第26話 部屋を借りる

 俺は大家さんのヒナたんと、お姫様の着替えを取りに下の大家さんのウチへと向かうのだった。


「入りたまえ要君」

「はい、お邪魔しまーす」


 独り暮らしの女性が気兼ねなく部屋に入れと言うということは、おそらく部屋は小綺麗にしてあるのだろう。

 そう思いワクワクしながら部屋に入り仰天する。


「うわ! なんなんですかこの部屋……」


 居間の方を覗いたら普通の家の居間と然程変わらなかったが、ヒナたんの部屋は別世界だった。


「ふふふっ、ここはオペレーティングルームだ。ネトゲをしつつデイトレードや先物、原油、金、プラチナ、レアメタルなどの取り引をしている」

「……」


 声にならない。

 壁一面が大きなディスプレイで、様々な情報をそこで表示させ、部屋の真ん中にシスオペの座席みたいなものがあり、そこにもモニターが数台あって、ネトゲは勿論様々な操作が可能になっているようだ。


「も、ものすごい設備ですね……」

「ふふふ、そうだろう、そうだろう、かけている金額が違うからな」

「これだけのシステムがあればなんでもできそうですね。うちの会社のシステムよりも……じゃなくて比べられないですね」


 ネトゲをするにはオーバースペックじゃないだろうか?

 まあ、金に物を言わせこれだけの設備を整えたのだろう。でも羨ましいものだ。これだけの設備があれば何でもできそうだな。ITエンジニアの俺としては夢のような設備だよ。


「当たり前だ、その辺りの雑多な企業のシステムなど、このヒナたんスパコンには千台合わせても勝てぬよ。アハハハハ」


 なんてことだ、下手な国家戦略並みのシステムか? 若しかしたら本当に何でもできてしまうかもしれないな……。

 ただの財産持ちの引き籠りのゲーマーだと思っていたが、どっこいとんでもない人なのかもしれない。


「まあここは、いいだろう、寝室は隣りだ、行こうか」

「は、はあ……」


 隣の部屋が寝室らしい。

 隣の部屋へ移動すると、これまた小奇麗な部屋だった。


「へーっ、大家さんの部屋は意外と可愛いんですね~」

「アハハハハ、そうだろう、そうだろう、私の趣味が隅々まで反映されているからな」


 いや、いちおう皮肉を込めて言ったのですよ? 褒めていないのですが。

 この豪快な大家さんに、あまりにも似つかわしくない寝室。壁一面は本棚で、ぎっしりと小説やコミックが差さっている。まあラノベの割合が半分以上だけど、純文学や哲学書みたいなものまであるのは驚きだ。

 部屋全体は可愛らしく装飾されており、このボロアパートには似つかわしくない天蓋付きのベッドなんて置いてあった……どこのお姫様? なんて思うような感じである。ていうか、天蓋が天井に付いてるんじゃね? 意味なくない?


「しかし同じアパートの部屋には全く見えませんね?」

「うむ、かなり改装費を費やしたからな。もう少し防音防振設備に金をかければ良かったと後悔はしているがな」

「いや、それくらいなら建て替えした方が良くない?」

「む、まあそれもそうだが、このコーポ柊は、両親がわたしに残してくれた、大切なアパートなのだよ。まだまだ現役の内はこのままにしていたくてな」

「そうなんですか……」


 どうやらかなりの思い入れがあるようだ。


「うむ、要君これなんかどうだ?」


 タンスをまさぐり小さな赤い布切れを俺に差し出す大家さん。


「はうっ! ひ、紐パンですか? それも透けているじゃないですか! なんでこんなもの持ってるの?」

「なに、いつ要君が襲ってきてもいいように、勝負下着は準備しておいたのだよ」

「はひ? なんで俺が襲いに来なきゃいけないんですか⁉ 無駄だから!」

「アハハハハ、冗談だ」


 完全に俺をおちょくっていやがるな。


「これとこれとこれがいいな、あの小さな子には、サイズ的に合うものがないが……まああの魔女のような格好をさせておくわけにもいくまい。まだ昼時だから、このTシャツにこの短パンでいいだろう」


 大家さんはタンスの中から次々と下着と服を出してくる。


「うむ、後は二人を連れて買い物にでも行ってきたまえ、とりあえず今は無難な服を渡しておこう」

「はい、ありがとうございます」

「それはそうと、二人も増えたらあの部屋では寝る場所もないだろう。どうするのだ?」


 そうか、それも考えなければならないよな。

 あの二人だってエンデルと同じく、この世界に知り合いもいないのだから、無碍に追い出すわけにもいかないよな……って、あの二人も俺が面倒見なきゃいけないの⁇

 なんか釈然としないな……。


「大家さんの所も……手狭ですねこの部屋じゃ……」


 居間は応接用に使っているのか寝るような場所じゃなかった。それにあと二部屋もぎっしり趣味のもので満載なので、布団も敷けないよね。


「うむ、こうしよう。空いた部屋を彼女達に提供しようじゃないか」

「えっ、いいんですか?」

「ああ、勿論家賃は頂くぞ? 要君、きみが支払うんだがね」

「えええっ! なんで俺が?」

「当たり前だろう。異世界から来たお客さんがこの世界のお金を持っているわけもないじゃないか。当然要君が保護者として面倒を見るのだろ? それなら家賃だって要君が払うべきだ」

