第22話 召喚陣の確認終了

 【姉妹は精一杯頑張る】


 召還の間で夜も遅くまで作業に没頭するピノプノ姉妹。

 魔法陣の点検に余念がない。大賢者エンデルが構築した大規模召喚陣の点検も佳境を迎えている。

 召喚とは通常であれば同世界から召喚獣を呼び寄せたり、遠方の人を召喚するのが通常なのだ。故にその魔法陣は今回の様な大規模、かつ複雑な召喚陣とは違い、今のピノにでも構築が出来てしまうほど簡素である。

 ただ、簡素とは言っても大賢者の弟子のピノであるから簡素と言っているまでだ。ある程度の知識がなければ召喚魔法自体が難しい魔法なのである。そうそうそれを実行できる魔導師は存在しないのだ。

 そして今回の魔法陣は、同世界ではなく、亜空間を介した別世界からの召喚陣ということもあり、その規模と術式は複雑を極めているのである。


 この召喚陣はその昔、創生の魔女が編み出した勇者召喚の魔法陣を基にして構築されている。

 五百年も昔の資料が残っていたのはまさに僥倖である。その資料自体には魔法陣の全容までは精緻に描かれてはいなかったが、大賢者エンデルにかかればその方法は造作もなく解明できた。

 一からこの大規模魔法陣を構築するともなれば、たとえエンデルであったとしても、相当な時間と労力が必要だったはずである。そうして魔法陣は完成したのだ。

 それは偏にこの聖教国が五百年前に勇者を召喚し、魔王を退けた由緒正しき国であるからこそだろう。

 今のこの世界の中心地。覇王の国としてこの国は長きに渡り大陸の中心として機能してきた。故に創世の魔女の文献も残されていたという事だ。


 しかしその役目もそろそろ終わりを迎えようとしている。

 魔王が再誕し、世界は次の覇王国は我が国へ。と、戦々恐々としているのである。

 このままでは聖教国もその戦火に巻き込まれることだろう。


「うーん、見た限りではおかしなところがないんだけどなぁ~」


 ピノが真剣な表情で魔法陣をチェックしながらそう言った。


「でもピノお姉ちゃん、召喚魔法陣なのに、なんで師匠は転移しちゃったの?」


 プノは魔導書を抱えながらピノのサポートをし、気になってしょうがなかった根本的な疑問を投げかける。

 プノはまだ召喚の事はあまり詳しく知らないので、召喚魔法陣なのに、なぜに転移魔法陣のように、こちら側から向こうの世界に行ってしまうったのだろう。と、納得がいかなかったからだ。


「それはねプノ、召喚も転移も基本は同じようなものなんだよ。魔法陣自体は多少違うけど、基本的に魔力の使い方は一緒、今回の召喚での転移は、おそらく魔力の逆流のようなものが原因かもしれないね……ん‼ そうか、それがあった!」

「ど、どうしたの、ピノお姉ちゃん??」


 ピノが突然何かを思いついたかのように声を張り上げたので、プノは驚いて魔導書を落としてしまう。

 分厚い魔導書が床に落ち、ペラペラとページがめくれる。


「そうだよプノ、どこかに魔力の流れを逆転するような小さなミスがあるんじゃないかな? 例えば、端から召喚と転移の違いみたいなさ」

「う~ん、そんなミスを師匠がするの?」

「まあ、するかもしれないじゃん。あの師匠だよ? 若しかしたら、召喚じゃなくて転移の魔導書見ていたとかさ」

「うん……するかもなの……」

「だろ? 最近では、細かいものが良く見えていなかったんじゃないかな? 本を読むのも苦労していたようだしね」

「確かにそうなの。この前も魔道具に描いた魔法陣が、小さすぎるって言って拡大レンズを使って見ていたの。プノはそんなに小さく書いたつもりはなかったけどなの……」


 師匠エンデルの視力の低下をひしひしと感じていた二人は、それが原因でどこかにミスがあったのでは、と、思考した。


「まだ若いのにものが良く見えなくなるなんて、師匠も大変だよな、すでにババア確定だよ」

「魔導書の読み過ぎなの、暇さえあれば薄暗い部屋でずっと読んでいれば目もおかしくなるの」


 エンデルの生真面目さゆえの視力の低下だったのかもしれない。

 うんうん、と二人で頷き合うと、プノが床に落とした魔導書のページへピノの視線が落ちた。


「あ、そのページ……そうか! スペルのミスか?」

「?」


 ピノの言葉にプノはまだ理解が追いつかないが、どうやらピノは何かに思い当たったようだ。

 召喚スペルと転移スペルは、そもそも同系列のスペルで、スペル自体一文字多いか少ないかなのである。その記述がどこかで間違っている、もしくは機能していない可能性に思い当たったのだ。


