第72話 どうなる異世界。

 【プノ危機一髪】


 時間は少しだけ巻き戻る。


 魔王プルプルが転移の為に魔法陣を起動し、溢れ出す光で目も開けぬほどの召喚の間。

 プノは異世界の日向から、この日の為に送られて来たサングラスを素早く装着した。これで眩い光の中でもある程度状況を把握できるようになる。

 さすが異世界には何でもあるようだ。こういうものが無いかと提案すると、ほぼそれに見合ったものがあることに、プノの探求心は満たされてゆくのだった。


「うん、見えるなの──はっ! なの」


 サングラスを掛けそこに見えたのは、魔王が笑いながら異世界へと消えゆこうとする姿。それと、魔法陣へと向かう影が二つ見て取れた。


「な、何をするのですか! は、放しなさいハンプ!!」

「申し訳ありませんが、フェル姫、あなたにもあちらに行っていただきます」

「な、なにを……」

「あなたには国をどうこうできる器などありません。我等の野望の邪魔になるだけです」

「な、なにを……や、止めなさいハンプ!」

「ではお達者で」

「きゃああああああっ──助けてお父様~……」


 そんなやり取りをする影は、一人の影を魔法陣へと放り投げたのだった。


「ぴ、ピノお姉ちゃん! まずいの──ザザッ──」

『どうしたプノ──ザザッ──』


 その一部始終を確認したプノは、まずは姉のピノに伝えようとするが、ノイズ交じりの音声でどうもうまく行かなかった。


「アキオ様! 気をつけてなの! も、もう一人転移したようなの!!」


 ついで亜紀雄にも伝えるが、向こうからはノイズしか戻ってこなかった。

 もう既に魔王が現れ異世界も忙しいのだろうと思うプノだった。


 それにしても、姉姫まで異世界へと送るとは、ハンプ宰相は最初からこんな筋書きを用意していたのだろう。

 暫くすると召喚の間に溢れていた眩い光も徐々に収束してゆく。そしてそこには先ほどまでそこにいた魔王と、フェル姫の姿はなかった。


「ふぇ、フェル……」


 最後に助けを求めたフェル姫の声が聞こえていた教皇が、椅子から立ち上がりフェル姫の姿を探すも、どこにもその姿は見当たらない。


「くつっ……は、ハンプ……そうか、貴様が全ての元凶ということか……フェルまでも異世界へ送るとは……」

「ははは、今頃お気づきになられましたか。いや、長かった。貴方の母上の代からこの時を待ち続けました。魔王がもっと英邁な主人でしたら私の出る幕もなかったのでしょうが、ああも馬鹿丸出しでは、お仕えするにも値しない。早々に見切りをつけなければ五百年前の二の舞になってしまう。いかな強大な力を持ち合わせていようと、それを使う脳が稚拙すぎる。同じ轍をを踏むわけにはもうゆかないのですよ。おわかりになりますかな?」


 長々と講釈を垂れるハンプ。その細い眼には野望と言う名の炎を灯していた。

 教皇はハンプに掴み掛かりその真意を問い質そうとする。


「そんなもの分かるわけがなかろう! 向こうの世界は魔法も魔力もほとんどない世界というではないか! エルとフェルは戻ってこられないのか⁉」

「ほう、よくご存知ですな。異世界がそんな世界でほんとに助かりました。これであの馬鹿な魔王も戻ってこられないのです。これほど最良の場所に転移出来たことを喜ぶべきでしょうな。まあ、それで姉妹お二人は殺すことはしなかったのです。幼い頃から可愛い姉妹でしたからな、殺すのは忍びないと思っていたので僥倖でしたよ。ご安心ください、あの馬鹿な魔王がなにもしなければ、あの二人は無事でしょう。それよりも教皇様、姉妹の身を案ずるよりも、貴方自身の身の心配をしたほうがよいのではないのですかな?」

「ぐぬぬぬ……」


 ハンプの言葉に唸ることしかできない教皇。

 そんな教皇の腕を振りほどき、ハンプは各国の使者達へ向き直る。


「ははははっ! 皆の者良く聞け! これでこの世界に邪魔者は誰もいなくなった! 故にこの世界は儂のものだ! ははははっ!」


 そんな世界制服の宣言がハンプの口より発布された。


 そうこうしていると異世界の亜紀雄からプノに連絡が入る。


『プノ? 大丈夫か?』

「ハイなの……今さいしょうのおじさんが、本性を現したところなの……」


 この宣言が異世界側にも伝わったのか、亜紀雄からプノへと心配そうな言葉が伝えられた。


『いいかプノ、気をつけるんだぞ? おそらく次に狙われるのは姫さんの父親かプノだ。くれぐれも注意しろよ?』

「はいなの、以前アキオ様がいっていた通りにするの」

『ああ、でも無理はするなよ。危ないと思ったら絶対に逃げろよ。いいな?』

「はいなの!」


 プノは亜紀雄の指示に小声で了解の意を示す。


『よし、こちらも準備するからな──大家さん! 至急ドローンの準備を!!』

『お、おお、わかった!』


 異世界側がバタバタと騒々しくなる。

 異世界側の方は魔王の事が片付いたのだろうかと疑問に思うプノだったが、やにわに騒々しくプノの為に動き出しているところを聴くと、魔王とフェル姫の件は終息しているのだろうと見当をつける。

