-19- 迫る美貌の竜騎姫に対抗せよ!
帝国軍――ファンバード地方の防衛軍の前線基地は、市街から数キロ離れた駐屯基地に結集していた。
南方の沿岸の小高い丘の上を陣取り、湾岸都市フォルクスの街並みを一望できる場所ではある。
狭い基地に収まりきらなかった兵士たちは天幕を張って野営をしているが、急場に集められた数は五千といったところで、職業軍人は少なく志願者である民兵が過半数を占め、物資の不足は深刻なものとなっている。
残りの各都市にいる兵士は救援要請を受けて準備しているものの、承諾しても実行せずといった具合に連携が取れていなかった。
ルーツバルトの軍隊が自治領付近まで攻めてこない限り、遠方の都市は戦火が降りかかることを怖れ、協力しようとしない。
侵略されることは恐ろしいが、各都市にもそれなりの思惑がある。
軍港のあるフォルクスはファンバード地方の軍事拠点としても優秀だ。ここさえ完全に抑えきってしまえば、侵略は成功とも言える。
そうであるなら残りの各都市をむやみやたらに破壊するよりも、ルーツバルト軍は取引を持ちかけると踏んでいるのだ。
――条件付きの無血開城である。
そんな魂胆はどの市長たちも持っている。
国家への帰属意識の高い住民は侵略に怒り狂いこそするが、本音では誰もが血を流したくはない。国家よりも家族を護りたいし、逆転の力の芽がなければ行動も起こせない。
そんな思惑が交差する防衛基地の作戦会議室。
合流し、司令官として中央に腰かけたアクネロは兵力を示す駒の乗った地図を見下ろしながら、頬杖を突いていた。
「なんつーか、旗色悪くね?」
「あんた、帝都で有名な精鋭騎士かなんかだったんでしょ。突貫して死んできなさいよ」
「別に突貫してもいいけどよぉー。そうやって俺だけ働かせるのはなんか違くない?」
苛立つセリスティアは自分の支配地を奪われた苛立ちからか、粗野な物腰に変わっていた。
突きつけられた玉砕案に、アクネロはげんなりしながら肩をすくめる。
戦いは望むところだが、何万の人間に対して一人で挑むほどうぬぼれてもいない。
「大体さぁ、俺はぜんっぜん税金貰ってねーし。護る義務もないんじゃないかなぁー」
「払うわよ。フォルクスは払うから、働きなさいよ」
「あとぉ、セリスティアちゃんの誠意が欲しいなぁー……具体的に言うとぉ、猫耳をつけて『がんばって欲しいニャン』とかそういう系の誠意が必要かなぁ」
「はぁ!? こ、ここここここのクズぅッ! 何言ってんのよ!」
セリスティアは席を立ち、わなわなと憤慨してアクネロを睨んだ。
テーブルに両足を乗せて後頭部に腕を回しているアクネロはどこ吹く風だ。
「市長、どうか押さえてください」
「左様、閣下の貴族の繋がりは軽視できません」
「御身もまた、一騎当千の魔法武器を持った英傑でもございますし」
あらゆる商人の長である総合ギルド長、衛兵のトップである内衛指令、西方鳳凰騎士団をまとめる准将が半身を乗り出してセリスティアをなだめにかかった。
機嫌を損ねてはいけない、それがアクネロに対する共通認識だ。
今まで雑に扱っていたにしろ、ファンバード当主は単独で竜騎士を捕縛してきた。実力は証明されている。
ギルド長はぱちんっと指を鳴らして召使に合図し、素早く猫耳ヘヤバンドを用意させてセリスティアの頭に乗せた。
普段から、高潔なイメージで売っているセリスティアは恥辱に苦しみながらも、抵抗しなかった。
やるべきことはわかっていたからだ。
トマトもかくや、というほど顔を真っ赤に染めて両手を丸めた。
「が、が、がぁんばって欲しいニャン……」
会議室が物音ひとつなく、しんと静かになった。
ちらりとその痴態をつまらなさそうに眺めたアクネロは、パンッと両手を叩き、両足をテーブルから降ろして真剣な顔になる。
「よし。ちゃんと会議をしようじゃないか。もうふざけるのはやめよう。領民たちの不安を一刻も早く解消するのが俺たち上に立つ者たちの急務だ」
「こ、殺すぅうううううううううう!」
「市長! 穏やかにっ! 穏やかにっ!」
「なりませぬっ! なりませぬ!」
「心中お察ししますがここはこらえて!」
