14.最後の願い

 これまでにも何度も生死の境をさまよったことのある海里が、本当に絶望的な状態から目を覚ました。

 

 ――それは確かに、この上なく嬉しいことだったのに。

 まるで天に祈りが通じたかのように、幸せなことだったのに。

 

 そのあとすぐに私に告げられたのは、とても信じられない、信じたくない事実だった。



 

「な……に……? なんのことだかわからない……」

 

 海里の病室からは遠く離れた診療室で、石井先生が椅子に座ったまま、深々と頭を下げて私と陸兄に言った言葉は、簡単な言葉だった。

 

 けれど、私の心には全然すんなりと入ってこない。

 

「おそらく……もう長くはないです……覚悟だけはしておいて下さい……」

 

 なんでそうなるのか、全然わからない。

 

 確かに、海里の意識がなかった間は、私だって必死に自分にそう言い聞かせていた。

 とても受け入れたくはないけど、もしもの時は受け入れなければと、心の中でくり返し唱えていた。

 

(でも海里は目を覚ましたじゃない……! なのになんで? ……どうして!)

 

 湧き上がってくる激情のままに大きな声を出そうとしたら、隣から陸兄に腕を掴まれた。

 まるで私の行為を止めようとするかのように強く掴まれたから、顔を上げない石井先生をそのままに、私は陸兄と一緒に部屋をあとにした。



 

「ごめん……本当は、6月に退院する時から言われてたことだったんだ……あとはなるべく海里の好きなようにさせてあげようって……それが俺と父さんの思いだったんだけど……ひとみには言えなくて……」

 

 よく二人で話をした海里の病室がある階の外階段ではなく、病棟の屋上に陸兄が私を連れて来たことでもわかる。

 陸兄は絶対にこの話を海里に知られたくはないんだ。

 

「ごめんな……」

 

 くり返される言葉が苦しい。

 陸兄や石井先生の話が本当に事実なんだと、何度も何度も思い知らされているようで、どうしようもなく苦しい。

 

「……んなの……そんなの、嫌だ……」

 

 口から出て来たのは、自分でも驚いてしまうくらい弱々しい声で、なのに絶対に譲れない思いだった。

 

 まるで自分が否定すれば事態が変わるかのように、ただひたすら首を横に振ることしか、私にはできない。

 

「嫌よ! 絶対に嫌!」

 

 おそらく私以上に海里を大切に思っていて、それでも冷静に現実を受け止めようとしている陸兄に、いくら自分の気持ちを叫んで意思表示をしたって、何も変わらない。

 ――そんなことは私にだってわかっている。

 わかってはいたけど、どうすることもできなかった。

 

 私のこれまでの人生の中で一番受け入れ難いことを、仕方がないからとすんなり受け止められるような、――私はそんな諦めのいい人間じゃない。

 

(どうしようもなく諦めが悪いから……どんなに望みがないってわかってたって、ずっとずっと海里を想ってきたんだもの……!)

 

 嫌々と子供のように駄々をこねて、泣き叫ぶ私に陸兄が腕を伸ばす。

 私の憤りも悲しみも全部すっぽりと包みこむかのように、抱きしめてくれる。

 でもその腕の中でも私はずっと泣きながら怒り続けた。

 

「どうしてもっと早く教えてくれなかったのよ! そしたら海里にあんな無茶させなかったのに!」

 

 だからこそ――海里の最後の自由を阻害してしまうからこそ、私にだけは真実が告げられなかったんだろう。

 そのことすら本当はわかってる。

 でもそれでも――。

 

「絶対に止めたのに!」

 

 今さら取り返しのつかないことをいつまでも諦めきれずに、私は陸兄に怒りをぶつけ続けた。

 

 残り少ない大切な時間を、何も知らずに今までどおり過ごしていた自分と、全てを知っているのに、本当のことを私にだけは教えてくれなかった陸兄を責めるしか、その時、私が崩れ落ちそうな自分の心を支えるすべはなかった。



