第28話 プノの孤独

 【プノの憂鬱】


 どこへ行っても姉妹はいつも一緒だった。

 姉の後ろを常に追いかけ、常に真似をし、そう歩んできたこれまでの日々。

 両親を幼い頃に事故で亡くし、両親の代わりに祖母に育てられた姉妹。

 賢者であった祖母が死んでからは、その教え子であったエンデルに師事を受けるように遺言を受けていたこともあり、プノは姉共々エンデルのところに転がり込んだのである。


 師匠のエンデルは、こと魔導に関しては、創生の魔女の再来と呼ばれるほどの賢才で、老師である姉妹の祖母が亡くなってしばらくした後、若くして大賢者の称号を受けることとなった。

 エンデルが魔法以外では少し抜けている所があるのはここでは割愛する。


 大賢者の弟子として研鑽を積むことになった姉妹。

 姉のピノーザは賢者であった祖母の血を濃く引くのか、魔法の扱いに殊の外長けていた。だがプノーザは残念ながら祖母方の血をそんなに濃く受け継がなかったのか、魔法に関しては二流と呼べるほどのものしか今の所開花していない。まだ若いので今後伸びる可能性は否めないが、姉のピノと同じ年齢の時を鑑みても、そう優秀な魔導師にはなれないかもしれない。と、心の奥底では思っているのだった。

 しかしその代わりといってはなんだが、プノは魔導技師としての才能がピカイチだっのである。魔法が不得手なぶん、魔道技師として研鑽を積み姉共々優秀な魔導師として成長している過程であった。エンデルの師事も良い所を伸ばすように教えられていたのが功を奏したのかもしれない。



 そして今。事態は急変した。師匠であるエンデルが召喚の儀を失敗しどこか知らない異世界へと転移してしまった。

 斯くしてその師匠を召喚しようと、姉妹で力を合わせて再度行った召喚の儀。

 姉のピノーザが師匠のエンデルを召喚しょうと行った召還魔法で、師匠と同じくどこかへ転移してしまったのだ。おまけに魔力補填を依頼したこの国の姫様を巻き込んで。


 一人この場に取り残された妹のプノーザは、途方に暮れるのだった。


「ピノお姉ちゃん……師匠……プノはどうすればいいの?」


 城の一室をあてがわれているプノは、豪奢なベッドの上で天井を見ながらそう呟く。


「居場所の特定はできても、プノの魔力では再召喚なんて到底できないことなの……」


 異世界側のどこに居るのかはおそらくすぐに判明する。師匠のエンデルに固定した召喚だったので、姉のピノーザもエル姫も、おそらくは一緒の場所に転移したはずである。

 ただ再度召喚をかけようにも、召喚魔法を行える程の膨大な魔力もないし、その技術も乏しい。

 どう考えても不可能に近いのだ。


「師匠かピノお姉ちゃんに連絡だけでも取れれば、なんとかなるかもなの……」


 転移してしまった師匠のエンデルか、若しくは姉のピノーザと連絡だけでも取れれば、その指示に従い転移させる事が可能かもしれない。

 しかしその異世界とのコンタクトの方法など思いつくわけもない。

 そんな方法があるのであれば、既に師匠のエンデル側から何らかのアクションがあるはずである。それが無いということは、絶望的ではなかろうか。判定ではその異世界は魔力と呼ばれるものがほとんど検出できず、おまけに師匠の魔力もほとんど残っていない。と、魔道具の結果が知らせているのだ。

 そうなれば魔法的にどうこうできる余地はないのかもしれない。そう思うプノだった。


「でも、師匠は何かと抜けているからいい案があるかもなの。ただ忘れているだけかもしれないし……ピノお姉ちゃんが鍵なの……」


 そう、師匠のことは余り当てにならない。姉のピノーザが向こうに行って、師匠のおしりを叩き、なにか妙案を捻り出してくれることに期待するしかない。そう思っているのである。


 異世界では新たに来たピノーザとエル姫を連れ、モックで楽しく食事していることなど、今の落胆したプノは露ほども知らないのである。


「ふう〜、なの……」


 可愛く溜息をつき、コロンとベッドの上を転がるプノ。

 すると枕元に放って置いたアイテムバッグが目に入る。


「──あっ‼」


 ──コンコン!