怒髪天を
いわく、帝都の海軍が沖合いで様子を見ている。
いわく、各都市から物資だけは届けられる予定。
いわく、早期に撤退したので住民の被害はかなり少ない。
「問題は二百名近い竜騎士ですな。魔術や矢や銃弾で倒そうにも、彼らは頑強すぎる。しかも素早い」
「だが、奴らさえ殺せば大きな問題は片付きますな」
軍服の内衛指令の苦しげな言い分は、甲冑姿の准将に返された。
竜騎士は重武装をしているし、竜もまた強固な竜麟と装甲を身にまとい、防護結界によってあらゆる武器や魔術への抵抗値が高い。
三万の陸軍も脅威だが、竜騎士に強襲させてから踏み込むという戦法を取っているため、楽な戦いに慣れ過ぎていると見る向きもある。
「一応、目障りな竜騎士は全滅させる案はある。少しばかり時間がかかるが……しょせん、でけえハエだからな」
おぉ、と感嘆の声が漏れた。
各自が希望を見出したところで腰を折る。
「その案が成就するまで、最低三日後まで決戦を伸ばす必要がある。奴らの行軍の速さからして、次の物資を求めて籠城しなくなるのも時間の問題だ。飢えが先立って俺たちの方に攻めて来られたらまずい」
「防衛戦になりますか?」
「つまらねえが、逃げ回ることになるだろう。竜騎士の機動力と陸軍の移動速度はイコールじゃねえ。うまく分断しながら撃破するとして、ひとまずは地の利を生かすしかないな」
作戦は近隣にある『黒衣の大森林』の樹影を利用するといったものだった。
竜騎士の飛行能力は障害物で阻めるし、兵士たちの訓練場として活用しているので森歩きも慣れている。
ゲリラ戦が主体になると聞いて場に暗雲が立ち込めたが、数で勝る敵と相対して勝つ方法は誰も提示できなかった。
夕暮れとなった。
平野の仮設テントから、食事時の炊煙がもうもうと立ち昇る。兵士の活気のある声はちらほらと聞こえているものの、恐れを抱いている者が多い。
敵情報というのは矢のように伝達するものだ。
兵力で劣っているとわかれば兵士の士気は落ち込み、逃げ腰にもなる。
アクネロは水樽を集めた給水所で水を飲むと、背後にセリスティアが立っているのに気付いた。
振り向くと彼女は口をへの字にして不満そうにしている。
「意外ね」
「何がだ?」
「一気に精鋭を集めて倒しに行くかと思ったもの」
「大軍に少人数で挑む気概を持った自殺志願者を探せってか?」
うぐ、とセリスティアはくぐごもってうめく。
自分がどれだけ残忍なことを言ったのか理解できたようだ。
「まぁ、そうね……ところで、どこに行くでもついてきたメイド二人はどこ行ってるの? まさかあの子たちだけ安全なところに逃がしたんじゃないでしょうね?」
「一人はちょっと反抗期でな。もう一人は育児の真っ最中だ。どちらも俺の可愛いメイドだが、ずっと俺と一緒じゃ疲れちまうだろうから、休ませねえとな」
「何を馬鹿な――んっ?」
近寄ってきた見知らぬ人影に気付いて、セリスティアはムッとした。
戦場の雰囲気を理解せず、場違いにも着飾った金髪の女が陣を堂々と歩いている。
夏物の涼しげなドレスは鎖骨と背中を露出しているせいか、動きに清楚さがなければ高級娼婦と見紛う。
陣営のなかでも、重鎮の居住地ともなっている中央部は衛兵で固められている。
将官の家族であるにしても、おかしい。女子供はとっくに逃がしているし。こんな艶やかなパーティードレスを着て歩くことなど不謹慎極まりない。
即座に捕縛されてもおかしくはなく、異常な光景だ。
なぜ、ここまで入ってこれるのか。
セリスティアが想像した邪推は、高官による分別のない行いだ。
英気を養うためとか世迷言をうたいながら、自分勝手な欲を満たす。
誰もが不安を押し隠し、自重しているというのに。
ドレスの女はぴたりと立ち止まると、これ見よがしにあちこちに視線を飛ばした。散々見て、もう知っている景色をわざと見るような演技。
それが気が済むと、何度も頷きながらアクネロと目線を見合わせた。
「いいパーティー会場だ」
「だろう? 素敵なサプライズでもある」