 

 泣いて泣いて泣き疲れて眠った夜。

 私は決意した。

 それでもやっぱり海里には今までどおり接しようと――。

 

 あんまり泣き過ぎてズキズキと痛む頭でそう思えたから、わかった。

 陸兄だって同じ思いだ。

 いつだって私と同じ思いだ。

 

 だからできる。

 私にはきっとできる。

 私の弱さも醜さも全部知ってて、それでも海里の隣でもがき続ける私を咎めたりせずに見ててくれる陸兄がいるから、私は最後の最後まで海里にはいつもどおり強がってみせることができる。

 

 ――そう思った。



 

 あいかわらずキャンバスに向かって、時間さえあれば絵筆を握っていた海里は、彼女にプレゼントしたのとよく似た大きな海の絵を仕上げたら、それきり絵筆を置いた。

 

 頼まれるまま、私はその絵を文化祭に展示するために学校へ持って行った。

 

 自分の背丈ほどもある大きな絵をヨロヨロしながら運んでいたら、誰かが横に来て一緒に運んでくれる。

 伊坂君だった。

 

「これって一生君の絵……?」

 

 私が多くを語らなくても、不思議といろんなことを察してくれる。

 ――伊坂君がそんな不思議な人でよかった。

 

 今、海里のことを話したら、私は人目も気にせず泣きだしてしまいそうだ。

 だから声をかけてきたのが彼で、助かったと思った。

 

「うん、そう。文化祭に展示するの」

「ふーん、大きな絵だね……遠くから見たら絵が自分で歩いてるのかと思った」

 

 病室から出て行く私を見送って、海里が言い放った失礼なセリフを、そっくりそのままくり返されたから、思わず笑みが零れる。

 

「失礼ね! ほんとに……伊坂君も……!」

「うん……一生君もね……」

 

 彼は私が心の中だけに留めておいた言葉を、あっさりと口に出してしまった。

 ドキリと胸が跳ねた。

 

「知ってる? 僕は五十嵐さんの気を引きたくて、時にはわざと怒らすようなことも言ってるって……」

「し、知らないわよ! そんなこと!」

「うん……知らなくていいんだけどね……」

 

 女の子のように華奢な体からは想像もつかないくらいの力で、伊坂君が私の手から海里の絵を取り上げた。

 

「僕と同じ思いで、彼が君に接してるんだとしたら……君の想いは決して一方通行なんかじゃないって……僕は思うよ……」

 

 思わず足が止まった。

 

 伊坂君は『誰が』とはハッキリ言わなかった。

 でも話の流れからして、そこには当然『海里』の名前が入るはずだ。

 

(私の想いが、片想いじゃない……? そんなことあるはずない……!)

 

 海里には確かに好きな人がいて。

 その人のためなら命をかけてしまうくらい、本当に本気の恋で。

 私はその背中を、いつだってうらやましく見ていることしかできなかった。

 

 でももし本当に伊坂君の言うとおり、海里が私を想ってくれているんだとしたら、それは恋ではなく、もっと優しく穏やかな想いだ。

 小さな頃から変わることのない、確かな信頼感と安心感に包まれた温かな想いだ。

 

(そうか……そうだね……自分だけが! 私だけが! なんて……そんなことはなかったね……)

 

 海里はいつだって私のことを、信頼してくれて、頼ってくれて、お節介が度を過ぎる時でも、鬱陶しがりもせず一番近くに置いていてくれた。

 

 そのことこそが、私が誰にだって自慢できる一番の誇りだったはずなのに――。

 

 海里を好きだと思う気持ちが大きくなり過ぎて、いつの間にか私は本当に大事なことを忘れてた。

 小さな頃から築いてきた私と海里の固い絆を、忘れたままにあいつを見送るところだった。

 

「伊坂君……」

 

