとなれば、我はどうなるのだ……」
強大な魔力があればこそ不死に近い身体を手に入れることができていた魔王。魔力の強大さ故の不死性。
故に魔法が使えなければ、身体は時と共に成長し、いずれ衰える。そして迎える死は必然といってもいいだろう。
「我は死んでしまうのか……」
500年前、一度は勇者によって封印された。その時は肉体から精神を切り離された形で生きながらえた。
しかしこの世界では肉体と共に寿命を迎えてしまうのだ。
「そうか、死ねるのだな……」
死を切実に感じる魔王。
しかし、今はまだ幼女の魔王にとってみれば、その寿命はまだ長いのだろうが。
「うぬ、それも悪くない、か……」
魔王は自分の死を素直に受け入れることができた。
力も無くし魔力もほとんどない、そしていずれは死にゆく体になったことに、僅かではあるが喜びを感じるのだった。
それは何故かといえば、魔王が世界征服を始めようとした切っ掛けがそこに起因するからなのである。
強大な魔力により手に入れた力と永遠に近い命。
魔王は、魔王を倒してくれる者を欲していたのだ。
そう魔王は死にたがっていたのだ。
いくら時を重ねても死ねない体、親しい者は次々と衰え死んでゆく。
まずは死に場所を求めて魔大陸を制覇するものの、その強大な力ゆえ魔王として崇められた。最初は楽しかったが、生きることに疲れて来る。
そしてまた死に場所を求めて世界征服を慣行するに至った。より強い者を求めて、自分を殺してくれる何者かを追い求めて。
しかし勇者が現れるも、魔王を殺すことはできず、封印に止まってしまった。
死にたがりの魔王は、その後数百年も無駄に生き長らえてしまったのである。
そのフラストレーションにより、目覚めたら必ず世界を征服してやろうと心に決めた。
自分を中途半端に封印などした創世の魔女と勇者。その二人はもうこの世にはいないことを知り、怒りの捌け口が無くなりはした。しかしその創世の魔女の生まれ変わりといわれる者が存在することを知り、八つ当たりのように殺そうと算段したのである。
「うぬ、まあ結果的には計画は失敗してしまったが、これでいいか……」
創世の魔女の生まれ変わりを殺すことはできなかったが、いってみれば八つ当たり。そして死ねる身体をこの世界で手に入れることができたのであれば、それは僥倖ではないだろうか。
「よし、そうと決まれば、残りの人生楽しむまでだ」
そう思い始める魔王プルプル。
魔王プルプルはこの世界で死のうと決心するのだった。
◇
「おはようエンデル」
「おはようございます、アキオさん」
エンデルは抱き枕状態で眩しい笑顔でそう朝の挨拶をする。
また新しい朝が来た。希望の朝。
昨日は魔王とエル姫さんの姉さんが異世界からやってきた。
当初エンデルは殺されることを半ば受け入れたかたちで臨んだのだが、あっさりと魔王を倒し、生き延びることができた。斯く言う俺もエンデルの覚悟に便乗し、死ぬ覚悟をしていたのだ。
だがこうして生きて翌日を迎えることができた。
なんと清々しい朝だろうか……。
「よし、今日も頑張ろう!」
「はい! アキオさん」
生きているって素晴らしい。
そう危機らしい危機ではなかったが、一度死ぬ覚悟をしたのだから、新しい朝を迎えることは、どこか生まれ変わったような気分にさせてくれる。
二人で朝のお勤めを終え、朝食の準備を始める。
昨日は異世界側のプノもあれから大変だったそうだ。
魔族のハンプとかいう爺さんを倒したのがプノということもあり、国の救世主に祭り上げられてしまったそうな……。
どうやら城の滞在を懇願され、異世界へ転移してしまったみんなを戻すことができないか、と姫さんの父親に依頼されたようである。
「アキオさん。結婚式はいつなのですか?」
エンデルは朝食の準備をしながらにこやかにそう言って来る。
「へっ? なんだそれ……」
「昨日言っていたではないですか」
えっ、そんなこと言ったか……。
「結婚なんて言ったか?」
「死んだら結婚式といっていたのです」
「あ……」
確かに、死んで天国に行ったら神様に結婚式を挙げてもらおうといったかな。
だがそれは、あの場の雰囲気というか、流れ的にというか、そう言っただけというか……。
けれども、
「死んでないから無効かな的な……」
「えええっ、それはないのです……」
エンデルはしょんぼりとしながらスクランブルエッグを一口摘まむ。
「まだ食うなよ、皆揃ってから食べなさい」
「うう、ごめんなさいなのです……」
でも、それなりに期待していたのだろうか。
というよりも、結婚式など挙げる予算も何もない。それよりも、いずれエンデルは異世界へと戻ってしまうのだろうから……。
そんなことを考えながら朝食の準備も整った。
「さあ、みんなを呼んでこようか」
「はい。あ、魔王さんもですか?」
「ああ、除け者にするのも可哀想だろ?」
「そうですね」
エンデルはみんなを呼びに行く。
人数も増えてしまい、このぼろアパートも全部屋埋まってしまった。まるでここは異世界人のためのアパートになってしまったようだ。
結局、異世界人が来たことにより、俺の人生もどことなく変化してきている。仕事も順調だし、エンデル達を養うことに生き甲斐を覚えるまでになってきた。
何より毎日が楽しい。
最初こそはどうなる事かと思ったが、実に充実した毎日を送る俺だった。
さて、これからこの異世界人達は、この世界でどう過ごしてゆくのだろうか。
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次話より新展開。
章割りしようかと思います。
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