「ボクはここまで要求した覚えはないのだが、君がボクを驚かせることが好きなのは知っている。そういうところに、悪魔的な魅力を感じるよ」
とんっとスーツの胸もとに開いた手の平が当てられる。ぐりぐりと手の平が押し付けられ、口許をほころばせてひどく嬉しそうだ。
蚊帳の外に置かれ、面白くないセリスティアは小指を立てながら批判した。
「あんたのコレ? 連れてきてんじゃないわよ」
「コレっていうか……お前が恋い焦がれた相手でもあるぞ」
「はあ? 何言ってんのよ」
「こいつがリンネ・サウードスタッド皇太子殿下だ」
「……えっ?」
鳩が豆鉄砲食らったような顔となったセリスティアは、笑顔で片手をひらひらと振る美少女をマジマジと見つめた。
「嘘よ……殿下は……もっと……凛々しくて……でも、なんか、似てる。妹さんとか……ですよね?」
「正真正銘、ボクがリンネ・サウードスタッドだ。公務では男装しているし、オフでは女装している」
返答を受けて、セリスティアは顎が外れるかと疑うほど口をあんぐり開けた。
しかし諦めきれないのか、ちょいちょいっとアクネロの袖の裾をつかんで引き寄せ、極めて真剣な顔をしながらリンネを指差す。
「どっちなの?」
「帝国は男系のみ皇位を継ぐべしと法典に書かれている。皇帝陛下の実子は一人しかおらず、直々にリンネ・サウードスタッドを男子と宣言した。だから、臣民はこいつを男子として扱わねば、王命に逆らうことになるぞ」
「ちなみにアクネロは帝都で近衛騎士時代、公衆面前で男装したボクにキスしてゲイ疑惑をかけられたこともあったりするよ」
「誤解するな。皇帝陛下の血管を切れさせてみたかったんだ。しかめ面のジジイがブチ切れて倒れたときは最高に面白かったぜ。それで死んだらパーフェクトだったんだが」
「君の勇気には感服するよ。ボクはアレで君のことが凄く好きになった。男の姿をしたボクに口づけできる君は本当にイカレてると思ったし、ボクも君にイカレた」
「で、本当にどっちなんですか?」
どうしても確定情報の欲しいセリスティアは、疑心にまみれた赤瞳をリンネのくびれと微かにふくらんだ胸に向けていた。パットの可能性もあるし、くびれは努力すれば可能かもしれない。
男っぽい野卑な口調も引っかかる。
外見上は完璧に女だが希望が捨てきれない。
「しょうがないなぁ」
リンネは足先まで伸びたスカートのなかに後ろ手を入れ、ごそごそとまさぐりながら下着を降ろす。
そして、スカートの裾を握り締め、顔を逸らしながら大きく布地を真上に持っていく。
すぐにアクネロは顔を横に向けたが、セリスティアは股間部を凝視してクワッと顔を歪めた。
恥じらいのない御開帳を受けたセリスティアはよろよろとよろけ、やがてどさっと横向きに身を崩した。
拳をドンドンと大地にぶつけ、悔しそうに叩く。
涙を流し、キューっとハンカチを噛んだ。
「わっ、わっ、私の憧れの! 全国民の崇拝対象の! 麗しの王子様が! 薄汚いお姫様に!?」
「うわっ、酷い」
「俺はお前の方が酷いと思うよ」
謎解きが終わると、リンネは立ち振る舞いをきゃぴきゃぴとしたものに変化させ、ぶすっと頬をふくらませた。
「ええぇー……ボクだって大変なんだよ。告白だって女の子からだし、ダンスだって女の子の相手させられるし、この分じゃ結婚相手だって女の子になりそうなんだよ」
「素敵な未来だ。そうなったら俺は大爆笑できる」
「もう、まったく意地悪だな君は……さて、再会を喜ぶのはあとにして、パーティーの招かれざるお客様を排除しようか。以後はボクの作戦に従うように。いいかい?」
「イエス、
∞ ∞ ∞
「独立都市の主権者たちに告げるが、ボクは協力しない者に無理強いはするつもりはない。この地を支配していた先任者の意志を尊重するからだ。されど、この戦いは帝国にとって重要なものだと考えている。そして、我が国に敬意を払うか払わないかは、君ら次第でもある。選択は慎重にして欲しい」
テーブルに乗ったコンパクトな通信魔境。
連絡先にいる指導者たちは、それぞれ忠誠を誓う者ばかりになった。さすがの日和見主義者も本国の長に直接睨まれては立つ瀬がない。
