-3- 既得権益を取り戻せ!
外見に関してだけは、アクネロは礼装を着こなした一角の紳士である。
見た目麗しいメイドも二人連れている――もっとも、銀髪メイドの方は不安げで挙動不審であるが――ともあれ使用人を堂々と連れて歩けば、上流階級であることはまったく疑いはない。
とどつまり、大理石で建立された議事堂の敷地、市議会議員が集まるその場所に足を踏み入れたとしても、なんら違和感はない。
詰所の番兵は身分証を求めようかと手を中空にさまよわせ、一歩足を踏み出しかけたのだが、漂わせる堂々としたオーラに気後れして声をかけられなかった。
ちらり、とアクネロの議員バッチを確認して胸を撫で下ろすのみであり、いちいち数十名の市議会議員の面構えなど、一介の番兵が綿密に覚えているわけでもない。
「つまんね……石造りじゃねえか。燃やせねえな」
石段を上る最中。
横を歩いていたミスリルは、ぼそりと聞こえた主人のつぶやきに尋常ならざる狂気を感じてびくりとしたが、胸もとに手を添え、ふうと深呼吸して平静さを保つ。
議事堂は真円状。
一階建てではあるが面積はだだっ広い。
外壁はなく、屋根を支える飾り柱が規則正しくずらりと立ち並び、闘技場のような外観となっている。
議論の場であるにしても――人を怖れさせる建物だ。
正面玄関の立て看板に見取り図があった。
それぞれ内部には議員宿舎があてがわれていたが、あくまで建前上であり、丁寧に整備された前庭の洗濯場や給水所の井戸などは一切使われた様子はなく、蜘蛛の巣が張ってしまって生活感がない。
税金は無駄遣いするほど、余っていそうではある。
「集会所はこっちか」
間のよいことに、アクネロはぞろぞろと移動している集団を発見した。
それぞれが髪粉で流行の髪型をきっちり決め、燕尾服を着た紳士たちであった。
なかには少数ではあるが、ルージュの口紅とたっぷりの白粉で顔を作り物めいた形にし、立襟礼装の淑女の姿もある。
アクネロが集団の後方にはりつくと、紳士たちのなかの何人か後ろを振り向いて怪訝な顔で首をひねったが、表立ってとがめたりしなかった。
回廊を巡り、中心となるホールは床は下方から上方へ波状に広がっていた。
演説のための檀上を取り囲むように段差ができており、扇形の長机がそれぞれの席に宛がわれている。
議員たちはネームプレートで指定された席に座っていった。
会議を取り仕切る議長は、貫録のある中央奥の席に座り、二階の一般傍聴席には観衆の姿が確認できる。
議事堂ホールでひときわ目立ったのが、特別席に座る市長であった。
女性美を整える黒髪を滑らかに腰元まで伸ばしながらも、きりりとした顔立ちは他を寄せつけない圧迫感を漂わせ、針金の通ったかと思うような伸ばされた背筋は女だてらに勇ましい。
紅瞳は赤々として鋭く、肌の白さと相まって怜悧な印象を与えている。
髪の色と同じ暗めのブラウスの襟元は、ひらひらとした柔布が首筋から垂れ下がり、その下の男の欲望を刺激してくる大きめの双丘を上手に隠してくれている。
ヒダのあるクリーム色のフレアスカートは、くるぶしまでかかりそうなほど長く、下品にならないようにまとまっている。
掛け値なしの美人であり、いかにもやり手そうだ。
「あの、そこはボクの席……ぶはっ!」
遠慮がちに声をかけてきた若手議員にアクネロは振り向きもせず、裏拳を放って昏倒させた。
二人のメイドは席に座るのもためらいがあったので、主人の両脇やや後方に寄り添い、目立たぬように身を伏せてしゃがむ。
「では、時刻となりましたので……本日の議会に始めさせて頂きます。かねてから議題となっていました企業誘致につきまして、特別地区の規制緩和の……」
贅肉がつきすぎて頬肉がたるんだ議長がのろのろと進行を始めたが、アクネロは開始五秒で不機嫌になり、退屈そうな顔つきで大きく挙手した。
「はっ? 質疑応答の時間はまだですが?」
不作法に周囲から失笑が漏れたが、アクネロは気にせずにすくっと立ち上がると居合わせた議員たちを見回し、底冷えする声で恫喝した。
「全員、殺すぞ」
しんっ、と死んだような静寂が場を包んだ。
声音には恐ろしくえぐみがあり、よく通る恫喝でもあったせいだ。
「では自己紹介させて頂こう。俺はアクネロ・ファンバード。このファンバード地方の領主にして地方伯。貴様ら雑種犬どもの飼い主だ。俺は今、控えめに言ってとても怒っている。なぜかわかるか?」
問いかけるように間を置き、顔、顔、顔を見て回る。
はぁーっ、とこれ見よがしな呼吸を一つ。
「仮にもお前らを庇護していた先代領主、まあ俺の父上なのだが。くたばったときに誰も弔問に来なかったからだ。俺はこれからお前らを弾圧して身ぐるみ剥がしてやるつもりだけど、自業自得だと思えよ」
「お坊ちゃま、先ほど申し上げました通りスルード様の逝去はまだ公報に載ってませんし、どなたにも手紙も送ってないので誰も知りようがありませんよ」
斜め後ろから聞こえてきたひそひそ声にアクネロはぴたりと顔を固めた。
その後でごほん、と咳払いして続ける。
