第38話 世界征服と筋肉痛

 【聖教国エロームから遠く離れたとある場所】


「なぁ~ははははははっ! そうか、この世界から消え失せたか。良くやったのだ! なぁ~ははははははっ!」


 玉座に座る妖艶な人物は、何者かの報告を受け満足気に哄笑した。


「しかし、こうも上手く行くとは、拍子抜けじゃないのか?」

「……はい、僅かばかり手を回したところ、意外と乗ってくれた者がおりましたので、上手く活用したのです」

「そうかそうか。憎くき創世の魔女の生まれ変わりとまで言われる女と、その弟子、それに聖教国の次期教皇候補を一挙に消し去れるとは、これでもうこの世界は我の物だなぁ!! なぁ~ははははははははははっ!」


 その人物は殊の外ご満悦である。

 労することなくこの世界を一挙に手に入れられるともなれば、その愉悦は格別だろう。

 

「はい……様。残ったもう一人の弟子は、魔法もたいしたことは無くそう恐るるに値しないでしょう。それにもう一人の姉姫も、魔法はからきし。妹姫に対する劣等感のみで生きていたような者です。ですが問題がないわけではありません……」

「なぬ? 問題があるのか?」

「はい、大賢者は痩せても枯れてもあの創世の魔女の再来といわれていた者です。異世界から戻ってくる可能性も考えなくてはなりません。残った弟子の話では、向こうの世界でも魔法は使えるようなことを話しておりました。そうなれば近い内に戻って来ると考えておいた方が良いのではないかと……」

「なぬぅ? それは本当か?」

「はい、今の所魔力も使い果たしているらしく、すぐには戻って来られないでしょうが、ゆくゆくは戻って来る可能性も考慮しなければならないかと……」

「ぬぅ~! うぬぬぬう~っ、それは困った問題じゃないか~……」


 そんな報告を聞き気色満面だった表情が幾分曇る。

 創世の魔女の再来と呼ばれる者が戻って来ようものなら、また勇者召喚をするかもしれない。そうなればまた苦戦を強いられる。たまったものではない。

 そして、五百年前のようにまた封印されないとも限らないのだ。

 肉体は朽ち果て、膨大な魔力を持つ魂を受け入れるだけの新たな体が生まれるまで、また何年かかるかも分からないのだ。再度そんな目に遭うのはもう御免である。


 そう、この妖艶な者は、この世界の魔王なのである。


 ようよう復活できたこの時、そこにはまたあの忌々しい創世の魔女に匹敵する大賢者なるものがいると聞き、その存在を煙たく思っていたのだ。それと聖教会の次期教皇となる者も、有能な神聖魔法の使い手と聞き及ぶ目障りな存在である。ついでに大賢者の弟子も頭角を現す前に消した方が良いと考え、今回の転移事件を画策したのだった。


「ではどうすれば良いのかな?」

「はい、幸いにもまだ魔力が回復していない今、容易たやすく始末できるかと……」

「ふむぅ~そうか! 我がその異世界とやらへゆき、そ奴等の息の根を止めてくれば良いだけだな!」

「はい、御明察であります。異世界へ行き、戻って来られるだけの膨大な魔力を持った魔王様でなければ成し得ぬ所業にございます」

「なぁ~ははははははははははっ! そうだろう、そうだろう! 我の力は偉大なのだぁ~それしきの事造作なくできるのだぁ~、なぁ~ははははははははははっ!」


 魔王は、かんらかんらと高笑いを響かせた。


「では準備が整い次第、聖教国エロームへおいで下さいませ。その間、各国の重鎮も集めておきます故。そこで魔王様のこの世界への征服の宣言をいたしましょう。その準備は進めておきましょう」

