駄文集

沢田和早

 

テーマなし駄文

無価値排除法(未来ドラマ)(3700字)

 今年で90歳になった。多少体にガタは来ているものの通院するほどの持病はない。ボケもまだ始まっていない。すこぶる健康だ。

 健康に長生きできて本来なら喜ぶべきところなのだろうが嬉しくもなんともない。長寿がめでたかったのは昔の話。少子高齢化が加速する現代においては老人なんぞ珍しくもない。犬も歩けば爺婆じじばばに当たるってくらいだからな。


「さてと、ちょっくら眺めるか」


 老眼鏡をかけてパソコンを起動させる。画面の表示倍率は150%。それでも細かい文字は読みにくい。こんな使い古した14型ディスプレイはそろそろお払い箱にして目に優しい32型が欲しいものだ。


「人気小説は長文タイトルばかりか。30年前から変わらないな。あんまり長いのでタイトルさえ読み切れない。どうしてタイトルに1000字も必要なんだ。あらすじより長いじゃないか」


 画面に表示されているのは小説投稿サイト「ヨムカク」だ。

 定年を機に始めた趣味。生涯独身で一人っ子で両親は他界し親友もなく近所付き合いもなくたいした貯蓄もなく収入は年金頼りの出不精の還暦老人にとって、無料で小説を読み無料で自作を投稿できるこのサイトは打って付けの暇潰し場所だった。


「読むのも書くのもすっかりご無沙汰になっちまったな」


 始めたころは毎日自作を投稿し、毎日他の作品を読んで星を付けたりレビューを書いたりしていたが、ここ数年はほぼ無活動状態が続いている。さすがに90歳ともなると創作意欲はかなり減衰している。最後に投稿したのは2年前。新作はまったく書いていない。読むほうも最近は短編ばかり。しかも読むだけでリアクションは一切なし。文芸部に籍だけ置いて部室には顔を出さない幽霊部員みたいになっている。


「まあ所詮趣味の世界だしな。書いたところで誰も読まないし」


 ――ピンポーン。


 玄関のチャイムが鳴った。こんな昼間に珍しい。


「宅配かな」


 インターホンの画面には背広を着た若造が映っている。どこぞのサラリーマンのようだ。暇潰しにからかってやるか。


「はい」

「こちらは沢田和早さんのお宅で間違いありませんね」

「そうですが、どちら様ですか」

「私は無価値排除局の職員で田沢というものです。本日は沢田和早さんに重要なお話があって伺いました。10分ほどよろしいですか」

「無価値排除局……」


 その言葉を聞いた途端、全身から力が抜けた。頭が真っ白になった。


「ついに、選ばれてしまったのか」


 今から30年前、ちょうど定年になって退職した年にトンデモナイ法律が制定された。無価値排除法……加速する少子高齢化、それに伴う年金、医療、介護への負担は増大する一方で国家財政は火の車だった。この状況打開するために制定されたのがこの法律だ。その内容は国家による人減らし。つまり国が無価値と認定した国民を無条件で抹殺できるのだ。主なターゲットは言うまでもなく高齢者である。


「それでは詳しい内容をお話しします。こちらが命令書です」


 居間のテーブルに着いた職員は書類を取り出して説明を始めた。だが何も頭に入ってこない。説明に納得しようがしまいが命令に逆らうことなどできないのだから、真面目に耳を傾けたところでどうしようもない。


「以上です。何か質問はありますか」

「あります。どうして今なのですか。私は定年後、何もせずに暮らしてきました。私の無価値は30年前に始まっているのです。それなのにどうして今日まで排除されなかったのですか」

「それはあなたが小説投稿サイトを利用していたからです。自分の作品を投稿し他人の作品に感想を書く。その行為が価値あるものと認められたので無価値者判定が下されなかったのです」


 そうだったのか。判定条件は思ったよりも緩いんだな。


「しかし私は2年前から自作を投稿していませんし感想も書いていません。2年間無価値と判定されなかったのはなぜですか」

「それは年齢ですね。判定条件は年齢の2乗に比例して厳しくなるのです。特に70歳や80歳などの節目には判定条件が急激に厳しくなります。あなたは先週90歳になられました。そのため判定条件に合致してしまったのでしょう」

