第23話 さあ召喚だよ

 どうでもいいが目覚めが物凄く良い。


 俺はまだ多少寝ぼけた思考を巡らす。

 今日は日曜日。カレンダーでも赤く表記されている通り、サービス業以外の一般企業はほぼ休みの日である。

 当然のように休みを取るなど久しぶりだ。それも3連休なんて正月ですらなかったのに。嬉しいことである。


 というよりもっと嬉しいことが目前にある。

 あるというのか、いるというのか、エンデルが俺の腕の中ですやすやと眠っているのだ。俺の顎の下にはエンデルの綺麗な蒼色の髪が、シャンプーの仄かな良い香りを鼻に運んでくる。ああ、食べてしまいたいくらいだ。

 こんな満ち足りた朝は近年稀にみる……。


 って! いつの間に腕枕の抱き枕? おいおいおいおい、昨日は確かに一線引いて少し離れて背中合わせに寝たよね? なんで朝になったらこうなの⁇

 俺は遅まきながら動揺する。


 静かに腕を引こうとすると、エンデルが目を覚ます。


「……むゆにゅむにゅぅ~……ぁ、アキオさんおはようございますですぅ~」

「──はうっ!」


 猫のように目を擦り擦り顔を持ち上げるエンデル。

 や、やっぱり可愛いな。


「お、おはようエンデル。よ、よく眠れたか?」


 たぶん顔が赤くなり目が泳いでいるだろうと自分でも分かる。


「はい! アキオさんに抱かれているととても安心して眠れます。アキオさんは私の快眠剤ですね」


 そんな薬はない。

 でも確かに気持ちのいい目覚めだったことは否めない。こんなに可愛い子を抱き枕にして眠れるなんて、お金を払っても無理だろう……。

 いやいやいやいや、一線を引くんだ! そう決めたじゃないか!


「そ、そっか、そんじゃあ俺は起きるからな。眠たかったらまだ寝ていてもいいからな」

「いいえ、私も起きますよ。少しでもアキオさんと一緒にいたいのですから」

「そ、そうか、それじゃあ起きるか」

「はい!」


 エンデルはめちゃくちゃ明るい笑顔で返事する。

 もう……そんなこと言われたら、ぐらっと来ちゃいますよ~ぐらっと~……。


 朝のお勤めを済ませ、また二人で顔を洗い、歯を磨く。

 エンデルもようやく慣れて来たのか、最初はぎこちなかった行動もスムーズになって来たようだ。


「よし、さあ、洗濯でもしようか」

「はい! この『せんたくぅき』とかいう『きかい』でするのですね?」


 パカっと洗濯機の蓋を開け中を覗き込むエンデル。

 メガネをクイッと中指であげる仕草が様になって来た。グッド!

 うちの洗濯機は一層式の全自動洗濯機だ。斜めドラムが欲しいのだが、男一人だとそんなに洗い物も多くはないので買うまでもないと思っている。まだ使えるし壊れるまでは使うよ。


「アキオさん! これで洗えるのですか? 洗濯板がどこにもないのですよ? 誰がゴシゴシするのですか?」

「いやいや、そんな板でゴシゴシ洗う時代はもう終わったのだよ。機械も優秀だし、洗剤も進歩しているからね」


 もう、可愛いじゃないか。小人がゴシゴシしてくれるのかな?


「えっ、ええーっ! これに入れるだけで綺麗になるなんて! 異世界って凄いです! まるで魔法ですね!」

「はははっ、魔法じゃないよ、技術の進歩さ」


 なんにでも驚くエンデルを見ているとほっこりするね。


「それじゃあ昨日着ていたものをこの中へ入れようー」

「はい!」


 昨日着ていた服や下着をどんどん洗濯機に投入する。

 やっぱり二人分ともなれば、一日分でも一杯になりそうだな。

 色柄物は別にするのが良いのだろうが、俺はそんなに几帳面ではないので一緒に洗う。下着ももちろん一緒です。でもいつもは見ない女性物の下着があるのには、どこか興奮してしまうね。

 あいや、失礼……。


「入れ終わりました。これであとはどうするのですか?」

「うん、この柔軟剤をここに入れて、あとはこの洗剤を入れれば終わり」

「ほむほむ、それだけでいいのですか?」

「あとはこのスイッチを押すと、勝手に洗濯してくれる」


 ポチッと、スタートボタンを押すと、初期計量でドラムが回り出す。


「うおっ! ま、回りましたよアキオさん!」


 その後カシュッと音が鳴り、電磁弁の開放で水が注水される。


「うおおおおおっ! か、勝手に水が出ました!」

「はい、これで蓋をすれば完了。あとは全部こいつが綺麗にしてくれるから、終わるまで待てばいい」

「……なんと不思議なものですね……これも『でんき』とかいう雷で動くのですか……魔法など目ではないですね。水まで創り出せるとは侮れません。でんき!」

「いや、水は電気で作り出しているわけじゃないぞ。お風呂や流し台に付いている水道と同じだよ」

「なんと! あの水が無限に出てくる魔道具は水の道というのですか。水を運んで来る道の事ですか?」

「まあそんなものだ。とにかくこの世界では魔法で何かをするなんてことはないのさ。人々の生活が楽に豊かになるように『技術』を進歩させてきたんだ」

「技術をですか。ここまでくれば技術というものは魔法以上のものですね……」


 感心しきりのエンデルだった。


 洗濯機をそのまま稼働させ、朝食の準備にかかる。

 エンデルは大賢者ということだけあるのか、かなり賢い。一度説明したことは、とにかく覚えている。電子レンジの使い方やトースターの使い方、箸の使い方もまだぎこちないが使えるようになってきた。