 呼びかけた私に、彼はうしろ姿のまま返事する。

「聞かないよ。単なるありがとうだったら聞かない……一生君より僕のほうが好きって告白だったら喜んで聞くけど……そんなことはないでしょ?」

 

 本当に不思議な人だ。

 まるで現実の人ではないかのように、私の気持ちが丸わかりの人。

 

 それでも私はあえて、どんどん遠くなって行く背中を追いかけて走り出しながら、自分の心を言葉にした。

 

「うん。でも私……伊坂君のことは好きだよ。すごく大切な友達だよ。だから私と友達になってくれて……やっぱりありがとう」

「……どういたしまして」

 

 いつになく素直に気持ちを口にした私を、ようやくふり返って見てくれた伊坂君は笑顔だった。

 海里とよく似た――でもよく見れば全然違う、満面の笑みだった。

 

 その笑顔のお蔭で、自分の中でまたひとつ大きな何かが整理できたことが嬉しかった。



 

 自分の中で整理がついていたからこそ、海里が最後に彼女に会いに行きたいとみんなに願いでた時、私は必要以上にあいつを責めずに済んだんだと思う。

 

 いろんな思いを押し隠して、海里に許可を出した叔父さんの姿を見ながら、私はこぶしを握り締めて立っていた。

 

 反対の手を陸兄としっかり繋いだまま、嗚咽を漏らしたりしないように、唇を噛みしめていた。



 

「俺は先に父さんに連れて行ってもらうから……ひとみちゃん……真実さんを呼んで来てくれる?」

 

 段取りを相談し始めた叔父さんたちにはわからないように小さな声で、図々しくもそう持ちかけてきた海里に、思わず呆気に取られた。

 

「なんで私が……!」

 

 怒りをこめて反論すると、クスリと笑われる。

 伊坂君が言っていたとおり、私の反応を面白がっている海里が確かにそこにはいて、なんだか必要以上に腹がたった。

 

「絶対に嫌よ!」

 

 こぶしを握り締めて小声で叫んだら、ますます笑われる。

 そのくせ――。

 

「頼むよ……俺の最後のお願いだから……ね?」

 

 そんな卑怯な言い方を、海里はわざとする。

 

『いったい何回目の「最後」なのよ!』と前にも言ったことのある言葉は、もう口に出さなかった。

 その代わり、どうしようもないとばかりにため息をついて尋ねた。

 

「なんて言えばいいのよ……?」

 

 海里が嬉しそうに笑った。

 でも以前の光り輝くような笑顔とはほど遠い、すっかり痩せてしまった儚げな笑顔が胸に痛かった。

 

「俺が呼んでるって……それだけでいいよ。きっと真実さんには伝わるから……」

 

 それだけ自信満々に言い切ってしまえる二人の間柄が、やっぱり本当はうらやましい。

 

「海里って本当にバカ……! でも私は……もっと大バカだ……!」

 

 ベッドの上の海里に背を向けて、ドアに向かって早足で歩き始めると、背中に声がかかる。

 

「俺は確かにバカだけど……ひとみちゃんはバカじゃないよ……優しすぎるくらいに優しい……素敵な女の子だよ……」

 

(なによそれ……! なんで今さらそんなこと……まるで、もうすぐにでもいなくなってしまうみたいに言わないでよ……!)

 

 ぐっと喉の奥にせり上がってきた熱いものを飲みこんで、私はふり返らないままに大声で叫んだ。

 

「バカアッ!」

 

 とっくにバレてはいるんだろうけど、それでも溢れた涙を見られないため、全力で走ってその場から逃げた。



 

 走り出た病院の外の景色は、いつの間にか秋の気配を濃くしていた。 

 

 海里の退院を喜んだ初夏の風景とも、あいつに好きな人ができたんだと知って落ちこんだ夏とも違う、どこか寂しい空の色。

 

 厚く垂れこめた雲からは、今にも雨が降ってきそうで、あまりにも今の私の心境と似ている。

 

(だって……どんな顔で会えばいいのよ?)