 しばらく召喚陣と睨めっこするピノ。


「ん⁉ これだ!」

「みつけたなの?」

「たぶん、いや、間違いなくこれだね!」


 ピノは一部分文字の掠れた部分を見つける。そこは、予想通り召喚と転移を分ける重要なスペルの位置だった。その一文字があるかないかだけで、召喚が転移の魔法へと変わってしまうのだ。

 ピノプノ姉妹は、早速その部分の修正に入る。文字を修正し、乾くまで待つ。

 そして夜も更け、気付くともう日付が変わる時間帯であった。


「これで無事に召喚できるな!」

「やったの! ピノお姉ちゃん!」


 二人は明日の召喚の成功を確信するのだった。


「ピノーザ様、プノーザ様、お疲れ様でございます」


 片付けも終わると、扉の前で静かに待っていた姫付きの侍女が二人を労う。


「いやあーやっと終わったよ」

「待たせてごめんなさいなの」

「いいえ、これもわたしの仕事ですのでお気になさらずに。お疲れになられましたでしょう。では、浴場へ参りましょう。お風呂でお疲れをお取りになりまして、早くお休みになられませんと、明日の儀式に支障をきたしてしまいます。そうなれば姫様が悲しまれます。万全の体調で臨んで頂きたく存じます」

「そうだね、今日もがっつり疲れちゃったから、すぐにお風呂に行こうか」

「ハイなの!」


 召喚陣も万事問題なくなり、後は明日の召喚の儀を待つのみである。


 ピノプノ姉妹は、侍女に連れられニコニコとしながら風呂場へと向かうのだった。





 【城のとある部屋】


 ピノプノ姉妹が風呂に入り終わり、部屋に戻り寝息を立て始めた頃、城のとある部屋の扉が静かに叩かれた。

 しかし、部屋の主人は就寝中のようで返事はない。だが部屋を訪れた者は、気にせず部屋へと入るのだった。


「……様。お休みの所失礼致します」


 天蓋付きの大きなベッドに眠る人物に近寄り、そう静かに耳元に囁く来訪者。

 掛け布団が小さく盛り上がり、そこに眠る人物はそれほど大きな体格はしていないと予想できる。

 その膨らみが、来訪者に声をかけられたことでモゾモゾと動く。


「う〜ん、何事……?」


 起こされたのが不愉快なのか、声の主は訪問者に背を向けたまま不機嫌そうに言う。


「……様、召喚陣が修復されてしまいました。いかが致しましょう?」


 そう小さな声で訪問者は告げる。

 その報告を受け、ベッドに横になっていた人物はガバリと半身を跳ね起こす。


「なんですって!」


 一気に目が冴えたかのように驚きの声を上げた。


「……少し侮っていましたね……あんな弟子如きに見破れるわけないと思っていましたのに……」

「やはり優秀なお弟子様だったようですね……」


 二人は魔法陣を修復した者を些か褒める。

 しかしその後その表情は不気味な色を露わにする。


「やる事はわかっているわね?」


 そう言いながらベッドから降り窓際の机に向かう。鍵のかかった引き出しを慎重に開き、中に入っている物を静かに取り出した。


「くれぐれも露見しないように、上手く改竄しなさい」

「はい、畏まりました」


 穏当ではない指示を出しながらその物を渡す。

 その物を受け取った者は、一礼して部屋を出てゆくのだった。


 残された何者かは、窓辺に近づき夜の首都を睥睨する。

 空にはこの世界の二つの衛星、エルとフェルが仲良く天に浮かんでいる。そして薄く赤みを帯びて輝く二つの衛星は、窓辺の何者かを不気味に照らす。


「……せっかく大賢者様をこの世界から放逐し、計画通り事が運ぼうとしていたというのに……あれを見破るなんて、とんだ弟子が残っていたものね……」


 ぶつぶつと独りごちる。


「でも、安心して儀式を始めるといいわ。また大賢者様同様、この世界から放逐するまでですわ。わたくしの邪魔はさせませんことよ」


 ──おーほほほほほっ!



 そんな不気味な笑い声が、真夜中の街へと響き渡るのだった。

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