「なんてこった」


 やはり長寿なんて喜べるようなものじゃないな。長生きしてもロクなことがない。


「他に何かありますか」

「あります。今日すぐに自分の作品を投稿し、他人の作品に感想を書いたら無価値者判定が覆ったりしませんか」

「それは何とも言えませんね。ちょっと計算してみましょう」


 職員はモバイル端末を取り出すと指を動かし始めた。神にも祈るような気持ちで見守る。


「はい、出ました。感想だけで判定条件を覆すには毎日500字のレビューを5回実行することが必要です」

「それは厳しいですね。いつまで続ければいいのですか」

「永遠にです。実行できなかった時点で無価値者の判定が下され、ただちに法律に基づく処置が執行されます。しかもこの条件は90歳の場合です。91歳になれば毎日1000字のレビューが10回必要になります」


 無理だ。絶対できない。


「感想ではなく投稿で判定を覆すにはどうすればいいですか」

「毎日3000字の投稿が必要になります。こちらも1歳年を取るごとに倍々に増えていきます」


 なかなか厳しいができない数字ではないな。こっちで頑張ってみるか。


「ただし投稿だけではダメです。週に一度、ユーザーから10字以上のレビューが必要です。投稿しても一週間レビューがもらえなかった時点で無価値者と判定され処置が執行されます」

「レ、レビュー!」


 思わず叫んでしまった。私には無縁の言葉だからだ。自慢ではないがここ20年、レビューなどもらったことがない。最近5年間はアクセスすらない。新作を投稿しても全てPV0のままである。


「どうしてレビューが必要なのですか」

「ただ読んでもらっただけではその文章に価値があるとは言えませんからね。感想すらもらえない文章など単なる文字の羅列にすぎません。猿にキーボードを打たせて出力された文字列と何ら変わりはないのですから」

「わかりました。それでは今日から頑張ってみます」

「ご検討をお祈りします」


 職員は帰って行った。

 部屋に戻るとさっそく新作の執筆に取り掛かった。内容は流行りの異世界モノ。ハーレム、TUEEE、ざまぁ、チートなど、とにかく受けの良さそうな設定ばかりを詰め込んだ。自分の好みとは真逆であるが背に腹は代えられぬ。もちろんタイトルは長文だ。


「よし、久しぶりのアクセスゲットだ」


 投稿したその日にアクセスがあった。やはりテンプレモノは強いな。次の日もアクセスがあった。次の日もあった。しかしレビューはない。


「営業だ」


 自作に感想をもらう最良の手段は他のユーザーの作品に感想を書くことだ。投稿しながら作品を読みまくりつつフォローし、ハートを付け、星も付け、簡単なレビューもした。だが自作に星は付かない。次の日も付かない。焦る。このままでは無価値者判定が覆らない。


「やはり運命を受け入れるしかないのか」


 ほとんど諦めて迎えた最終日、奇跡が起きた。レビューが付いたのだ。


 ★ クソ。読む価値なし。消えろ!


「あ、ありがとう! 本当にありがとう!」


 涙が出るほど嬉しかった。「クソ」と言われてこれほど歓喜したのは初めてだ。「価値なし」の言葉をこれほど尊く感じる日が来ようとは思ってもみなかった。取って置きの純米大吟醸でささやかな祝杯をあげたあと、心地良い満足感に浸りながら就寝した。

 翌日、もしかしたら別のレビューが付いているかもしれないと思いサイトを開いた私は愕然とした。昨日のレビューが消えていたのだ。


「な、何が起きたんだ!」


 慌てふためいていると運営からメッセージが届いていることに気づいた。こう書かれていた。


『不適切なレビューが確認されたため削除しました。ユーザーの皆様が快適にサイトを利用できるよう、私たちは常に監視の目を光らせております。ヨムカク運営』


「余計なことをしてくれたもんだ」


 怒りと悔しさで歯ぎしりしているとチャイムが鳴った。一週間前の職員だ。


「残念ながらレビューは付いていませんね。本日正式に無価値者と判定されました。沢田和早さん、ご愁傷さまです」

「ま、待ってくれ。レビューは付いたんだ。でも運営が削除してしまったんだ」

「ええ、知っていますよ。書かれたレビューは真っ当なレビューではなかった、だから削除されたのですよね。真っ当なレビューではなかったのですから、レビューを獲得したとは言えません」

「いや、それはそうだが、でも……」

「それにね、あのレビューにはこう書かれていたはずです。『読む価値なし』と。価値のない作品を書いたあなたに価値などありません。運営が削除しなくても無価値者判定は下されていたのですよ

「ああ、そうですか、そうですよね。結局ぬか喜びだったわけか」


 私は職員の車に乗せられると問答無用で施設へ連行され処置された。その時点で小説投稿サイトの私の小説は全て削除されるのだが、気づくユーザーなど一人もいないことだろう。文芸部の幽霊部員が中退したところで誰も気づかないのと同じだ。ヨムカクでの活動を停止したときから私は国家にとってただの幽霊国民に成り下がっていたのだ。

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