第29話 アパートへ戻ると

 昼ご飯を食べ、モックを出た俺達は、ファッションセンターしもむらに寄り、二人の下着と服を購入し、スーパーで買い物をしてアパートへ戻ると、もう日が暮れる頃だった。


 エンデル一人でもかなり疲れたのだから、二人増えたらどうなるかお分かりだろうか?

 めちゃくちゃ疲れた……。

 反面、エンデル達は至極元気だった。その元気分けてくれ~。

 ただ、仕事の疲れとは一味違い、どこか満ち足りた疲れなので別に嫌ではなかった。


 ぐったりしながらアパートへ戻ると、大家さんが丁度俺の隣の部屋から出てくるところだった。


「うむ、要君帰ったか!」

「ただいま~」

「ヒナたんさんただいまです」


 俺とエンデルに続いて、ピノとエル姫もぺこりと頭を下げた。


「なんだ要君? 両手両足に花みたいな羨ましい状況で、なにを疲れ切った顔しているのだね?」

「いや、半端ないっすよこの人達。まるで『なにこれ』星人を相手にしているようなものですよ? 幼い子供を数人相手にした方がよっぽど疲れないと思います。下手に知識がある分余計にたちが悪いです……」

「アハハハハ、まあそうだろうな。とにかく何もかもがまったく違うのだろう、今までの常識を崩すのは大人になればなるほど難しくなるからな」

「ほんとですよ、その点エンデルはあまり苦労しなかったな……なんでだろう。とにかく姫さんが一番苦労したよ……」


 エル姫はどうも固定観念が強すぎるのか、もしくは向こうの世界となんでも照らし合わせてしまうのか、物事を簡単に教えても、複雑に理解しようとする癖があるようである。

 なので一つの事を教えるのにも二つ三つと付け足していかなければならないので、かなり苦労したのだ。ピノはそんな難しいことは考えず、そういうものだと簡単に理解してくれるので意外と楽だった。


「え、わ、わたくしですか⁉ わたくし何か粗相を致しましたか?」


 いきなり話の矛先が向いたものだから、狼狽するエル姫。


「アハハハハ、粗相と来たか。まあ、姫様というぐらいだから教育もしっかり受けているのだろうな。まあ、粗相はしていないことは確かだ。あまり気にしないことだ」

「は、はあ……」


 豪快に笑いながら説明する大家さんは、ぽんぽんと気さくにエル姫の肩を叩く。

 エル姫は俺達の会話が良く理解できないのか、曖昧に返事をかえすのだった。まあ、来たばかりで何もかもが物珍しいのだろう。ゆっくり慣れるしかないと思う。


「うむ、ちょうど先程部屋に家財道具一式を収め終えたところだ。入って見るか?」

「えっ! もう住めるようになったんですか?」

「ああ、これくらいできなくて大家などやってはいられん」


 そうなのか? ただの引き籠りゲーマーにしてはかなりの人脈があるような感じだな。

 たった数時間で物を揃えるなんて……。


 隣の部屋に入ってみると家財道具一式が整然と設置されていた。ベッド、テーブル、ソファー、テレビ、冷蔵庫に洗濯機、等々、生活するには困らない以上のモノが揃っていた。


「凄いな大家さん……俺の部屋より間違いなく贅沢じゃないか……」

「アハハハハ、なに、モノはついでだ。それなりに格調高い方が、彼女達のこちらの世界での生活も謳歌できると思ってな」


 いやそれにしてはやり過ぎだろ。テレビなんて50インチぐらいあるんじゃないのか? 洗濯機も憧れの斜めドラム式だし……俺の部屋のと交換してもいいかな?


「凄いですねアキオさん。この部屋は誰が使うのですか?」

「ああ、エンデルでも姫様でもピノでも誰でもいいんじゃないのか?」

「ああ、そうだ、もうひと部屋も同じようにしてあるから、姫様一人と、エンデル君とピノ君の二人でどうかな?」


 大家さんは奇妙なことを言い出した。

 《もうひと部屋》って何?


