装輪機甲サンブリンガー

あけちともあき

序章

『日照の魔女 1』

 空が明々と燃え上がっている。

 光差さぬ暗雲が、今は地上の惨劇を映し出すスクリーンのようだ。


「正気かよ」


 この明るさでは使い物になるまい。

 ロディ・ホッパーは暗視スコープをヘルメットに持ち上げ、軍用バイクのアクセルを吹かす。

 聞こえるのは、飛び交う銃撃、砲撃音。そして……ローター音。

 眼下で燃え上がる森が、彼の目的地だ。


 飛び込むのは森の中。

 炎から視線を切ると、ロディは再びスコープを装着した。

 バイクの双輪が、丘を下っていく。

 眼前に迫るのは、漆黒の森だ。


「なんだって、こうも生い茂ってやがるんだ……。本当に、日照を呼ぶ魔女なんてのがいるのか?」


 張り出した枝をくぐり抜け、草木を踏み潰し、倒木を飛び越える。

 荒れ地を踏破することに適したバイクだ。

 少々の枝葉ならば、装甲に覆われた前面がへし折り、かき分ける。

 ライトが照らし出す前面は、どこまでも暗くはて無い森。


 獣たちの声はなく、聞こえるのは戦闘が繰り広げられている音のみ。

 森に生きる者たちは、上陸した人間たちが繰り広げる戦闘に怯え、息を潜め、身を隠しているのか。


 不意に視界が開けた。

 今まで遠く聞こえていた戦の音が大きくなる。

 戦場が近いのだ。

 そして、ロディの目的地もまた。


 ロディは唇を舐める。

 湿度が高い気候だと言うのに、いつの間にかカラカラに乾いてしまっていた。

 緊張しているのか。

 己に問いかける。

 当たり前だ。

 一介の斥候に過ぎぬ自分が、今、自分以外の命を背負う任を負ってここにいる。

 普段の仕事も、失敗によって自軍の動きが露見すれば多くの命が危険に晒されよう。

 だが、それは直接的な要因ではない。

 少なくとも、そうなった時には自分は死んでいるだろうと、そう思うのだ。


「……」


 広場の入口で、やや大きくアクセルを吹かす。

 すると、その音を合図にしてか、何人かが茂みから飛び出してきた。

 女だ。

 女ばかりが、数人。

 一人は見慣れた軍服を着ている。

 作戦本部付きの将校だろう。他は現地人だろうか。森の中を走る足取りはしっかりしているものの、この状況から受ける戸惑いを露わにして隠さない。

 そして、彼女たちが守るように、ひときわ小柄な影が一つ。その人物は、頭から布を被って、ものも言わない。

 女将校は、民間人たちを率先するように前に出ると、ロディの戦闘バイクに触れた。


「WR-07……! 間違いなく、連盟の可変戦闘車両VSVか。カティア・キャンベル中尉だ」


 ヴァリアブル・ストライク・ヴィークル。

 有視界戦闘を主とするようになった現在の世界において、戦争の主力となっている兵器の名前である。

 その特徴として、車両形態から人型ヒューマノイド形態へと姿を変える事が挙げられる。

 ロディはこの女性将校に向けて敬礼を返した。


「第二機甲中隊所属、ロディ・ホッパー軍曹であります。そちらの女性が……?」


「第二……。あの問題児集団か……。まあいい、背に腹は変えられん。軍曹、彼女のエスコートをせよ」


 カティアという将校は、二十代半ばほどで背の高い女だった。癖のあるブルネットを肩までの長さに切り揃えており、赤い縁のメガネが印象的だった。

 そんな彼女が指し示すのは、布を被った娘。

 明るければ鮮やかな色が見て取れるのであろう布地の隙間から、つぶらな瞳がこちらを見上げている。


「日照の……魔女」


「……」


 無言である。

 だが、直後、広場の向こうで爆発が起こった。

 ロディはその音に覚えがある。

 VSVのエンジンが爆発した音だ。

 装甲に覆われ、深層にあるエンジンが攻撃を受けることは少ない。

 つまり、向こうにはそれを破壊できるだけの力を持つ兵器が存在しているということだ。


「乗って」


 ロディは、布を被った彼女に手を差し出した。呼びかけようとして、名を知らないことに気づく。


「君の名は……」


「……」


「ジュリエッタ。人類の希望となる名だ」


 彼女は答えず、代わりにカティアが名を告げる。

 まだ、少女と呼べる年齢の彼女……ジュリエッタは、素直にロディの手を取った。

 柔らかな感触。その指先が震えている。

 恐怖しているのかと、ロディは察する。

 少女が後ろに乗り込むと、ロディはベルトで自分と彼女とを繋いだ。

 

