15.キミの生きた証

 生まれた時からの魂の片割れのように思っていた海里を、失ったら自分がどうなってしまうのか。

 ずっと恐かったし、不安だった。

 

(私はちゃんとそのあとも生きていけるのかな……?)

 

 でも現実は、私が想像していたよりずっと辛く悲しかった。

 

 あんなに大好きだった海里を失ってしまったのに、私の日常は何事もなかったかのように、あまりにも当たり前に過ぎていくのだ。

 

「ひとみー。ご飯よー」

 

 食欲はまったくないけれど、ママを心配させないためだけに、呼ばれれば食卓に着く。

 そこには当然海里の姿はないけれど、まるであいつが病院に入院しているような感覚で、すんなりと受け止めてしまえる。

 

 朝、学校へと向かう途中で、もう立ち寄ることはなくなった病院の窓を見上げる。

 そこにはやっぱり海里の姿はないけれど、今度はあいつが自分の家に帰っているような感覚にとらわれた。

 

 教室で顔を見なくても、また学校をサボって彼女に会いに行ってる気がしてならなかった。

 

 四六時中一緒にいたつもりだったのに、最近の自分と海里はこんなにもすれ違っていたんだと思い知らされる。

 

 そのすれ違いに、あきらかに気持ちを救われている自分が悲しい。

 

(ああ、きっと海里だ……ある日突然自分がいなくなっても、こんなふうに私が錯覚をおこせるくらいに、少しずつ距離を取っていってくれてたんだ……)

 

 どこまでも気配りの行き届いた海里が、ちょっと憎らしくて、やっぱりどうしようもなく好きだった。

 



 文化祭用にと海里が仕上げた絵は、その時期が来るまで、美術室の一画に大切に保管してあった。

 変色しないようにと上から薄い布を掛けてあるが、そこに描かれた海の色は、確かに私の目に焼きついている。

 

(優しくて温かくて……そのくせ残酷で気紛れな……本当に海みたいな奴だったな……)

 

 海里のことをそんなふうに過去の者として考えられる自分が嫌だった。

 

 でも海里が望んで意図したとおり、確かに私は、いつかはここから歩きださなければならない。

 

 海里の死を心の枷として、塞ぎこんで生きるような人生はあいつが最も嫌っていたものだし、私自身だってそんなものは望まない。

 だから――。

 

(海里に負けないくらい、私も真摯に自分と向きあおう……!)

 

 文化祭用にと半ばできあがりかけていた絵を、私はもう一度最初から描き直すことにした。



 

 何を描こうかと考えるまでもなく、私の絵筆は自然と海里を描きだしていた。

 

 人物を描くには、その人の人となりまでよく知っていなければ描けないような気がして、私は本来人物画が苦手だが、この絵だけは特別だ。

 

 たとえもう一度会うことはできなくたって、目を閉じればこんなにも瞼の裏に焼きついている面影を、ただ手が動くままに描けばいい。

 

 笑い顔も、ふざけた顔も、呆れた顔も、怒った顔も、海里の顔だったらこんなにも覚えている。

 

(海里……)

 

 正直言って私は、今の今まで全然泣けなかった。

 海里がいなくなってしまってから、誰の前でもどこでも、まったく泣けなかった。

 

 でも、おぼろげにあいつの面影が甦ってくる画布の前に座っていたら、いつも陽だまりの中で幸せそうにスケッチブックを抱えていた窓際の席を見たら、ポロポロポロポロ涙が零れてきた。

 

(バカ……バカ海里!)

 

 私の悪態を、いつも余裕で笑って受け止めてくれていた顔が浮かぶ。

 

「きっとひとみちゃんに会いにくるから」と、嬉しそうに『彼女』のことを語った顔が浮かぶ。

 

(わかったわよ。しょうがないから待っててあげるわよ……!)