 なんとも異世界人とは頼り甲斐のある人達だろうかと思うプノだった。

 そんな中、ハンプの演説はまだ続く。


「良いか! 魔王はもうこの世界には戻ってはこない。それに大賢者も、この国の後継者も戻ることはない。我等魔族がこの世界の中心を手にしたのだ。よってこの世界の覇権も我等魔族が頂くこととする。諸君らには国に戻りその事を君主に伝えるのだ。三十日の猶予を与えよう。それまでに返事を持ってくるのだ。我等魔族の傘下に入るなら良し、それ以外の返答であればわかっているな? 魔族の一斉攻撃で国もろとも滅びることと知れ。はははははっ!」


 ハンプの脅しとも取れる世界征服宣言に場は騒然とする。

 魔族の一斉攻撃など受けた日には、いったいどれほどの被害が齎されるか予想もできないのだ。

 各国の使者は蒼ざめる。



 ハンプの世界征服の基盤が徐々に固められようとしていた。



 ◇



 ハンプとかいう老人が魔王やフェルというツインドリル姫をも嵌め、異世界を征服しようと企んでいた黒幕だった。

 まあ騙されてこの世界に送られた魔王、ツインドリル姫には同情しないわけではないが、それ以前にエンデル達を嵌めているので自業自得としか言いようがない。

 因果応報とはこのことだろう。人間悪いことはできないものだよ。

 と、そんなことは今はどうでもいい。もう一人の悪者ハンプとやらが異世界で動き出しているのだ。こんな状況になって先ず命を狙われるのは姫さんの父親、若しくは色々と厄介なピノの妹のプノーザだろう。

 特にプノーザは、わりかし優秀な魔導技師として、ハンプに素性も割れている。放って置けばもしかしたらエンデル達を戻すような、画期的な魔道具とか作り出す可能性もある。青い猫型ロボットのドアみたいな奴とか……マジで作ってしまいそうだよね。プノえも~ん! なんちゃってね。

 ハンプとやらだってバカじゃないだろう、そのくらいは懸念していることだろう。


「──大家さん! 至急ドローンの準備を!!」

「お、おお、わかった!」

「エンデルとピノも大家さんと一緒にプノの支援に行くんだ!」

「はい、了解なのですアキオさん!」

「アキオ兄ちゃんはどうするんだ?」

「うーん、この魔王とやらをこうして置くわけにもいかんだろ、俺の部屋に寝かしてから行く」


 そう言うと皆了解して階段を駆け上がってゆく。


「姫さんも行った方が良いぞ」

「は、はい……」


 姫さん二人はまだ向かい合ったまま煮え切らない会話をしている。

 俺の呼びかけにも沈んだ様子が窺えた。


「後でいくらでも話せるから、今は向こうの世界の状況を逐一見ておいた方が良いかもしれないぞ! 若しかしたら君達の父親も殺されるかもしれないんだ。後で後悔しないようにちゃんと見た方が良い」

「はっ、そうでした! 姉様今はこんなことをしている場合ではございません。アキオ様の言う通りお父様の動向をこの目で観て置く責務がございます!」

「な、何を言っているのですか? ここは異世界ですのよ? 向こうの世界の様子などどうやって見ることができるのですか? それにわたくしがこちらの世界に追放されたのです。私も騙されたのです、そうなればお父様を殺すことはしないという約束もおそらく反故されることでしょう……そうなればお父様は、もう殺される運命かもしれません……」

「ですから姉様にもそれを見て置く責任があります。もしそうなったとしても心残りのないように、しっかりと心に刻んで置く責任が……」

「ですからどうやってそれを観るというのです! いい加減なことを言わないでちょうだい!」


 いくらここで説明しても無駄だろう。異世界から来たばかりで何の知識もない姉姫には理解の外の事だろうから。

 あーもう、俺も早く行きたいのに。


「いいから早く行けよ! 後悔しても知らんからな! エル姫さんそのわからず屋を引っ張って行け。その方が早い!」

「はい、分かりました。お気遣い感謝致しますアキオ様」

「な、ど、どこへ行こうというのですか……」

「いいからついてきてください!」


 姫さんは姉姫の手を強引に引いて階段を駆け上がってゆく。

 まったくめんどくさいツインドリル姫だ……。


 みんながピノの部屋に行ったので、俺は幼女魔王の面倒を見ることにする。


「ぷっ……くくくっ……」


 笑っちゃ悪いのだろうが、どうも笑かしてくれる顔で気絶しているからしょうがない。名前はプルプルだったか? 名前も笑かしてくれるぜ、まったく……。

 鼻血は止まっているが、鼻を起点に顔中縦横無尽に鼻血の筋が伸びている。白目を剥いている眼、半開きのだらしない口は舌まで出ており、涎まで流しているのだから。

 これが魔王だとは、到底信じられないほどおちゃらけた顔である。マジ弱そうだ。


「よいしょっと……」


 俺は魔王を抱っこする。

 やはり幼女体型だ、体重も軽い。角が取れて悲しい顔をしていたので、角は重要なものなのだろうからそれも拾って置いた。付け外し出来る角なのかな?


「これが魔王とは信じられないね……こうして見ればただの幼女なんだけどな……」


 魔王は全く目覚める気配がない。ていうか、なんか最近お姫様抱っこをする機会が増えてない? エンデルに次いで二人目だよ……まったく物凄い確率だ。

 と、そんな悠長にしている場合ではないのだ。プノの様子を早く見にゆかなければね。



 俺は急いで魔王を部屋まで連れて行くのだった。

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