「頼む」


 最後に見たカティアの目は、祈るようであったとロディは思った。


 そして状況は、大きく展開することになる。

 カティアたちの背後の森を割り、鋼の背中がよろけながら現れる。

 それは、友軍の重可変戦闘車両HVSV、ライガーⅠである。重装甲を売りにした、陸戦の覇者である。

 だが。


「来た……!! 早く行け!!」


 カティアが銃を抜き、身構える。

 見上げるロディの視界の中で、ライガーⅠの頭部に、黒いものが食い込む光景が広がった。

 あれは、指だ。

 黒い装甲に覆われた巨大な指。

 それが、ライガーⅠのモスグリーンの装甲を掴むや否や、まるで厚紙を千切るようにして引き裂いていく。

 装甲ごと頭部をもぎ取られたライガーⅠが、損傷部から激しい火花を散らす。

 オイルが漏れ出し、それはまるで、さながら流れ出る血のようだ。


 破壊されたライガーⅠの向こうから、今それを成したVSVがロディたちを睥睨した。

 敵軍の機体と思われるVSVは、黒い装甲のあちこちで緑色の光が煌めいている。

 その頭部には、人を思わせる一対のカメラアイ。


「行け!」


 叫びながら、カティアは黒いVSV目掛けて射撃を行う。

 彼女の射撃は的確だ。適正な射程を外れたところにいるVSVに、その弾丸を見事に命中させる。

 だが、対人用の火器がいかに火を吹こうと、鋼の巨人の前では蟷螂の斧に過ぎない。

 それでも、カティアは前に進み出ながら、敵VSVを射撃し続けた。


「さあ来い、フェンリル! 私はここだ!」


 彼女の行動は適切だったと言えよう。

 その射撃は、彼女がフェンリルと呼んだVSVの注意を惹き付けた。


「感謝を、中尉」


 ロディはそれだけ告げると、戦闘用バイクのエンジンをかけた。

 エンジン音に気付いたフェンリルが、慌ててカメラアイをこちらに巡らせるが、既に遅い。

 WR-07は戦闘用バイクに変形する、小型のVSVである。

 戦闘においては非力だが、その小回りと走行速度は、他の機体の追随を許さない。


「しっかり掴まってろよ、ジュリ……ジュリ……。ジュリエットだったっけ」


 少女の小さな手が、ロディの背中をぎゅっと抱きしめる。

 どうやら、意思は伝わったようだ。

 二人の背後で、地面を打つ乾いた音がする。

 機銃掃射音だ。

 ロディは振り返ることはしない。

 それは、カティアが身を挺してまで守ろうとしたものを危険にさらすことだからだ。


 振動が、後を追ってくる。

 巨大な人型の機体が、森を踏みしめる振動だ。

 木々を薙ぎ倒し、引き裂き……だが、遅い。

 フェンリルが追跡を開始したのだろうが、人型では森の中で速度を出すことはできない。

 かと言って、車両型では密林を抜けることは敵わない。

 こと、走るという行為一つに限れば、この戦闘用バイク、WR-07に優るものなど存在しないのだ。

 密林を抜けるというルールに則っている限りは。


「……!」


 少女が強く、背中を掴んだ。

 ロディに何かを教えようとしている。

 ロディは彼女の訴えに耳を貸そうとして、気がついた。

 頭上を、森の上をけたたましい音が抜けていく。

 ローター音だ。

 木々の合間を抜けて、強烈なライトが照射される。

 一瞬見えたそれは、先刻撒いたフェンリル同様、黒く、そして巨大なヘリだった。

 装甲の合間から、赤い輝きが漏れている。


「なんだ、あいつは……!? フェンリル以外にもあんな奴がいるのか!? ちっ……悪魔みたいな奴だ。さしずめ、メフィストフェレスだな」


 生まれてくる焦燥感。それを隠そうと、つい口に出した冗談に、少女は言葉を返さない。

 笑える冗談でも無かったかと思い、ロディはバイクを、より木々が密集する茂みへと向ける。

 そこならば、集まる枝葉が邪魔をし、WR-07を頭上から探ることも出来ないであろうから。

 だが、神ならぬ彼は知らない。

 それもまた、頭上を舞う黒い悪魔の手のひらの内でしか無いのだ。


 ロディの友軍と森を単騎にて焼き払った、この黒いヘリは、ただ無言で逃走者の姿を追い続ける。

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