元支配者のスルードから受け取った自治権も、その上の者ならば容易に剥奪させることができる。
呼びかけは柔らかでも暗示するものは激烈に重い。
――味方か敵か。
わからないのならば敵だ。
現皇帝の傲岸な意志は、わかりやすく周知されている。
男装姿へ戻り、肩幅を広げるマントを羽織ったリンネは続いて、自らの護衛だった軍艦に指令を飛ばした。
身を固めて防衛するよりも夜襲をかけよとの命令。
但し、本格的な実戦にならないように工夫して。
「殿下、フォルクスを風穴だらけにするのですか?」
セリスティアは砲弾で街を穴だらけにされる心配から、つい声をかけた。
「そんなつもりはないよ。貴族というのが儀礼的なものが好きでね。そのおかげで号砲用の火薬をたくさん持ってるし、道中余らせてしまったから、それを楽しく活用しようと思ってさ……アクネロ、念のため君も軍艦の護衛に向かってくれるかい?」
「わかった」
「ちょっと、ちょっと」
出入り口から出ていこうとしたアクネロの腕を、セリスティアは押さえた。
通路際で、内緒話だ。
口許に縦にした手を添える。
「大丈夫なの?」
「野郎が失敗したら俺が力技でなんとかしてやる。それに護るよりも攻めるってのも悪くねえ。俺はらしくもなく、自分の領地だからって慎重になり過ぎてたかもな」
「でも、こっちから仕掛けるなんて」
「不安か?」
「まあ、ね」
一歩、アクネロはセリスティアに歩み寄って頭を傾けた。
麗しい指導者の翳った顔を横から覗き込む。
「市長さんよぉ。やられたからって、びびって頭を丸めてるだけじゃ何も解決しないぜ。のこのこと人様の庭に踏み込んできた馬鹿どもをぶっ殺すのに、何一つ恐れる理由なんてないのさ」
∞ ∞ ∞
接収した大商家の豪邸を拠点としたレオーナは焦れていた。
執務室の革張りの座席に腰を掛け、リンネ・サウードスタッドの写真を片手に兵士が連れてきた男たちを検分するが、どこにも該当者はいない。
軍艦を強襲した際に奪い取ったのろまな人質たち――船上の貴族たちを竜の爪で誘拐できたが、尋問の結果、皇太子は既に街に飛び出したらしい。
占拠してから数日が経過した。
懸賞金もかけたし、そいつさえ渡せば軍を引き上げてやるとの甘言も弄した。
まだどこかに隠れている可能性はあるが、逃げ切った可能性も強まっている。
「なんで次期皇帝が護衛もつけずに遊び歩くのよ……」
ぺらっと人質名簿に目を通すと、それなりに価値のある人質たちではある。
帝国の重鎮や各地の諸侯も混じっているし、捕虜として抱えて引き上げても満足ゆくものだ。
これだけで返還金やかなりの面積の領土も奪い取れるだろう。
もくろみ通り、急所をひと当てした。
本国との通信魔境でも、敗軍を掃討した後に駐屯兵を置き、一時的に戻ってこいとの話が出てきている。
総力戦による全面戦争は誰も望んでいない。
被害規模が大きくなるし、それなりに軍費も消耗する。
勝ってる内に終わらせるのが、腕のいい外交でもある。
どちらかの破滅で終わるゲームをするほど、愚かにはなれない。
これは地方を奪うだけの――盤上にある一本の旗を取り合う戦争でしかないのだ。
「お茶です」
「ありがとう」
ミスリルが手慣れた動作でティーカップをことりと差し出した。
最大の功労者にして従者の顔もまた暗い。
積もる話をしようとしても、永遠と浮かない顔をしている。
「レオーナ様、お願いがございます」
「何?」
「アクネロ様をご助命して頂けませんでしょうか?」
「なんで?」
素っ気ない態度でレオーナは返したが、内心では穏やかではなかった。
ミスリルは両手を胸に当て、雲上人の主人へと震える声で嘆願した。
「あの人は……酷い人で、いい加減で、暴力的で、いやらしいことばかりしてる人だったのですが、どうしてか憎むことができず……私はあの人を裏切ったことを後悔してしまうのです」
「好きなの?」
すぅっと目を閉じてから。
静かに開眼すると哀愁を帯びた顔つきで、今度はしめやかに返答した。
「あの人は、私のために剣を捨ててくれたのです。どうして、私みたいな女一人のために地位も名誉も……何もかも思いのままになる力さえ持った人が、身を捨ててくれるでしょうか? 助けられたのなら、助けずにはいられないのです」