「あいや、いつから保護者になったの? 全く覚えがないんですが……」

「エンデル君の夫になったんだろ? ならその弟子も、エンデル君の国の姫様も身内同然ではないか。面倒を見るのは当然だ。だが安心しろ、部屋の中の設備はわたしが工面しよう。買い物に行っている間に住めるように手配しておく。大家は店子の親も同然だ、そのくらいは任せたまえ」

「おお~いいんですか?」

「ああ、わたしの小遣いで十分間事足りる。何より家賃収入が増えるのだ、またネトゲへの課金する予算が増えるってものだ。感謝するぞ要君!」

「……それだけお金持ってるなら、家賃収入を課金に充てなくてもいいだろうに……」

「なにを言う! 確かに財産はあるが、それは親が残したものだ、増やす以外は使うのは小遣いだけだ。ネトゲの課金に等使えるわけがなかろう! 罰当たりな」

「……」


 罰当たりって……俺の家賃にはそんなありがたみもないってか? クソっ呪ってやる。だいたいが同じお金だろうに……俺の払う家賃が全てネトゲの課金になるのか……ほんと家賃を払う気が失せるよ……。


「もぅ……分かりましたよ。ではそれでお願いします……」


 渋々首肯する俺。なんか良いように誘導されている気がしないでもない。

 だけど仕方が無い。どうせ寝る場所も確保しなければならないのだ。彼女たちが帰るまで家賃ぐらい面倒見てやるか。

 今度は狙って転移してきたみたいだから、帰る方法も多分考えてきているのだろうからね。それまでは……。



 ◇



 亜紀雄が大家の日向ひなたの部屋に行っている間、エンデル達は再会を喜び合っていた。


「エル姫様、それにピノーザ、私を探しに来てくれたのですね?」

「あ、え、う、は、はい……だ、大賢者エンデル様がご無事で何よりです……」

「えへへっ、師匠! 召喚を失敗しちゃったよ! 師匠を呼び戻そうとしたら、逆に師匠のいるとこに転移してしまった。これがいわゆるマミー取りがマミーだよ! えへへへっ」

「す、すいません……そういう事なのです……」


 あっけらかんと笑いながら報告するピノとは対照的に、エル姫は忸怩じくじたる思いで項垂れる。


「そうでしたか……もしかしてピノーザ、あの召喚陣をそのまま使用したのですか?」

「うん、そうだよ。一箇所だけ修正したけど、他はどこも悪いところがなさそうだったから大丈夫だと踏んだんだよ」

「……そうですか……その一箇所とはどの部分ですか?」

「ああ、そこはね──」


 ピノーザは、問題のあった部分を口頭で告げ、その一文字だけ修繕したと正直に話す。


「……」


 ピノの報告にエンデルは思考を巡らせる。

 ピノの指摘の通りだったら、エンデルが魔法陣を発動する前から、スペルの一文字だけ文字が掠れていたという事だろうか。いや、そんなことはないはずだ。召喚の根幹部分のスペルは、前日にも数度と、当日にも一度確認している。その時は問題がなかったはずである。

 たとえ目が悪かったとしても、そんな大事な部分を見逃すわけはない。そう確信にも似た自信がエンデルにはあった。

 しかし、それにつけても同じ魔法陣で、状況的に同じ状況が生まれてしまった。という事は、召喚魔法陣ではなく、転移魔法陣として機能している。そう判断して間違いない。

 エンデル自身が幾度も確認した時には間違いなく召喚魔法陣として構築したのだ。最初は魔力の逆流という突発的で不可抗力的な力が働いた可能性しか考えなかったが、こうしてまた同じ状況が再現されたとなれば、魔法陣に何らかの細工をされたと考慮すべきかもしれない。

 召喚魔法陣が転移魔法陣として機能するように、誰かが……それも玄人目にも判別付かないような、高度な術式を編み込んだに相違ない。

 そう結論付けるエンデルだった。


「どうしたんだい? 怒ってるのかい師匠?」

「……いいえ、怒ってなどいませんよピノーザ。ただちょっと気になることがあっただけです」

「そっか……あ、ときに師匠、その顔に付けてる赤いのは何だい? 最初師匠を見た時は、誰かと思ったよ」


 メガネをかけたエンデルの顔をしげしげと見てそういうピノ。


「珍しいものですね?」


 エル姫も初めて見るメガネに興味を魅かれる。


「ええ、これはアキオさんにプレゼントして頂いたメガネというものです。私は物を見る力が弱っていたらしく、それに気付いたアキオさんが私の為に買ってくれたのです。優しい方です」

「へえ~っ、この世界にはそんなものがあるのか……」

「物を見る力を矯正する魔道具ですか。興味深いものですね」

「いえ、これは魔道具ではありません。この世界には魔道具というものは存在しないようです。代わりに技術というものが発達した世界で、見るモノ全て驚きの世界です」


 目を輝かせて話すエンデルの顔を見て、ピノもエル姫もこの世界がいったいどういう世界なのか興味で一杯になるのだった。



 暫くすると大家の日向が現れ、着替えをする面々、そこに亜紀雄の姿はなかった。

 亜紀雄は気を利かせて部屋の外で待っているのだった。

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