第73話 プノ!
ふう、俺は自分の部屋のベッドに幼女魔王を寝かせ、タオルを湿らせて顔の鼻血を拭いてあげる。
小さな可愛い鼻が真っ赤になって少し腫れているようだけれど、もう血も止まっているようだし大丈夫だろう。ふーん、しかし愛嬌のある寝顔しているよ。
おっと、そんな場合じゃない。早く行かねば。
魔王は少し寝かせておくことにする。絞ったタオルを額に当てて、布団をかぶせて置く。ぶかぶかの服は脱がせている。下着もぶかぶかだが、それまで脱がせるほど俺はロリじゃない。以前エンデルが穿いていたようなズロースみたいなものだから大丈夫だろう。
という訳で急いで隣のピノの部屋へと向かう。
「どうだ?」
「はいアキオさん、今ハンプ宰相さんの長々とした演説が終わった所なのです」
「そうか、間に合ったようだな」
俺はエンデルの隣に腰かけ、ヘッドセットをしっかりと付け直し画面を凝視する。
一つ隣りのモニターにはピノと大家さんが。大家さんはドローンのプロポを持って、いつでも飛び発てる準備万端である。
その奥のモニターには姫さんとツインドリル姫が陣取り、モニターに映し出されている光景を驚きの表情で見つめているのだった。『何ですかこれは、あれは間違いなくハンプ、お父様も偽物じゃないのですよね?』なんて、実際目にしているのにも拘らず、信じられないといった体で姫さんへ質問している。
これまでの出来事のほとんどの事柄を、こちらの世界で見て知っていると後で知ったら、ツインドリル姫がどんな顔をするか楽しみだよ。
という訳で、異世界では、とうとうハンプとやらの魔の手がプノへと伸びようとしていた。
『はーははははっ、まずは大賢者エンデル殿のお弟子様であるプノ様には消えていただこう。今までも随分と隠れてなにやらやっているようでしたからな。この先妙なものを作られでもして大賢者殿や魔王様を呼び戻されても困りますからな』
そう言いながらプノの方に足を進めるハンプ。
周りの連中はただそれを見ているだけだ。幼い子が今にも殺されようとしているにも拘らず、蒼い顔で震えているだけなんて、とんでもないな。少しは戦いを挑むような骨のある奴はいないのか?
そう思っていると、
『止めるのだハンプ! もうそこまでする必要もなかろう!』
姫さんの父親が意を決したかのように立ち上がり、ハンプに詰め寄る。
おお、やるな姫さんの父親。
『はははは、なにを仰りますかな』
『まだ幼い子を手にかけるなど貴様は血も涙もないのか!』
『はははは、猊下、これは戦争をしない為の犠牲なのですよ? もし戦争ともなれば幼い子ばかりでなく罪も無い民草が何人も、それこそゴミ屑のように命を散らすのですぞ? 大賢者のお弟子様には申し訳ないが、人柱となって頂くのです。我等魔族に楯突く者は、この子のように幼くしても消されてしまうと、使者の皆様に報告して頂く為に』
『うぬぬぬぬ、このケダモノめ!』
そう言いながら姫さんの父親はハンプに殴りかかろうとするが、あっさりと躱される。
『はははは、なにを血迷っておられるのですか。お弟子様の次は猊下にも消えて頂く順番を決めていたのですが、どうやらお先に消えたいようですな』
『だ、黙れ! 貴様などにやられる私では無い!』
姫さんの父親の強気な発言にハンプは肩を竦めながら小さくかぶりを振る。
『残念ながら猊下……猊下ではこの国、いやこの世界を纏める力もありません。覇王国として長年に渡って君臨して来たこの国が、あなたの代でどうなっているのか、お分かりでしょう? 先代のあなたの母君は偉大な君主でした。魔法も強大でこの世界を纏めるカリスマも有していました。ですがどうです? 今のあなたの代でそれは総崩れではありませんか? 周辺諸国には見下され、帝国などは、覇権を奪わんと虎視眈々と牙を研がれている状況。見て見なさい、彼ら使者の顔を。少しでも付け入る隙があろうものなら取って食おうと考えている者ばかりですぞ?』
『ぐっ……』
ハンプとやらの講釈に思う所があるのか、姫さんの父親は鼻白む。
俺には向こうの世界の詳しい事情なんてよく分からない。確か魔王がどうこうの前に、覇権争いが起きそうだとは聞いていた。
それを考えると、おそらく姫さんの父親は、聖教国エロームだかのトップとして力が足りていなかったという事なのだろうか? 国を纏め、魔族以外の他国を纏めるだけの何かが足りなかったと。
良く分からないが、そんな所なのかもしれないな……。
『お、おのれハンプ!』
それでも姫さんの父親は食い下がる。
『ははははっ、猊下、あなたでは勝てませんよ? 仕方が無い方ですね。では貴方から先に消えていただくと致しましょう』
『ぐっ……わたしを甘く見るな』
「「──お父様!!」」
そんなやり取りを見ていた姫さん達は、同時に声を上げた。
おっと、ヤバい、プノから矛先が姫さんの父親に先に向かってしまった。これでは計画が狂ってしまう。
「大家さん! 至急ドローンをあのハンプとかいう奴の視界に入るように飛んでください!」
「お、おう! 任せろ!!」
俺の合図と共に天井付近で待機していたドローンが、大家さんの操縦で離陸する。
「プノ! Bプランだ! ハンプとやらがドローンに気を取られている隙がチャンスだ!」