 これはシッカリと教えると、すぐになんでもできるようになるな。というより間違ったことを教えられない。すぐに覚えてしまうので、いい加減に教えればそのまま覚えてしまうからだ。


「本当にこの世界はすごいですね。魔導師なんて全く必要としない世界です。魔力が少なくてもこれだけ発展している理由がわかりました」

「はははっ、まあそうだな」

「はい……この世界でなら私は仕事を失ってしまいますね」

「まあ少しずつ慣れていけばいいさ。そのうち何でもできるようになるよ」

「はい、アキオさんの側に置いてもらえるよう一生懸命頑張ります!」

「はははっ、そう気負わなくてもいいぞ? ゆっくりでいいからな」

「はい! ありがとうございます!」


 ニコッと微笑んで朝食を美味しそうにまた食べるエンデル。

 本当に可愛いな。健気だし見ているだけで癒されるよ。



 食事も済ませ片づけも終わると、洗濯も終了したようで二人で洗濯物を干す。

 女性物の下着を部屋に干すことになろうとは、と、感慨もひとしおだった。社畜な俺にも遅まきながら春が訪れたようだ。うーん、柔軟剤の香りが一際甘く香るのは気のせいか?

 そして部屋の掃除をしながらエンデルの教育も忘れない。物の名前や使用用途などなどを説明しながら掃除を進める。

 掃除機でほっぺたを吸ってしまい、少しの間ほっぺたに赤く丸い形の跡が付いたのには、まるでアルプスの少女になったかのようで大笑いした。エンデルはマジで掃除機に吸い込まれると思い込み、めっちゃ泣きそうになった顔をした後、大笑いしている俺にプンスカと怒るのだった。


 なんかすげえ楽しいな。

 これがリア充って感じ?

 社畜生活で心も体もズタボロだった俺。今まで幸せそうな奴等を見ると、『爆ぜろリア充! 弾けろバカップル! 闇の業火に焼かれて死ね!』なんて心の奥底でダークな中二的な叫びを放ちながら呪う暗黒魔導師の俺がいたことは内緒だ。

 社畜だって恋をしたいんだ‼


 そして昼も近づきそろそろ昼飯でも食べに行こうかという話になった。

 今日は何を食べようかね。そう朗らかに笑いながらエンデルと和気藹々と話す。 せっかく服も買ったので一応外出用の服に着替えて出かける準備をするのだった。



 かくしてこの時、俺の身の上にまたもや未曾有な災難が降りかかることになろうとは、浮かれながら楽しそうに着替える俺には、まだ知る由もなかったのである。





【大賢者エンデル救出隊 頑張れ】


 大賢者エンデルの弟子であるピノプノ姉妹は、魔法陣の点検を終え、定刻を迎えた。


「姫殿下、お時間です」

「はい、承知しております」


 儀式用の神聖ローブを纏い、金色こんじきの錫杖を手にエルが魔法陣に向かい足を進める。


 天にお日様が高く昇っている時か、反対に真夜中の一番夜の深い時間帯のどちらかが魔力の操作に適した時間帯なのである。

 前回エンデルが行ったのは真夜中での召喚の儀であった。

 今日はその逆に真昼間の召喚を行なう。


「姫様準備はいいかい? というより……その格好ずいぶんとエロいよね?」

「エロエロなの」

「ぴ、ピノ様! プノ様! それは言わないで下さい! 神聖儀式用のこのローブは着ているわたくしも抵抗があるのですから……」


 いかにも神聖そうな純白のローブは、とても薄く出来ており、向こう側が透けて見えるほどなのだ。

 勿論神聖な儀式ゆえ、下着などの着用はご法度である。なので、よくよく見なくとも素肌が透けてみえるのだ。

 張りのある肢体は、見る者を虜にするほど美しいエルだった。

 顔を赤らめ恥ずかしがるエル姫。見学者はハンプ宰相しか居ないが、異性は異性である。いくら歳を召しているとはいえ、この格好を披露するのは恥ずかしいものがあるのだ。


「さ、さあ参りましょう!」


 エルが顔を赤くしながら促す。


「あいよ! 準備はいいねプノ?」

「はいなの、師匠の位置情報の固定完了なの!」

「はいよ! じゃあ姫様はあたしの前にしゃがんでててね」

「はい! よろしくお願い致します!」

「よーし! そんじゃあぁ、行きますよぉ〜!!」


 いよいよエンデルの召喚を始める時が来た。

 昨日修繕した個所を確認したが、不備はみつからず召喚を開始することにしたのだ。


 召喚の間に緊迫した空気が張り詰める。


 ピノはエル姫の肩に左手を乗せ、右手に持つスタッフを高々と掲げ、精神を統一。そして大きく息を吸い込む。


 そしてピノの眼光がギラリと鋭く輝き、


『【サモン】! おバカ師匠!!』


 そんなふざけた召喚スペルが唱えられた。

 うっすらと輝き出す魔法陣。発動を確認したピノは徐々に魔力を注入してゆく。

 一層輝きを増す魔法陣の光で召喚の間は満たされる。

 余りの眩しさに直視できない程だ。


 そして最終段階に移行する。


「さあ来い師匠〜っ!!」


 ──ばしゅーんっ!!


 閃光がほとばしる。

 光柱ライトピラーのような煌めく魔力が立ち上り、エンデルを召喚すべく空間に道を創り出す。

 成功だ!

 誰しもがそう思った次の瞬間、魔力の奔流が突然逆流し始めた。


「あ!」「あら!」

「ピノお姉ちゃん!! 姫様〜!!」


 違和感に気づいたプノが叫ぶ。

 召喚の間は途方も無い光の奔流に飲み込まれるのだった。



 その時、昨日修繕した文字が、魔法発動時にまた消えかけていたことに気づく者は、誰一人としていなかった。


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