「うぬうぬ、それは良い考えだ。人間どもの恐れおののく顔が目に浮かぶわ。なぁ~ははははははははははっ!」


 魔王はその提案に素直に乗る。

 そしてその嗤い声を聞く報告者は、頭を下げながら後退し、静かに口角を吊り上げるのだった。



 間もなく魔王の世界征服が始まろうとしている。



 ◇



 【草むしり部隊 二日目】


 エンデル達は、昨日に引き続き庭のくさむしりに精を出していた。

 しかし無駄に広い庭は、エンデル達に未だ征服されていない。これは長丁場になりそうである。


「ふう、休憩しようよ師匠。姫様が辛そうだよ」

「そうですね、そうしましょう」

「……す、すみません……いたたたたっ」


 普段身体を動かすことの少ないエル姫は、昨日の草むしりでの後遺症が既に出ていた。

 足腰は勿論、腕や肩首に至るまで全身筋肉痛なのだ。一度しゃがむと立ち上がるのも一苦労なほどである。


「大丈夫ですか? 姫様?」

「え、ええ……筋肉疲労とは……お恥ずかしいです……」

「あははっ! 運動不足だよ姫様は、これしきで筋肉痛になるなんて、つんつん」

「きゃっ! 痛っ! あっ、や、やめて下さいまし! いたたたたたっ、つ、つつかないで──ああ~っ! やめてくださいまし~っ!!」


 乳酸が豊富に溜まっていそうな、おしりや太ももを、つんつん攻撃するピノ。

 その痛さに身を捩りながら、むしったばかりの草の上を転げ回るエル姫。ピノの悪ふざけは身分など関係なく発動する。


「これ、ピノーザ、そんなことしたら姫様が……うずうず」

「あひゃあ~~~っ! え、エンデル様まで、や、やめて下さいまし~っ!!」


 豊満な肉体が草の上で艶っぽく転がるのを見て、うずうずが込み上げてきたエンデルも加勢する。


「お、師匠もやるか?」

「いいえ、筋肉疲労はまた体を動かすことで緩和できるのです! 身体を甘やかしてはいけません! 甘やかすからこんな凶悪なお胸になるのですっ!」

「いや、おっぱいは関係ないと思うけど……」

「あいたたたたた~~っ! ひゃ、ひゃめてぇ~~~~~っ!!」


 エル姫の切ない声が庭に響くのだった。


「おいおい、何をしているのだ?」


 そこに大家の日向が現れる。

 まじめに仕事をしているかと様子を見にきてみれば、何やらおふざけタイムになっていたので、気になったようだ。


「あ、ヒナたんさん。姫様が筋肉疲労みたいで、少し疲労を改善させようと思いまして」

「うーむ、わたしには、ただイジメているようにしか見えなかったが……まあ、筋肉痛には身体を再度動かす方が良いと聞くが、エンデル君とピノ君の方法では逆効果のような気もしないでもないな……」


 痛いところをつついたり、胸をつついていても効果は薄いだろう。たんに悪ふざけをしているのだろうが。


「うむ、少し待っていなさい。いいものを取り寄せよう」


 そう言うと日向は、急いで部屋へと戻ってゆくのだった。


「なんだろうな?」

「何でしょうかね?」

「痛いのです……ぐすんっ……」


 日向を待つ間休憩を続行する一同。

 草むしりよりエル姫に悪戯する方が疲れた様子である。エル姫は当然ながら疲労困憊の様子でぐったりしていた。


「ふう、そういえば、プノの奴手紙読んだかな?」

「どうでしょうかね?」

「きっとプノの事だから寂しがっているだろうな~」

「そうですね。ピノーザといつも一緒でしたからね。寂しいでしょうね」

「まあ、あの手紙で元気を出してくれればいいけどな」

「そうですね。私達が無事で安心していることでしょう」


 などと師弟は朗らかな会話をしている。

 しかし、とうのプノーザは、手紙を読んだことで激怒していることなど、この二人は想像もしていないのであった。


 少しすると大家の日向の所に荷物が届いた。

 その荷物を受け取ると、日向はエル姫を呼びつけ部屋の中へと入ってゆく。


『ひゃあああっ!』

『我慢するのだ』


 そんな声が聞こえてきたので、気になったエンデルとピノは日向の部屋を覗きに行く。

 そこには半裸に剥かれたエル姫が立たされ、なにかスプレーのようなものを噴霧されていた。


「ひゃあああっ、冷たいのですぅ~」

「ふふふ、だが気持ちよかろう」

「は、はい……すーすーしてとても気持ちが良いのです!」

「だろうだろう。後は、今日寝る時にこれを痛い所に貼れば、明日には楽になるだろう」

「は、はい……これは??」

「うむ、湿布というものだ。このスプレーよりも局部的に効くからな」

「しっぷですか……分かりました。寝る前に貼ることに致します」


 エアー〇ロンパスを筋肉痛のヶ所に噴霧され、その清々しさに恍惚とした表情をするエル姫。

 そんな気持ち良さそうなエル姫の表情を見て、


「ヒナたんさん! 私にもそのすーすーするのかけて下さい!」

「あたしも!」


 二人も興味津々で居間へと上がり込んだ。


「君達は筋肉痛じゃないのだろ? なら必要ない」

「あいたたたたっ、筋肉が痛いと叫んでいます!」

「あいたっ、あたしも痛いの忘れてたよ!」

「……」


 嘘くさい。まるで今取ってつけたような筋肉痛だこと。と、日向は白い目で二人を見るが、二人はエアー〇ロンパスを経験して見たくてうずうずしている。

 仕方が無いので肩と首筋に噴霧してあげると、


「うわーっ! 冷たくて気持ちがいいです~」

「すげえなこれ、ほんとに疲れが取れそうだよ~」


 と、大喜びだ。二人は日向からエアー〇ロンパスを奪い、作業服を脱ぎ捨て半裸になって交互に色々な所にスプレーするのだった。ひゃ~、とか、きゃ~、など黄色い声を上げながらご満悦の二人である。

 するとエンデルは、


「これは疲れを取るアイテムなのですね! 凄いです異世界! うぬぅ~そういえば、この『めがね』というものをかけてまだ慣れていないのか、最近目が多少疲れているのです。これは目の疲れにも効くかもです! ピノーザ、お願いします!」

「おう! 任せなよ師匠!!」


 エンデルがメガネを外すと、ピノは迷わずエンデルの顔めがけてスプレーのノズルを向けた。


「あっ、おい! やめ──」


 その行動を見た日向が止めようとしたが、時すでに遅し。

 ──ぷしゅうー。

 と、噴霧される液状〇ロンパス。


「──ぎゃああああああああっ!!」


 目に入った瞬間転げ回るエンデル。


「し、師匠! どうしたんだーっ!!」

「……だから言わんこっちゃない……君達はあれだろう……アホだな……」

「……?」


 エンデルの悲鳴に狼狽するピノ。それとは真逆に嘆息する日向。服を着ていたエル姫は何があったのか分からずに首を傾げている。


「め、めがあああああああああああ~っ!! 目があああああ~っ!」

「いいからこっちに来るんだエンデル君!! 早く目を洗うのだ!!」


 悶絶躄地もんぜつびゃくじとしたエンデルを抱えた日向は、洗面所へと急ぐのだった。

 〇ロンパスを目に入れた痛さは、経験者にしか語ることができないだろう。相当痛いはずである。


「め、めがああああああああああぁ~~~~っ!」


 目を洗いながら絶叫するエンデルだった。



 この世界の教訓を一つ身に染みて理解したエンデルだった。

 良い子はけして真似をしないように。眼精疲労には目薬を使いましょう。

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