 

 本人を前にして平気な顔ができるほど、私は大人じゃないし、私にとってその人はどうでもいい人なんかじゃない。

 

 うらやましくてたまらなくて――そして少なからず憎い人。

 

(だってあの人がいなかったら、海里はあんな無茶をしなかった……もっと、もっと長く生きられた!)

 

 実際のところはわからない。

 命をかけれるほど好きだと思える相手にめぐり逢えて、海里は幸せなのかもしれない。

 私にだって、そう思う気持ちがないわけじゃない。

 でも、だけど――。

 

 あまりにも感情がぐちゃぐちゃのまま、できれば会いたくなかったのに、その人は現われた。

 

 海里に教えられたとおり、大学の正門で待っていたら、私の姿を見つけて自分から声をかけてきてくれた。

 

「ひとみちゃん……だよね……?」

 

 自分でも近寄りがたいと自覚するほど、ガチガチに態度を硬くしている私にさえも、優しい笑顔で話しかけてきてくれるから喉が詰まる。

 

 この人をどんなに海里が好きだったかということが、なぜだかわかってしまって、私まで苦しくなる。

 

 ちょっと青い顔で真っ直ぐに私を見つめたまま、私の返事を待ってくれているその人に、私は必死で口を開いた。

 

「連れて来るように言われたから……」

 声がかすれた。

 

 その人は静かに、私が伝えられなかった言葉を補ってくれた。

「……海君が?」

 

 そう『うみくん』。

 この人が海里のことをそう呼んでいることを私は知っている。

 

 本当の名前ではないのに、海里の本質を見事に言い当てているかのようなその呼び名が、少し妬ましくて悔しい。

 

 口は開かずただ頷いたら、その人が私に問いかけた。

「どこに行ったらいいの?」

 

 海里の容態はどうなのかとか。

 どうして本人じゃなく私が呼びに来たのかとか。

 本来なら当然聞かれるようなことは全部なしで、本当に必要なことだけを口にするその人が、やっぱり妬ましい。

 

 海里に時間がないことも、これがきっと最後になるってことも、全部知っててそれをもう受け止めてしまっているかのような態度に、どうしようもなく嫉妬する。

 

(私はこんなに悩んで……! 今だって心の中はまだぐちゃぐちゃで! 全然、覚悟なんてできないのに……これが違い? 確かに海里に愛されている人と、そうじゃない私との違いなの……?)

 

 醜い自分の感情とこれ以上戦っていることが苦しくて、私はその人に背を向けた。

 

「送るから一緒に来て……」

 

 一緒にいた友人に、その人が元気づけられている様子が、目には見なくても聞こえてくる。

 

「行ってこい。真実……泣くな、笑え!」

 

 懸命に励まされている声が聞こえてくるから、やっぱりその人だって無理しているんだとわかった。

 

 もうすぐ海里を亡くしてしまいそうなことに、どうしようもなく動揺して、それでも気丈であろうと必死に頑張っている。

 

 そのことが嬉しかった。

 まるで海里の気持ちになったかのように、私にだって嬉しかった。



 

 最後に会った海で、海里が彼女と何を話したのか私は知らない。

 

 ただ私は、行きの道中、車の中でやっぱり彼女を責めてしまった。

 

「私は許さない……! あなたのせいなんだから……どうしたって、あんな無茶をしたのはあなたのせいだから……!」

 

 心の中にずっとためていた思いを、口に出して本人に言ってしまった。

 

 相手の心に入りこんで、全てを受け入れてしまうような――そんな不思議な雰囲気が彼女にはあって、言うつもりなんかまるでなかったのに、いつの間にか言ってしまっていた。

 

「ごめんなさい……」

 

 涙で滲んだような声に、それでも彼女のほうを決してふり返りはせず、背中を向けたまま私はくり返した。

 

「許さない」

 

 私だって、彼女と同じくらい涙声だった。

 

「ごめんなさい……」

 