「騎士道精神があるのは知ってるわ。そうね……ひとつ聞いていい?」
「なんなりと」
「あいつと寝た?」
「いいえ」
瞑目してレオーナは考えてみた。
アクネロ・ファンバードにはやはり不思議な魅力というか――カリスマがある。
その行動には誰かを惹きつけるほどの力がある。
願っても得がたい天性の才能だ。
しかし。
「領主にはできないわね。馬鹿っぽいからうまく使おうかな、って思ってたけど騎士という立場でいいなら子飼いにしてあげてもいいわ」
「ありがとうございます」
前掛けを握りしめるミスリルの手が震えているのを目敏く見つけたレオーナは頬杖をつき、緊迫感を消してからかうように声をかけた。
「結局、好きなんでしょ?」
「少し」
「えぇー、少し?」
「少しです!」
両手拳を握ったり緩めたりするミスリルは、意地を張って訴えた。
レオーナからすれば、優秀な戦士を
ひとつ口惜しいのはレオーナが自分でやれなかったことだが、些細なことだ。
「疲れたし、あたし寝るわ」
「おやすみなさいませ」
威光を失わないように軽甲冑にしているが肩肘が張っている。
肩を波打たせると動きが鈍い。
やはり、疲労が溜まっている。
敵地だということで緊張感は消えないし、眠るための時間も必要だった。
――が。
「ん、何?」
最初に空気が張ったような感触があった。
きぃーんとした耳鳴りが走り、次に本格的なドーンドーンとした重い地鳴りが聞こえてきた。
砲声だと気付き、二階の窓から眼下に広がる夜海を確認する。
沖合に居た各船の船首灯の輝きが強くなっている。情報交換をしている証拠だ。逃げた海軍が近づいてきている。
攻撃のために。
「姫殿下!」
扉が開くと部下の竜騎士が血相を変えて部屋に飛び込んできた。着弾はまだ確認されていないが振動と破裂音だけが聞こえる。
「飛行に長けた二十騎で空から帆を焼きなさい。そうすれば海に浮かぶ大きなイカダになるから。決して低空飛行してはだめよ。片絃掃射の餌食になるから。船腹よりも上ならば、撃たれることは少ないわ」
「ハッ!」
夜戦は予期していなかった。
都市に駐屯させている陸軍の機動力は海上ではガタ落ちだ。
「戦いがお望みなのね。なかなか骨があって楽しいじゃない」
余裕たっぷりにつぶやいたが、数時間後に流れてきたニュースにレオーナは寝所から飛び起きることになった。
「申し訳ありません、全員撃墜されました……」
「は? なんで?」
暗闇のベッドで上半身を起こしたレオーナは我が耳を疑った。
竜騎士は決して弱くなどない。
通常なら百人の敵と一騎で戦っても勝利できる。
「雷撃です」
「雷撃? 高位の魔術師の雷撃でもそう簡単には竜騎士は落ちないでしょうが。竜騎士の魔抵抗を破れる雷撃なんてそうないわよ」
「それが……なぜか、帝国の主力……いえ、隠居したとも死んだとも噂される者が多数、戦場に居まして」
「どんな奴がいたの?」
聞いた名前は幼い頃に聞いた帝国発祥の英雄譚に登場する人物ばかりだった。
軍務における要職に就いていたが加齢によって勇退し、衰えたとされる者ばかりだったが。
『地を踊る雷鳴』ジョーサイド・アーツライト
『移動結界の魔術師』ディール・エズモンド
『白煙身』ヴァドリー・ミュミル
『折刀拳士』ガラキオ・バドッド
全員が七十過ぎの要介護一歩手前の老人であったが、帝国の領土拡大を押し上げた最上のパーティーにして古豪の四英雄でもある。
個々の能力は折り紙つきのだ。
「なんで、そんな奴らがこんな辺境に集まってるのよ!」
タオルケットを強く握り締め、ここにいない誰かを睨みながらの絶叫は誰にも届かず、後々の軍議で高官たちが並べた推測はどれも的外れな結果となったが。
四英雄は可愛い妖精さんとイチャイチャゴルフをしたくて、たまたま来ていたスケベジジイたちなどということは、幸か不幸かレオーナも最後まで知ることはなかった。
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