 

 私よりもっともっと辛いかも知れない気持ちを抱えて、それでも前を向いて生きて欲しいという海里の思いを無駄にせずに、本当にあの人が私までたどり着いたら、その時は、海里から託された『最後のプレゼント』を渡してあげる。

 

 その時もしもこの絵ができあがっていたなら、私からのプレゼントとして一緒に渡してあげてもいい。

 

「遅くなったとしても絶対に来る」と海里が言い切った――あの人とあいつの絆の確かさを、私だって信じてみたい。

 

(来れるものなら来てみなさいよ!)

 

 傲慢にそんなことを思った日から二ヶ月――だけどまだあの人は、私のところへやって来ない。



 

「やっぱり無理だったんじゃない? それどころか海里のことなんてすっかり忘れちゃって、もう新しい恋人と一緒にいるのかも!」

 

 やけになってそんな言い方をする私に、陸兄はやんわりと釘を刺す。

 

「バカなこと言うんじゃないよ。本当はそんなふうに思ってないくせに……」

 

「陸兄に私の何がわかるの!」と叫びたいところだが、残念ながら何から何まで全部わかってしまっている気がしてならない。

 

 待ちくたびれてじれじれして、それでも心のどこかではあの人が来てくれることを心待ちにしていることまで全部――。

 

「それより今日から文化祭だろ? 一般開放は日曜日だけ?」

「うん。最終日だから早く来ないと、夕方にはもう片付けに入っちゃうよ」

「OK。なるべく午前中に行く」

「うん」

 

 大学へと向かう陸兄は、高校に向かう私とは通学路の途中でわかれて、大きく手を振りながら駅の方角へと向かっていく。

 

 近くにいる時はそうでもないが、遠くなった姿をふり返って見てみたら、やっぱり陸兄はちょっと見には海里にも見えないことはない。

 

 だからだろうか、なかなか目が離せない。

 

「ひとみ。早く行かないと遅刻するぞ!」

 

 もう存在しないはずの面影を今でも追い続けている私を、小さく笑って陸兄が叫ぶ。

 

「うん」

 

 私は慌てて駆け出した。

 

 決していなくなるはずなどない陸兄のことまで、目を放したらもう会えなくなるんじゃないかと心配でたまらない自分が、私だって可笑しかった。



 

 三日間の文化祭。

 

 通常の授業では使われない第二美術室までをフルに使って、ズラリと並べられた私たち美術部の作品展は、まさに圧巻だった。

 

 色使いでも絵の大きさでも、今坂先輩の右に出る者はいないが、海里の描いた絵もなかなかいいと私は思っている。

 

 その思いは、なにも身びいきではなかったらしい。

 

「すごいね……」

「うん。綺麗だね……」

 

 見学に来た学生たちも、美術部の部員たちも、口々に海里の絵を褒めるのが、私は自慢でならなかった。

 

 遠い隅のほうに貼られた私の絵なんて、誰も見てくれなくてもいいくらいだった。

 なのに――。



 

「これって、一生君でしょ? 五十嵐さんが描いたの?」

 

 文化祭最終日に美術室を訪れた伊坂君は、一目で私の絵を見抜いてしまった。

 

 海里を描きたいとは思ったものの、いざとなったらやっぱり照れ臭くて、重なり合う木々の木漏れ日の中に浮かぶ幻のように、よく見ればわかるぐらいの鮮明さで描いたつもりだったのに、そんな小細工全然通用しなかった。

 

「うん。やっぱりいいね……愛情がこもってる……」

「あ、愛情って!」

「違うの? 違わないよね……」

 

 一人で納得してしまった彼に、もうあえて反論はしなかった。

 伊坂君の思うように解釈してもらって、それでおそらく間違いはないだろう。

 彼にとっては私なんて、しょせんその程度に、わかりやすい人間だ。

 

「で? 一生君の絵がこれなんだね……」

 

 海里の大きな絵の前に立った彼の姿を見て、ふとそれをここまで運んでくれたのが伊坂君だったことを思い出した。

 

「あ……あの時は、これを運んでくれてありがとう……」

 

 慌ててお礼を言った私を、伊坂君は顔だけでふり返った。

 

「ううん、どういたしまして……そっか、こんな絵だったのか……五十嵐さんが好きな相手ってこんな人なのか……いいね……」

 

