第61話 なにをするのだろう?

 買い物を済ませ、ぼろアパートへと帰宅した。


「ただいま~」

「オカエリナサーイ、マセ、ダンナサーマ、ナノデス!」

「──うぉっ……!」


 パタパタと駆けて来たはいいが、突然正座し、上がり框に三つ指を突いて俺を迎えてくれるエンデル。

 言葉もこちらの言葉でぎこちないが、分からなくもない。


「……お前また時代劇を観ていたのか?」

「はい! この世界の妻のたしなみの勉強になるのです」

「はあ~まあ悪くはないけど、それ時代錯誤だから。今はそんな献身的な妻像なんて廃れつつある。普通でいいよ普通で」

「そうなのですか? でも、夫を立てる妻の理想形に思えるのですが、時代にそぐわないのですか……なんとも良い風習が廃れて行くものなのですね」


 確かに男の威厳が昔と比べると希薄になっているのは否めないよね。

 男性の三歩後ろを歩くような女性など、最近は全くいないのだろう。さもすれば男性を荷物持ちにし、三歩前を歩くような女性が多いのかもしれない。


「まあ悲しいことではあるな。でも時代の流れだからしょうがないだろう」

「う~ん、私は常にアキオさんを立てるのです。時代遅れだろうが気にしないのですよ」

「そ、そうか、ありがとな……」


 まあそういう事にしておこう。


 という事で部屋に入る。

 するともうすでに全員が集まっていた。相当腹が減つているのかと思いきや、大家さんまでいるではないか。


「おお、要君! 待っておったぞ!」

「なにしているんですか、大家さん……?」

「なに、ちょっと向こうの世界のピノ君の妹君に挨拶をと思ってな」

「へえ~そうですか」


 ふむ、この前からそうだったが、なんか大家さんは異世界に興味津々である。

 なにが大家さんをそこまで掻き立てるのかは分からないが、引き籠りとは思えないほどの熱の入り方だ。

 別にみんなの邪魔をしなければどうでもいいか。好きにさせておこう。


「俺は晩飯の準備をしますからどうぞ続けて下さい」

「おお、その積りだ」

「では私はアキオさんのお手伝いをするのです!」

「おう、頼む。というか大家さんも飯食べて行きます?」

「おお、その積りだ」

「……」

 

 パソコンを覗き込みながら当然のように言う大家さん。

 最初からその積りだったのかよ……まあ、いつも通り多めに買って来てあるから問題はないが……。


 という事で晩御飯の準備を始める俺とエンデルだった。

 今日はクリームシチューである。今から作ると少し時間がかかるが、みんなまだ向こうの世界のプノと楽しそうに会話しているので、少しくらいは待ってくれることだろう。一人暮らしの社畜生活が長かったので、料理はあまり得意ではないが、このくらいはできる。

 田舎で母親の手伝いをしていた頃が懐かしいよ。

 エンデルと二人で四苦八苦しながらも、なんとか出来上がった。


「おーいみんな、できたぞ~飯にしよう」

「おう、ご飯だってさ。それじゃあプノまた後でな」


 ピノがパソコン画面に向かってそう言う。


「あ、ちょい待て、切るなよ!」


 俺は慌てて通話を切るなと台所から叫ぶ。


「エンデル、このタッパーをプノに渡してくれ」

「はい、了解なのです。やっぱりアキオさんは優しいのです。プノーザの事もちゃんと考えてくれているのですね」

「そりゃまあな。お前らが食べている物をプノだって食べてみたいだろ? 向こうで一人で寂しくしているんだから、出来ることはしてやらないとな」


 タッパーに入れたクリームシチューを持たせると、エンデルは嬉しそうにアイテムバッグの所まで行く。

 プノも確かお城でいいものを食べているみたいだが、違う世界の食べ物もきっと興味があるだろうと思ったからだ。自信を持って美味しいとはいえないが、味的にはまあまあ美味しくできたと思う。口に合うかな……。


 という事で、みんなでテーブルを囲んで食事の時間である。

 クリームシチューを食べながら今後のことを話す。


「という事で、俺は明日からは会社に行かないことになった」

「なに! 要君! とうとうクビになったのか? うーむ、ブラック企業もクビにするだけ君は、ダメダメな社員だったのか……社畜にすらならなかったという事なのだな……うん、残念な奴だな君も……」

「アキオさん、悪徳商会を解雇されたのですか?」

「悪徳商会も見捨てるような働きっぷりだったのか? ダメ人間なんだな、アキオ兄ちゃん……」

「なんと、それは良いことなのか、悪いことなのか……やはり悪徳商会といえど、利益は追及するのですから、無駄な労働力はいらないという事なのですか……お疲れ様でしたアキオ様……」


 脈絡がなく話したことに、即効全員が食いついてくる。


「みんななに訳分かんないこと言ってるの? というか、酷い言われようなんですけど……」


 クビになるぐらいなら自分から進んで辞めてやるよ! 話は最後まで聞こうね?