 何度謝られても、素直に許せるはずなどなかった。

 そんな頑なな自分が嫌だった。



 

 彼女と会った次の日。

 目を覚ました海里は、朝一で、私にスケッチブックを取ってほしいと言った。

 

 ――夏頃から海里が夢中になって、抱きかかえるような格好でいつも何かを描きこんでいたスケッチブック。

 

「何? まだなにか描くの?」

 

 尋ねてみたら曖昧に首を振られた。

 

「うん……でも絵じゃないよ……ちょっと言葉を入れておきたいんだ」

「ふーん?」

 

 よくわからないままに手渡したら、さっそくパラパラと開いて鉛筆を動かし始める。

 

 海里がそのスケッチブックだけは誰にも見せようとしなかったことをよく知っている私は、少し離れたところで病室の片づけをした。

 

 しばらく経った頃に、「ひとみちゃん」と小さな声で呼ばれる。

 

「これを真実さんに渡してほしい。いつかきっと俺を探しだして、ひとみちゃんのところに来てくれるはずだから……」

 

 大事そうにスケッチブックをさし出しながら告げられた言葉に、思わず目が点になった。

 

 ――会うたびに、ついつい嫌なことばかり言ってしまう私に、今さらどんな顔してあの人と会えと言うのか。

 

「自分で渡せばいいでしょ! 縁起でもないこと言わないよ!」とも叫べたのに、不意をつかれたものだから、思わず真っ先に本音が出た。

 

「なんで私が!」

 

 でもその言葉で正解だったんだと思う。

 お蔭で私は、「もう俺は渡せないから」なんて海里が言うのだけは、聞かずに済んだ。

 

 私の反応に、海里がまるでいつものように、ブッと吹き出す。

 

「お願い……頼むよ……これが本当に最後のお願いだからさ……」

「最後、最後って……! あんたにはいったい何回最後があるのよ!」

「あっ……やっぱり気がついた?」

「気がつかないわけないでしょう! 私をバカにしてんの?」

 

 まるで今までどおりのやり取り。

 小さな頃から何百回も何千回もくり返してきた、お決まりの光景。

 

「ううん。信頼してるし頼りにしてるんだよ」

 

 だけど私は、真顔のままで自分をからかう海里に、最後の抵抗をした。

 本当にこれが最後なんじゃないかと、不思議とそれが私にもわかったから、頑張った。

 

「でも海里……私だってあんたのことが好きだったのよ……知ってた?」

 

 渋々スケッチブックを受け取りながらも、そんな反撃をしてきた私に、海里は驚きの目を向ける。

 でも次の瞬間、その目が本当に優しい――慈しむような色に変わった。

 

「うん。知ってた……ずっと知ってた」

 

 あまりにもあっさりと肯定されるから、ちょっとムッとする。

 

「でも一時の気の迷いだからねっ! 好き『だった』なんだからね……!」

「ハハッそれは残念……今の『好き』はもう違う人に向いてるの?」

 

 一瞬、誰かの顔が頭を過ぎったが、私はそれをぶんぶんと首を振って追い払った。

 

「あんたには関係ないでしょ!」

「ハハハッ、それはそうだ……」

 

 小さく笑った海里が、私を見てもう一度笑う。

 

「ありがとう、ひとみちゃん……」

 

 照れ臭くて恥ずかしくて、本当は、「なんでお礼なんか言ってるのよ、バカ!」と叫んでしまいたかった。

 でもその気持ちを必死に我慢して、私は頷いた。

 

「うん」

 海里に託されたスケッチブックを胸に抱いて、ちょっと誇らしく俯いた。



 

 この時、あいつの願いを素直に聞いてあげることができて、自分の思いを冗談交じりに告げることができて、本当によかったと思う。

 

 それがやっぱり、私が海里と交わした最後の言葉になった。

 

 ――その日。

 

 まるで眠るように穏やかな幸せそうな顔で、海里は息をひき取った。

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