 なんだか意味が通じるような通じないような、彼独特の言い回しで海里のことを褒められる。

 

 それはとっても嬉しいことだったけれど、私は海里と最後に交わした会話のとおり、伊坂君の言葉を微妙に訂正した。

 

「好き『だった』だよ……私にとって海里は、ずっと好き『だった』相手なの……」

「過去形? ふーん、じゃあ今は……?」

 

 そんなふうに聞き返されてドキリと胸が跳ねる。

 

 自分でもよくわからないけれど、海里を想っていたのとはまったく違うように、複雑に私の心に影響を与える人なら確かにいる。

 ううん。本当はずっと前からいた。

 

 ただ私は、海里を好きな自分の気持ちしか見えていなくって、ずっとずっと長い年月を、気づかないままに過ごしてきただけ。

 

(でもこれが恋かどうかなんて……そんなことわからない……!)

 

 そう思った瞬間――。



 

「ひとみ! ……どう? ちゃんとまにあっただろ? ちょっと病院を抜けて来たぞ!」

 

 海里とよく似た、でもやっぱり違う声で私を呼びながら白衣を翻らせて、陸兄が美術室に入ってきた。

 

 わずかしかいない美術部員が、みんなハッとしたように息をのむ気配がわかる。

 

(そうだね……やっぱりパッと見には驚くくらい、陸兄は海里に似てるよね……)

 

 そう思ったから、私はわざわざ声に出して陸兄の名前を呼んだ。

 

「陸兄……海里の絵ならこっち!」

「ああ」

 

 快活に笑いながらみんなに会釈して部屋の中央へと進む陸兄の姿に、みんなの緊張がほぐれていく。

 

「一生君のお兄さんですか?」

 

 伊坂君がそう問いかけてくれたことで、陸兄は海里の幽霊なんかではなく、別の人間だと、そこにいた全員に確かに認識されたようだった。

 

「ああ。そうです。どうも、海里がお世話になりました」

 

 少し天然気味に人のいい陸兄に対して、伊坂君が「別に僕は関係ないです」なんて答えるような人じゃなくてよかった。

 

「いいえ、こちらこそ」

 如才なく頭を下げてくれたことで、思わず私がホッとする。

 

「うん。いい絵だな……」

 海里の絵を見つめて瞳を輝かせる陸兄の横顔を見て、嬉しかった。

 

「この海に、彼女と行ったんだって」

「そうか……」

 

 ほんのしばらくの間海里の絵を眺め、他のみんなの絵も見てまわり、私の絵の前でうんうんと頷いてから、陸兄は慌しく帰って行った。

 

 その間中、隣にくっついて説明を加えてまわっていた私に、陸兄がいなくなったら、また伊坂君が近づいてきた。

 

「いいんじゃない……? でも『いつから?』って聞いても、答えが返ってくるような簡単なものではなさそうだ……」

「うん。そうだね……」

 

 私の中で、海里がいた場所に陸兄が入りこんだわけではない。

 ずっとずっと昔から変わらずに陸兄は私の傍にさり気なくいた。

 

 それが自分にとって、とても大切なことだったんだと、私がやっと気がつき始めただけ。

 

 だから好きだとか恋だとか、そんな言葉では説明がつかない。

 なんといっていいのかわからない。

 

「でもいいんだ……」

 

 今はまだこれでいい――穏やかにそんなことを思った時、廊下ではなく、外から直接入れる美術室の入り口に、その人が姿を現わした。

 

 まるで子供のように背が小さな、そのくせ大きな黒目がちの瞳が大人っぽい――海里の大事な人。

 

 心臓が止まりそうなくらいビックリした次の瞬間。

 私は嬉しくて嬉しくて、いっきに涙が溢れ出した。

 

 自分がどんなに、その人が来てくれることを待ち望んでいたのかを思い知る。

 

(だって海里は、あんなに信じきっていたんだもの……よかった。本当によかった!)