「え? だ、駄目です! 私はアキオさんの部屋から出る気はありません。二部屋あるのであれば、エル姫様とピノーザがそれぞれ入ればいいのです。いいですねピノーザ?」

「あ、うん、あたしは何でもいいよ。てか、こんな豪華な部屋一人で使ってもいいのかい?」


 エンデルは頑として俺と一緒にいるという。

 別に弟子が来たのだから、弟子と一緒でもいいのだけどね……いや、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。


「ああ、気兼ねなく使うといい。家賃は既に要君と交渉済みだ。存分に甘えるがいい」

「えっ? てことは一部屋分追加じゃなくて二部屋分?」

「当たり前だろう! 家財道具は私が持つと言った以上請求はしない。だが家賃はそうはいかんからな」


 にたりと笑う顔が怖い。きっとネトゲに課金する金が増えることを内心で喜んでいるに違いない。


「いや、聞いてねえよ、一部屋分じゃダメ?」

「もう遅い。君の部屋に賃貸契約書に捺印したものを置いてあるから、もう君の部屋だ」

「なに勝手に部屋に入って勝手に人の印鑑押しちゃうの? いくら大家さんでもやり過ぎだろ‼」


 そういえば、ピノと姫さんの二人が転移してきた時、鍵を掛けてあった筈の玄関から何の違和感もなく入って来たのは、合鍵を持っているからか……大家という権力を遺憾なく行使しやがって。とんでもねぇ大家だ!!


「ふふふ、まあ諦めるんだな。アハハハハ」

「ぐ、ぐっ……」


 まあ仕方が無い。どうせリーズナブルな家賃だから、三部屋でそこらの普通のアパートの二部屋分以下の賃貸料だから然程痛くはない……と思う。

 というより、快適に過ごしてもらう為にはそのくらいしないと、やっぱ駄目だろうか。


「それじゃあ202号室はピノ君の部屋、203号室はエル姫さんでいいかな?」

「あいよ!」「はい、ありがとうございます」


 二人は大家さんから鍵を受け取った。


「エンデルも無理しなくてもいいんだぞ? ピノと一緒の部屋でもいいんだからな」


 心にもないことを言う俺。


「なんですかアキオさん。私の事が嫌いなのですか?」

「あいや、嫌いとかそんなんじゃなくて……」

「好きなのですね? では良いではないですか。私はアキオさんの傍から離れるつもりなど絶対にないのです! ふんっ!」


 鼻息荒くそう言い募るエンデル。

 早合点も甚だしいな……まだ好きだとも言ってないのだが……まぁいいか……。


「それじゃあエンデル。二人にお風呂の入り方を教えてくれ。俺は部屋で晩飯の準備をしているから、風呂から上がったら皆で食べよう」

「はい! 分かりましたアキオさん!」


 エンデルは機嫌よく返事をした。ご飯と言うといつも笑顔になるね。

 今日買った服や下着をピノとエル姫にそれぞれ渡す。そして風呂場へと向かって行った。エンデルも二人に風呂の使い方を教えるために得意顔でついてゆく。


「あ、大家さんもどうですか? 今晩は焼き肉ですよ」

「おおー、わたしも誘ってくれるのか?」

「ええ、たくさん買って来たので大家さんの分もありますよ」

「そうか、ではご相伴に預からせてもらおうか」


 大家さんも腕を組みながら笑顔で了承してくれた。

 エンデルの分でかなりの量を購入しているが、それ以上に買っているから問題はない。

 たまにはたくさんの人で焼き肉ってのもいいものだよね。



 というよりも、明日から俺も会社がある。会社に連れてゆくわけにもいかないので、日中は大家さんにエンデル達の面倒を見て貰わなければならないのだ。そのお願いもしなきゃだからね。



 そして夜になり賑やかな異世界人歓迎焼き肉パーティーへと移行するのであった。

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