第25話 異世界人増えちゃったよ……

 【大賢者エンデル救出隊 失敗に終わる】


 光の奔流が渦巻く召喚の間は、目も開けぬほどの眩しさだった。


「ピノお姉ちゃん! お姫様!」


 奇妙な声を残したまま、二人の存在感が消え失せてしまったことに逸早く気付いたプノは、手探り状態で二人を探す。

 しかし二人が立っていたであろう場所には、二人の姿はなく、その存在感すらなかった。


 暫くすると魔法陣が発する光も収束し、そこには閑散とした召喚の間が顕わになるのだった。


「う、あ……」


 その光景にプノーザは言葉を飲む。


「な、なんと! ひ、姫殿下‼」


 後方で見学をしていたハンプ宰相も忽然と消えてしまったエル姫の姿を探すかのように魔法陣へとよろよろと近づいてくる。


「こ、これは、由々しき事態……姫殿下まで消えてしまわれるとは……これは一大事だ!」

「さいしょうのおじさん……どうするの?」


 プノも消えてしまった姉のピノを心配し、どこか泣きそうな顔である。


「プノ様……ま、先ずは落ち着きましょう。わたくしは教皇様へ御報告をしてまいります。プノ様は一時お部屋へお戻りください。少し落ち着きましたらまた調査をしていただくやもしれません。それまではお部屋で待機をなさっていてください。侍女を御側に付けます故、何なりとお申し付けください」

「わ、分かったの……」


 ハンプ宰相はそう言うと急いで召喚の間を後にする。プノは魔道具や魔道書を一時片付け、アイテムバッグへとしまう。

 そして先程の召喚魔法を顧みる。


 召喚魔法自体は正常に発動していた。ただ魔力の流れが途中からどこかで捻じれ、逆流しているような感じだった。

 要は向こう側の世界からこちらの世界への転移ではなく、こちらから向こう側へと転移するような術式に返還されているような。そんな感じを強く受けたのだった。

 しかし、召喚などにはあまり詳しくないプノにとって、それが分かったにしろ、その根本を解決する術は持ち合わせていないのだ。


「──ピノお姉ちゃん……きっと大丈夫だよね……」


 師匠の場所へ固定させた召喚の逆流。きっと姉のピノは師匠の元へと送られているに違いない。そう切に思うのだった。


 暫くすると姫付きの侍女がプノを迎えに来た。その侍女の顔は、エル姫が召喚の失敗でどこかに転移してしまったと聞いたようで、真っ青な顔で狼狽しきりであった。



 プノは自分の事より、逆に侍女を慰めながら部屋へと向かうのだった。



 ◇



 大家さんの乱入で、ちんまい幼女の攻撃は一時中断した。

 大家さんの剣幕にたじろいだのかもしれない。しかし、たかが静かにゲームをしたいぐらいで怒鳴り込んでくるのもあれだとは思うが……マジ大人気ない。


「お、大家さん……」


 床に伏せる俺はちんまい幼女に殴られ、助けを懇願するように大家さんへと手を伸ばす。


「……うむ、これはどうもお邪魔だったようだな。社畜な要君がここまでヤリ手だったとは、わたしも知らなんだ。エンデル君の他にまた二人も連れ込んでいるとは……いやはや、要君を過小評価していたよ。済まなかった。なるべく静かに事を済ませてくれ。それじゃあ邪魔したな」


 俺の部屋に入って来た大家さんは、俺達の姿を鷹揚に視線を巡らせ、数度まじまじと見つめ、それからいったい何を思ったのか、嘆息しながらすぐに踵を返し出て行こうとする。


「なんだよ大家さん! 助けろよ! 何考えているか知らないけど、そんなことしないから! してないからっ!!」


 変な誤解を植え付けてしまったようだ。


「……まあ、人それぞれ趣味というものがある。しかし君は随分とまあ、あれだな……多趣味だ」

「ちげーよ! 今俺襲われてるの、この幼女に襲われてるの!」

「ん? そういうプレイなのだろ? いやはや、幼女に虐待される趣味なんて中々コアだな。軽蔑するよ。アハハハ!」

「だからちげーって‼」

「エンデル君はトップレス! そして金髪美女さんにはスケスケの服を着せ視姦する! そしてとどめは幼女に虐待を受け喜ぶ。なかなかない趣味だな。おおいに軽蔑するよ、アハハハハ!」

「……」


 何も言い返す気力がなくなって来る。


「と、まあそう落ち込むな。冗談だ」

「こんな時に冗談はやめてよ……」

「アハハハハ、まあいいではないか」


 豪快に笑いながらまた近づいてくる大家さん。


「うむ、これはまた興味深いな。エンデル君、こちらのお二方もあちらの世界の人達かね?」

「はい! この子は私の弟子でピノーザといいます。そしてこちらが聖教国エロームの皇女様でエル姫様です」


 なに! 弟子に姫、だと……。

 ちんまいのが姫じゃないよな。たぶんこっちが弟子だ。エンデルを師匠とかほざいてたしな。

 という事はあのエロエロスケスケの服を着たのがお姫様か? なんてけしからん国だ! まったくもってけしからん! お姫様がそんな嬉しい格好で闊歩する世界なんて羨まし過ぎるだろっ!


「ほうほう、エンデル君一人では説得力に欠いたが、また二人も現れたとなるとこれはもう真実と考える他ないな。まあわたしは最初から信じていたがね」


 どういう神経してるんだよ! 普通は疑うことから始めるモノだろ⁉


「まあピノーザ君と言ったかね? この男は社畜だが、こう見えて優しい男だ。君のお師匠様を保護してくれた人でもある。そう邪険に扱わないでやってくれ」


 こう見えては余計だよ。芯から優しいと言って欲しいものだね。それから今社畜は微塵も関係ないよね?