『りょ、了解なの!!』
プノは小声で了解し、その時を待つ。
プノ本人も攻撃系の魔法はあまり得意ではないと言っているのだから、ハンプとやらに勝てるだけの魔法を持ち合わせていないとみた方が良い。エンデルも姉のピノもその辺りを心配していた。
だからチャンスは、この一度きりだろう。失敗したら殺されないように逃げるしかないのだ。
大家さんが操作するドローンが天井付近から急降下。
ハンプとやらの頭上から一気に迫り、姫さんの父親との間に割って入る。
『うぉ! な、なんだこれは‼』
ハンプはそれを見るや行動を止める。
目の前で浮遊する不思議なものは、注意を惹くに値するものだろう。こちらの世界の技術で空を飛ぶものを見るのは初めてだろうからね。
ハンプは勿論、姫さんの父親もドローンに目を奪われる。
そこでプノが動く。
ハンプの死角から静かに、そして素早く移動を開始。そしてローブの裾を捲り、太腿のホルスターから警棒タイプのスタンガンを引き抜く。
スイッチを押下すると、ジャキン、と伸縮タイプ警棒が伸びる。あ、ヤバいか……。
そのわずかな音にハンプは、ドローンから注意を音の方へと向けようとする。
「ヤバイ気づかれた! 逃げろプノ──」
そう言ったがもう遅い。
プノはスタンガンを振り上げハンプへ突進している。
『──えいっ!』
プノのスタンガンがハンプに向けて振るわれた。
プノの方へと振り向くハンプ。これで攻撃が躱されでもしたら一巻の終わりだ。スタンガンの一部が体に触れなければ効果を発揮できない。万事休すか……。
『おっと、プノ様、なんですかなこれは?』
しかしプノの攻撃は殊の外緩く、ハンプが躱す程に脅威的に思うほどの振りじゃなかつたのが幸いした。
はしっ、とスタンガンを素手で受け止めたのだ。
「今だプノ! 引き金を引けーっ!!」
『やあーっ! なの~~~~っ!!』
カチっ、引き金が引かれると、ジジジジジジジジジッジ── と、放電を始めるスタンガン。
『うぐうおぉおぉぉぉぉぉーっ!!』
スタンガンの警棒部分を握り締めたまま、ハンプは電撃に身を震わせていた。
高電圧によって筋肉が収縮し、握ったスタンガンを放そうにも放せない状態になったのである。
本来なら一瞬間の電撃でも、ショック状態で体が硬直してしまうが、スタンガンを握り締めてしまったのが運の尽きだ。長い間電撃に身を置くことになったのだ。
『ぐうぉ~~~~~~~~~っ!!』
ハンプはエビ反って倒れ込むと、ようやくプノの引き金を引く指も離れ、電撃から解放される。
『ふ、ふうなの……』
プノはやり遂げた感いっぱいで息を吐く。
ハンプは床に倒れ、時折身体をピクピクと引き攣らせていた。
召喚の間は水を打ったように静まり返る。今起こった出来事が何なのか理解できないのだろう。
「プノ、拘束だ!」
『あ、教皇様、さいしょうのおじさんを早く拘束するの!』
その言葉に姫さんの父親もハッと我に返る。
『……あ、ああ、こ、この者を捕らえるのだ!!』
数人の兵士がその言葉に動き、床に寝ているハンプを縛り上げるのだった。
その後ハンプは引き摺られながらその場を後にし、牢獄にでも入れられるのだろう。
魔族の脅威が去り、姫さんの父親が各国の使者へと今度はなにか説明を始めていた。
「なんとか事なきを得たようだな……」
俺はこの騒動が一時的にでも収束したことにほっと胸を撫で下ろす。
プノが無事で本当に良かった。
上手くスタンガンが有効利用されただけでも儲けものである。最悪の事態は免れたのだ。喜ぶべきだろう。
「アキオさんのお陰なのです」
「アキオ兄ちゃん、プノを助けてくれてありがとうな。けどあの『すたんがーん』ってーのは、凄い威力だな……あたしも欲しくなってきたよ」
エンデルもほっとしたように言う。
ピノはスタンガンの威力に感心し、物ほしそうな顔で俺を見る。まあ、今時点魔法が使えないともなれば、身を守る方法は、ああいうものに頼らなければならない。けど、ここではそう使わないと思うけど……。
「お父様も無事で何よりです。アキオ様、本当にありがとうございます」
姫さんは瞳に涙を浮かべそう言う。
「いやいや、プノがしっかりやってくれたお陰だよ。大家さんもね」
「ハハハハハ、当然だ!」
大家さんは胸を張って威張る。
威張る程の事じゃないと思うけど、今回は活躍してくれたのだから、素直に褒めてあげることにするよ。
その後、異世界側は、姫さんの父親が各国の使者へなにやら協力を仰ぎ、その場で解散していたようだった。
平和的に解決できて良かったのかな? いちおう死人も出ていないので、なによりである。この先どうなるのかは知らないが、一時でも争いが避けられたことはよいことだと思う。
「なんか安心したら腹減ってきたな……昼飯でも食うか?」
「はいアキオさん、そうしましょうなのです!」
やっぱりエンデルが一番に食いついてきた。
でも、皆も安心したのか、笑顔で頷いている。ツインドリル姫を除いてね……。
既に焼き肉の準備が出来ているのだから食べた方が良いよね。
そうして俺達は、少し遅くなったが庭でBBQをするのだった。
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