 そう何かが閃いた時ドアがノックされた。


「は、はいなの」

『プノーザ様、宰相閣下がお見えです。お部屋にお通ししてよろしいでしょうか?』


 姫付きの次女がそう言う。


「はい、どうぞなの」


 断る理由もないのでそう返事する。

 扉が開かれハンプ宰相が入って来た。教皇様に報告をし、この先どうするかの指示を受けて来たのかもしれない。そうプノは思った。


「プノ様、今回の一件、誠に遺憾に存じます。ピノ様は勿論、姫殿下まで転移してしまうとは、考えも及びませんでした」


 沈痛な面持ちでそう言うハンプ宰相。

 だがその顔は本当に悔しのか、それとも笑っているのか、プノには判断がつかなかった。

 目が細くその瞳の奥まで覗えない表情は、見方を変えれば薄らと笑みを浮かべているようにさえ取れてしまうのだ。


「そうなの……ごめんなさいなの」


 自分たち姉妹が最終的に引き起してしまったこの一件に、プノはまず謝罪した。

 ただあの召喚が間違った方法での失敗ではないことは理解している。けれども結果的にエル姫を巻き込んでしてしまった事実は変わらない。その点についての謝罪である。


「いえいえ、プノ様方の失態ではありません。何かまた未知なる力が働いたのでしょう。召喚魔法自体は、しっかり発動していたように思います。ならば仕方のない事です」

「?」


 プノはハンプ宰相の言葉に首を捻る。

 この国の皇女であるエル姫がいなくなり、召喚を行なった自分達姉妹を糾弾してくるとばかり思っていたからだ。だがそうはしてこなかった。


「つきましては、今日はゆっくりとお休みになられまして、また明日から調査を始めては頂けないでしょうか?」

「は、はいなの……でも、調査をしても再度召喚を行うことはプノには出来ないの」

「はい、それは承知しております。ですのでわたくしに少し心当たりがございます。その者と連絡が取れ次第連れてまいります。それまでは多少時間がかかってしまうでしょうから、急がずゆっくりと調査、検証をして頂きたいのです」

「は、はいなの……?」


 この召喚に関する魔法を発動できるものがいるとすれば、それは師匠のエンデルに匹敵する魔導師である。

 そんな者がそう簡単にこの世界にいない事など、子供でも知っている事だ。

 プノは心に何か引っかかるものを覚える。


「他に何かお気付きの点御座いますかな?」

「あ、あのう……」

「何か御座いましたかな?」

「あ、いいえ、なんでもないの……」


 プノは今日の召喚で気づいたことを言おうとしたが、なぜかこの場で話すのが憚られた。

 今はなんとも言えない曖昧な予感でしかないが、どうもその大事な部分が霧に隠れるかのように掴めず、心に何かが引っかかるのだ。


「そうですか。では何か必要なものなどありましたら、御遠慮なく侍女にお申し付けください。よほど無理なものでなければ、ご用意いたします故」

「……は、はいなの」

「ではわたくしは、召喚を行える者を当たって参ります。数日後には戻れると思いますので、それまで存分に検証の方よろしくお願い致します」


 そう一礼して部屋を出て行くハンプ宰相。


「……」


 プノはそんなハンプ宰相の背中を黙つて見つめるのだった。



 これからプノの孤独な戦いが始まろうとしていた。





 モックで昼食を摂る俺たち四人。


「こ、こんな美味しいものをエンデル様はご馳走なっていたのですか⁉ もぐもぐ!」

「マジ美味いなアキオ兄ちゃん! こんなに美味いもの初めて食べたよ! でも、ご馳走してくれたからってまだ信用はしないからな! もしゃもしゃ!」

「わっ! 汚い汚い! 飛んでる飛んでる! だから飛んでるって‼」

「お行儀が悪いですわよお二人共! 食べ物は飲み込んでからお話しするものです!」

「お前が言うのかよ! どの口がそんな偉そうなこと言えるんだ? さあ、どの口が⁉」

「いたたたたっ、痛いですアキオさん。ほっぺを引っ張らないでください。この口ですよ〜」


 モックでハンバーガーを食べる異世界人は、やっぱりエンデルと同じように口から食べかすを飛ばし、驚きながら食べるのだった。



 ちなみに後から来た二人は、エンデルより少食だった点は、多少安心できる要素だった。向こうの世界の人達は、みんなエンデルようのような大食漢じゃなかったことに一頻りホットする俺。もしかしたらエンデルが向こうの世界では、少食と区分されていたらどうしようと、注文しながら背筋を凍えさせて考えていた事は内緒である。

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