「アキオさん、ドンマイなのです!」

「いやね、エンデルさん。君には昨晩も今朝も話しているよね? 聞いてなかったの?」

「あ、そうでした。そういえばそんな話をしていたのです」


 てへっ、と可愛く舌を出すエンデル。

 もう、可愛いんだから……。


「明日からはここで仕事をすることになりました。通勤時間分も仕事ができるので、今まで以上に仕事が捗る事でしょう」

「ほう、なるほど。それはいいことだな要君」

「でしょ? これで時間的にも余裕ができるし、みんなの事も考えると、なにかと良いと思うんですよね」

「アキオさんと明日からずっと一緒にいられるのですね? それはたいへん良いことなのです!」

「ずっとは無理だろ。君達は大家さんからの仕事があるだろ? それはそれでやらなければいけないよ」

「そうでした……」


 大家さんの仕事もないがしろにしてはいけない。ここに置いてもらっている以上は大家さんが一番偉いのだからね。というよりも、家賃を払っている俺が一番偉いと思うのだが……そんな俺があんな言われよう、なんか釈然としないな。まあそこは考えないことにする。

 在宅で仕事をしていれば、金銭的にも助かることだろう。

 外食する回数も減らさなければ、いくら稼いでもエンデルの胃の中に貯金するようなものだ。自炊率を上げなければならない、うん。


「ここで仕事するといってもこのしょぼいノートパソで仕事をするのかね?」

「いいえ、ちゃんと準備してきましたよ」


 なんだよ、ひとのノートパソコンをしょぼい言うなよ。

 だいたい大家さんの部屋のような超ハイスペックなコンピューターに比べれば、どこのパソコンでもしょぼくなるよ。


「なるほどな……時に要君はどんなプログラムを組めるのだね?」

「うーん、どういったものと言われても、企画書や仕様書に沿ってプログラムを組むから、それなりになんでも対応できるといえば出来ますね。本当に特殊なものなんてうちの会社に端から依頼など来ないので……」


 いきなり仕事のことを訊いてくるなんて、大家さんどうしたんだ?

 そんなことに興味があるとは全く思えないのだが……。


「ふむ、そうか。では、遠隔操作系のアプリ等は作れないのか?」

「遠隔操作ですか?」

「そうだ。こちらの世界から異世界の物をコントロールできるようなものだ」

「うーん、無線ルーターが向こうの世界にあるからそれは可能ですね。以前ホームセキュリティー用の遠隔操作アプリを作ったことがありますよ。というか、何を操作するんですか?」


 向こうにある無線端末は俺がプノに渡したタブレットのみである。

 他にカメラとかを設置して、その操作とかをしたいのかな?


「うむ、ドローンだ」

「え? ドローン? ドローンってあのプロペラが付いたやつ?」

「そうだ、先程プノ君の所にそれを送ったのだが、初めての事と、文字が分からないので、何かと操作が難しいようだ」

「そりゃそうでしょう。現代の技術をそう簡単に会得できるわけないですよ」


 確かにプノは優秀みたいだが、文字も読めない状況でこちらの通訳もあったにせよ、そうすぐには操作なんてできないはずである。

 なんてことをしようとしているんだ大家さん……。


「ドローン飛ばしたいだけなんですか?」

「うむ、こちらの世界では航空法だの申請だの、面倒な手続きをしなければならないのだろ? その点異世界にはそんな面倒なしがらみが無い。それよりもまだ見たこともない世界をこの目で見、記録したいとは思わないかね?」

「はあ、そうですね……見られるのなら見てみたいのは山々ですけど……まあそうであれば遠隔操作アプリよりもっと簡単な方法がありますよ」

「なに、そんな方法があるのかね?」

「ええ、同じLAN環境にあるんでしたら、向こうに無線用の端末を置いておき、プロポ(ラジコンの送信機)を乗っ取ってしまえば、こちらから操作できるようになりますよ」


 ある程度知識を持っていれば、同じWi-Fi環境にある他の端末を乗っ取ることは簡単に出来てしまう。とはいえ見ず知らずの人の端末を乗っ取ることは、この世界では犯罪である。絶対に真似しちゃだめだよ。

 まあ異世界ということと、自前の端末という事でできるといったまでだ。


「おお、そんなことができるのか!」

「でも、その為には同じプロポがもう一つ必要ですよ」

「そうか、うむ、すぐに手配しよう」


 できると分かるや否や大家さんはスマホを取り出し誰かに電話を掛けている。

 先ほどと同じプロポを至急持ってこい! の一言で片付いてしまった。相手には返事をする暇も与えられなかったような感じだった。

 この大家さんは、いったいどんな人なのだろう。だんだん正体が怪しくなってきたよ。


「うむ、明日には到着するだろう。到着したら設定よろしく頼む」

「は、はあ、分かりました……」


 仕方が無い、大家さんの欲求を満たせば、少しはおとなしくなるだろう。


「あ、ところで、ボイスレコーダーはそろそろ回収じゃなかったかな?」


 そろそろボイスレコーダーを仕込んで二日経過する。その内容も確認しなきゃいけないしね。


「はい、プノ様は明日の朝回収する予定だと仰っておりました」

「そうか、そんじゃあそれは回収してからだな」

「それで犯人が特定できればよいのですが……」


 姫さんは、犯人が何の目的でこんなことをしたのか、早急に知りたそうである。

 とにかくやれることはやって置こう。協力するといった以上俺も半端にはしない。約一名(大家さん)は遊んでいるようだが、まあ何かの役に立つかもしれないしね。



 とはいえ、仕事もしなきゃならないし、結構忙しくなりそうな予感である。

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