 

 人の気持ちなんて、時間と共にうつろうのが当然な中。

 あんなに大好きだった人の心にも、海里が今でも消えることなく存在していることを見せつけられて、どうしようもなく嬉しかった。



 

 今坂先輩に促されて海里の大きな絵の前に立ったその人は、涙をいっぱいにたたえた目で、先輩に問いかけている。

 

「この絵を描いた人って……」

 

 だから私は、やっぱり海里は自分の本当の名前さえも彼女にあかしていなかったんだと知った。

 

(どれだけ自信家なのよ……本当に彼女がここまでたどり着けなかったらどうするつもりだったの?)

 

 決して答えの返って来るはずはない嫌味は、心の中だけに留めておいた。

 

 先輩から海里の苗字を聞かされたその人に、私は静かに近寄る。

 

「ひとうみ……『一生』何君?」

 絵を見つめたまま尋ねた声に、そっと返事をした。

 

「『かいり』よ。『一生海里』。だからあなたが呼んでいた名前もあながち外れじゃないわ……」

 

 驚いてふり返った彼女が、私の顔を見て呟いた。

「ひとみちゃん……」

 

 海里が呼んでいたままのその呼び方が、不思議と嬉しかった。

 

「本当にここまで来たんだ……ずいぶん遅かったじゃない……」

 

 嫌味たっぷりにそんなことを言ったのに、彼女の静かな笑顔は崩れない。

 

「ごめんなさい……私って本当に、何をやっても時間がかかるから……」

 

 優しい笑顔につられるように、思わず私も笑顔になった。

 

「だけど……『遅くなっても真実さんは絶対来るから、だから待っててくれ』って……海里はそう言ったわ……!」

 

 確かな信頼。

 それを彼女が裏切らないでくれたことが嬉しくて嬉しくて――。

 

「……ありがとう」

 

 らしくもなく頭を下げながらお礼を言ったら、

 

「ありがとう……」

 

 ちょうど、彼女の言葉も私の声の上に重なった。

 

 二人で顔を見合わせて苦笑する。

 

 前回会った時は、本当にどちらも極限の精神状態で、私なんて彼女に、酷い言葉をぶつけることしかできなかった。

 こんなふうに笑える日が来るなんて思いもしなかった。

 

 いつの間にか今坂先輩も伊坂君も、他の美術部員もみんないなくなって、広い美術室には私たち二人だけだった。

 

 嬉しそうに、懐かしそうに。それにも増してどうしようもなく愛しそうに。

 海里の絵を見つめ続けるその人に、私は海里から預かったスケッチブックをさし出す。

 

「海里からあなたに……私だって中身は知らないわ……海里はこれだけは絶対に誰にも見せなかったの……」

 

 そう言って私も、彼女と並んで海里の絵を見つめた。

 

「私、あなたがうらやましかったわ……それに妬ましかった……海里はあなたのためにあんな無茶をしたんだもん……絶対に許すもんかと思った……許さないと思った!」

 

 まるで海里そのもののような絵を目の前にしていると――不思議だ。

 言葉がスルスルと口から出て来る。

 

「でも海里がいなくなってから……思い出すのは楽しそうな顔ばっかり……あなたと出会って、どんどん活き活きとしていった顔ばっかり……! 私が小さな頃からよく知ってた海里じゃなくって、あなたのことを好きになった海里を私は好きだったんだって、……なんだか思い知らされた……!」

 

 一生誰にも言うつもりはなかった自分の気持ちを、海里が大好きだったその人に吐露したら、思いがけない言葉が返って来た。

 

「私も……私もひとみちゃんがうらましかった……私の知らない海君の本当の名前を呼んで、いつだって彼の傍にいれるひとみちゃんがうらましかった……彼の力になれるあなたが、妬ましくてたまらなかった……」

 

 ビックリして、自分よりちょっと小さなその人の顔をのぞきこんだ。

 黒目がちの大きな瞳が、私を真っ直ぐに見つめて、それはそれは嬉しそうに輝いた。

 

「私たち二人って、呆れるくらいにまったく同じ気持ちを胸に抱えてたんだね……」

 