「え、そ、そうなの? 師匠ほんとに?」

「そうですよピノーザ。だからやめてって言ったでしょ? このアキオさんは私の夫です。叩くことは今後一切許さないのです」

「ええええええええええええっ! なに夫って‼」


 エンデルの爆弾発言にピノーザというちんまい幼女は驚嘆する。

 それはそうだろう、たかだか数日見ないうちに独身だった人が結婚しているなんて俺でも思わないよ。


「アキオさんは優しい方ですよ。見知らぬ世界に一人で困り果て、憔悴しきった私を優しく保護してくれたのです」

「……このパッとしない顔の奴が?」


 うるせえよ! パッとしてなくて悪かったな!

 てより、誰が憔悴しきっていたんだ? 憔悴した奴が人の弁当横取りして食うか? あまつさえあんな大量に食わないだろう!

 話し盛りすぎだろ!

 まあいいか……。


「取り敢えずエンデルは服を着ろ! それにちんまい幼女! お前はその杖を置きなさい、まだ殴りかかる気満々じゃないか」

「はい、アキオさん」

「うううっ……」


 エンデルは素直に言うことを聞く。

 しかし弟子は素直じゃなさそうだ。今の説明でも信用ならないのか、俺を睨む目は先程とあまり変わらない。


「幼女じゃない! あたしはピノーザだよ。ふん! まだ信用ならないよ! おバカな師匠を言葉巧みに騙し、食べ物で餌付けして籠絡したのかもしれないからね」


 おおっ! さすが弟子だな! エンデルのことは分かっていらっしゃる。


「籠絡言うな! 勝手に懐いているだけだ‼」

「アハハハハ、なかなか元気なお弟子さんじゃないか。気に入った。ピノーザ君、その男の安全は私が保障しよう、人畜無害のただの社畜だ。婦女子に危害を加えるような奴ではない。言ってみればヘタレだからな。アハハハハ」

「ヘタレ言うな! それに社畜もやめてくれ!」

「し、仕方ないね、お姉さんがそういうなら、今の所はやめてあげるよ……」


 俺を擁護しているのか貶しているのか分からない人だよこの大家さんは……。

 でもおかげで弟子のちんまい幼女は矛を収めた。


「ときにそちらのお姫様はどうしたのかな? なんか穴があったらアリの巣にでも入りたいぐらいに恥ずかしそうにしているが?」


 エルというお姫様だという女性は、しゃがみ込んだまま全身真っ赤にしながらプルプルと身を震わせている。

 俺に背を向けているがそれがまたやけに艶っぽい。なんといってもお尻が丸見えなのだ。


「うううっ……見ないで下さい、見ないで下さい、お願いです御容赦願います……」

「ほう、彼女は恥ずかしがり屋さんではないのかな? まあその服装で異世界から旅をしてくる度胸はたいしたものだよ。まさにエロだな!」


 大家さんは、うんうんと何を納得しているのか頷く。


「恥ずかしいならそんな格好するなよな、見て下さいといっているようなものだよ」

「見ないで下さい、見ないで下さい〜っ! 仕方がないのです儀式には正装が習わしですので、仕方ないのですうううううううぅ〜っ! 見ないでいで下さぁ〜ぃ!」


 俺の言葉でビクッと肩を震わせ、涙目でこちらを見て、オイオイと泣き出すように恥ずかしがるお姫様。

 しかし、めちゃくちゃ恥ずかしがっているな。

 でもこれが本来の反応じゃないのか? エンデルに出会ってからどこかその辺の認識が崩壊してきている。

 というか、これはこれで興奮するシュチュエーションじゃないか!

 いやすいません、ついつい本音が……。


「大家さんその姫様に何か着るもの貸してやってくれよ。エンデルの下着じゃサイズ的に合わなそうだよ」


 特に胸が。


「うむ、そのようだな。わたしには負けるが、そこそこいい勝負してるじゃないか」


 胸が。


「な、なんですかアキオさんにヒナたんさん! 私の胸が小さいのそんなにいけないのですか⁉ まだまだ成長しているのですよ私のだって! ぷんぷん!」

「いや誰もそんなこと言ってないから、そんなこと……」


 なぜか膨れるエンデル。

 胸が小さいことにコンプレックスがあるのかな? でも貧乳は正義なのだ。俺もそこは譲らんぞ。


「うむ少し待て、服を持ってくる……おっと、要君。君も来たまえ」

「え? 俺も?」

「当たり前だろう。お姫様をずっと視姦しているつもりか? 恥ずか死するかもしれんぞ?」

「そんな死因聞いたことねえよ!」


 恥ずかしさの余り自殺するのはあるかもしれないが、いくら恥ずかしくても死ぬまではいかないだろう。

 でも大家さんのいうことも一理ある。俺がこのまま居座り続けたら、きっとただの嫌がらせに過ぎないよね。

 お姫様は俺の方にお尻をむ……いや、背中を向けて、フルフルと身体を震わせていた。


「じゃあ行くぞ要君」

「あ、はい。では、みんな少し待っていなさい」

「はい、いってらっしゃいませアキオさん!」


 そう言うとエンデルは元気に返事するのだった。

 何かと物事に動じない子だよね。ほんと感心するよ。



 俺はそのまま大家さんのところへと連れて行かれるのだった。

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