天川手記

千樹

第1話

―よく小さい頃、俺天川 紅(アマカワ コウ) は夢を描いた。サッカー選手になりたくて毎日毎日近くの河川敷を走り回ってはボールを必死に追いかけた。母と父には内緒で朝に家を抜け出してそこへ行き晩まで練習することもあった。それほど自分は夢には貪欲でまっすぐな、努力をしている人間だと思っていたからだ。きっとそのまま進んで努力をしていれば僕はサッカー選手になれていたのかもしれない。母の言葉さえなければ。




「将来有望だった人間がこうも今学校サボって河川敷で寝てちゃあ、世も末だな。」

俺は今日の予定をスマホで確認した。スライドする画面は相変わらず真っ白だ。じゃあ親が仕事に行ってから、家に戻って。それでどうしよう?また今日も部屋に籠ってパソコンとにらめっこかな。悪くはないんだけどそれだけじゃ暇すぎる。

「暇してない?そこの子」

そう、こんな感じに話しかけてくれる人が居てほしいんだけどな。…うん?今のは本当の方の声か?そう思い後ろを見るとスラリとした青年が立っていた。首には高そうなカメラが揺れている。…なんだ、でも男じゃないか。去れ

「あっ。すいません。暇してないんです。」

「してるよな」

「してません」

土手に生えている草が楽しそうに風と踊った。

「男だから僕の事避けた?」

「そういう趣味じゃないので。」

「可愛いのに」

「そういう趣味じゃないので。まず俺可愛くもないです。」

彼はすこしきょとんとした顔をすると、ああ、そうか。と笑い

「ちょっとさ、僕の暇つぶし相手してよ」

と首からぶら下げていたカメラを俺に見せるように持ち上げ、「ぱしゃ」と、シャッターを切る真似をした。

「…。それでなんで貴方は暇なんですか」

「暇?とは言わないよ。写真家になりたいんだ、昔からの夢でね。まだ修行中だから、それで来てる。いい写真が撮れるか撮れるかと毎日待ってね。」

ニコニコ笑い期待する彼はれっきとした夢を追いかける人間の一人だ。そう思いながら俺は彼に背を向け太陽の方向に目を泳がせると、橋下で遊ぶ子供の儚い姿を見た。自分も昔はああしてこの男や、あの子供のように夢を追いかけ生きる人間だったのに。そう思うと何故か彼等に嫌悪が湧いた。嫉妬が湧いた。

「いいな」

「君は夢はないの?」

背中に薄く優しい声がかかる。

「俺は天川紅っていうんです。夢はありません。」

俺は前髪を柔らかく触れ「君じゃないし」と聞こえないように呟いた。

「そうなんだ…。へぇ、紅君か。僕は菅野直人っていうからなんでも好きなようによんでね」

「はい」

「じゃあ、紅君はなんで学校休んでるの?何かあったの?」

彼は興味本意の目で聞いた。今時高校をサボり河川敷に来る人なんてあまりいないから珍しいのだろう。気になると言わんばかりに目を輝かせている。

「俺は」

俺は、と。自分で気持ち悪いと思うほど目を見開き、言った。

「「死にたいんだ」」

二人同時に口から言葉が出た。

俺は驚き口に手をやる。そんなこともそっちのけで世界は回る。青い空はもっと青くなる。風は空を舞う。それに馴染むかのようにカメラを下げた目の前の青年は口を開いた。

「紅君。多分僕等似てるかもね。」





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