 照れ臭そうに笑われるから、思わず私まで笑顔になる。

 

「きっと彼にはバレバレだったろうね……」

 

 こんなふうに穏やかにこの人と話ができて、誰よりも海里が喜んでいるんだろう。

 いつもいつも、たぶんあいつを困らせてばかりの私の片想いだったけど、こんな形で海里の役に立つことができてよかった。

 

 それが涙が出るほどに嬉しかった。



 

 文化祭が終わったら、私からもプレゼントがあると伝えたら、その人――海里の大切な真実さんは、ちょっと迷った末に私の耳に口を寄せた。

 

「それなら私も……ひとみちゃんにプレゼントがあるの……ちょっと遅くなるけど、来年の夏には、また海君に会わせてあげる……」

「えっ?」

 

 よく意味がわからず首を捻る私に、笑いながら真実さんは自分のお腹に両手を添えた。

 

(以前会った時、確か華奢すぎるくらいに痩せている人だと思ったのに……そういえばちょっと太ったのかな……?)

 

 のんびりとそんなことを考えてから、私はふとある可能性に思い当り、驚きのあまり大きな声が出た。

 

「えっ! それって、まさか……⁉」

 

 真実さんはまるで海里のように、余裕たっぷりに笑って頷いた。

 

「うん。海君がくれた命……だからきっと、ひとみちゃんがよく知ってる海君に、またもう一度会えるよ……」

 

(……なんてこと! 陸兄は……! 叔父さんは、このことを知ってるの? ううん……そもそも海里自身は?)

 

 おそらく一瞬にして百面相になったに違いない私を、それでも優しく見上げながら、真実さんはニッコリと笑う。

 

「海君は知ってる……ちゃんと話した。ありがとうって言ってくれた。だから私守るから……何があったって、きっとこの子を守ってみせるから!」

 

 初めて見た時から、可愛くて、男が守ってあげたくなるような女の子そのもので。

 海里もきっとそんなところが好きだったんだろうとばかり思っていたのに、私の予想以上に、真実さんは強かった。

 

 私なんかの何倍も何十倍も強いと思った。

 

「いつかこの子に、海君の話をしてあげて……私が知らない海君の話をしてあげてほしいの……お願いできるかな?」

「……うん」

 

 零れそうになる涙を必死にこらえて、私は頷いた。

 たまらない気持ちで頷いた。

 

 今はまだ、男の子か女の子かもわからないこの子が、海里によく似た仕草や姿を見せてくれたら、きっとその時も自分は泣くんだろうなと思う。

 嬉しくて嬉しくて泣くんだと思う。

 だからそうなる前にもう一度――。

 

「ありがとう……」

 

 真実さんに向かって私は頭を下げた。

 

 二人の絆を信じて待っていたお蔭で、自分まで素敵なサプライズに会えたことに、そこまで海里がお膳立てして逝ってくれたことに、感謝して頭を下げた。

 

(ありがとう海里……)

 

 思い出すたびに、今はまだ胸が痛いけれど、いつかはもっと穏やかな気持ちで思い出せるようにもなるのだろう。

 

 そうなるためのいろんな別れや出会い。

 その全てに、感謝の気落ちを捧げたい。

 

(ありがとう)

 

 海里を好きになってよかったと思った。

 ずっとずっと好きでよかったと思った。

 

(私は忘れない。絶対に忘れないから!)

 

 海里を『好きだった』気持ちを抱えて、これからも生きていこう。

 

 ――それが、あいつと共に一番長い時間を過ごした私の答えだ。

 ずっとずっと変わることのない気持ちだ。

 

 私の手を取って、真実さんがそっと自分のお腹に当てる。

 

「ほら、ひとみちゃんだよ」

 

 まるでその声に応えるかのように、お腹の中からポンと合図が返ってくる。

 

 その確かさに、海里が生きた証を感じた。

 確かに海里という人間が存在したことを――再確認した。

 

(うん。やっぱり大好きだったな……)

 

 またそう思えたことが、嬉しくてたまらなかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る