「第六感的なものでお前らは父上の死を察するべきだった。そう、超能力的なものがないのが悪い。まあいいや、とりあえず適当に難癖つけて財産をむしり取りたいってのが本音だ。幾つかの強硬手段を選択するつもりだし、流血もやむをえないと思ってる。俺は俺に逆らう奴が、この世で呼吸をしてることが許せないタイプなんだ」
「よろしいでしょうかファンバード伯」
まさしく鈴の音のような可憐な声が響いた。
席を立ち、スカートを摘まみながらの淑女の挨拶は堂が入っている。
「お父上様には大変お世話になりました。ファルクス市長を務めさせて頂いております、セレスティア・ミストレスと申します。以後お見知りおきを。我々一同としましても今しがたの知らせに衝撃を受け、ただ茫然とするばかりでございます。しかるのち――」
「いーんだよ。御託はよ。俺が欲しいのは金だ。わかるかカラス頭。俺は貴様らの大好きなお貴族様として、正しく搾取しに足を運んだわけだ。俺の与える傲慢や理不尽に耐え忍び、泥水をすする醜態を見せろ」
口調からは加虐心を隠さず、座席から離れ、ゆっくりとした足取りで檀上へと向かう。
スローテンポでわざとらしく階段を下り、好奇と敵意の視線を一身に集めて。
セリスティアも呼応するように席から離れ、すぐ傍の檀上へと足を運ぶ。
これが芝居であるのならば舌戦決闘の局面である。
両者とも対峙する場所を弁えていた。
舞台の真ん中を境界線として向かい合う。
ビリビリと電流じみた視線が交錯し、お互いの値踏みが終わった後、機先を制したのはセリスティアの方だった。
「生活苦による支援がご希望でございましたのなら、それ相応の対応をさせて頂きますわ」
「金には困っているが、支援ってのは希望しないな。俺は奪い取りたいんだ。金だけじゃ嫌なんだ。お前らが苦しむ顔が見たい。涙を流し、怒りに震えて欲しいんだ」
切望するような涼やかな眼差しと訴えに、セレスティアの腹部に組んでいた両手の指先がぶるりと波打った。
貴族のなかには狂った人種はいるものだが、こうまで自分に正直であからさまな者はいない。
まるで敵を作りたがっているようだ。
そういう者は得てして破滅願望の持ち主であるか――あるいは、プレッシャーをかけて人の能力を測りつつ、味方を選定しているか。
「なぜ……そこまで我々に敵愾心を抱くのでしょうか。失礼がありましたのなら誠心誠意お詫びいたしますが」
「第一に、この土地の支配者は二人もいらないからだな。第二に、俺はお前にケツを舐めさせたいし、その澄ました顔を涙にまみれさせてみたい」
「高貴な領主様のお口になさることとは思えませんわ。それがたとえ、口先だけの威圧のためだとしても」
セリスティアは口許に微笑を浮かべていたが、目は少しも笑っていなかった。
無礼極まりない言動を受け、腹に据えかねている。
その反応がよほどアクネロは嬉しかったのか、にたりと歪んだ笑みを浮かべた。
「そうだなぁ……今すぐ金を出すのが難しいのなら、お前が俺のモノになれや。死ぬほど可愛がってやるからよ。アァーハッハッハッハッーーーーーハァッ!?」
パシンッ!
と強烈な平手打ちがアクネロの頬を襲った。
顔が横向きに折れ曲がり、彼はふらりとよろけた。一気に頬に赤みが差し、
あまりのシュールさに観衆から忍び笑いが巻き起こった。
「よろしいでしょう。いくら貴族様とはいえ、私は立ち向かいます。このような失礼は到底許し難く思います」
「あぁ? 失礼だぁ? 失礼ってのはなぁー……こういうもんなんだよぉ!」
「へっ……きゃ、きゃああああああああ!?」
アクネロの動きは素早かった。
訓練された足運びによってすぐさまセリスティアの死角へと回り込み、後ろから乳房を揉みしだきにかかった。
衣服越しにぐにゃりと埋没していく指と変形する乳肉。不意を突いてやりたい放題である。
乳房を揉まれたセレスティアの頬は瞬時に桜色に染まりきり、耳たぶまでも赤くなった。
「ひゃああああ!? ちょっ、ちょっと待ってえええええええッ!」
衆人環視での蛮行である。
一切の遠慮もなく、後ろから身体を密着させてひらすらに指を埋没させる。
あまつさえ腰を擦り付け、尻までも婉曲に触られている。
やられているセリスティアの方はたまったものでもなく、動揺のし過ぎでパニックを起こしていた。
「やわらけえええええええええええええ! いぇぇええええいいいいいッ!」
「ふぁあっ! はああぁぁぁぁぁ……いやぁ、や、やめてぇ」
宣告通り、涙すら滲ませながらの懇願にアクネロはぴたりと手を止めた。
急所をつかんだかのように両手は二つの果実に回したままであるが。
「あぁん? もっとちゃんと言えよ」
「やっ、やめてください」
「だめ」
「えっ?」
涙眼になりながらも、終わりを望んだセレスティアは人間の形をした悪魔が笑っているのを見つけた。
「途中で止めるとかよくねえ。この都市を治める野郎がどの程度か確かめてやろうと思ってたんだが、まあなんかそういうの、どうでもよくなってきた」
「えっ?」
「よっしゃあああああああああああ!」
「うきゃあああああああああああ!」
ビリビリッと、布地を裂く無残な音が檀上に響く。
力任せにブラウスを破られ、スカートすらも脱がされたセレスティアは白磁のような肌をあますことなく、晒しあげた。
衣服の隙間から乳房を包むブラを覗かせ、下半身はガーターベルトと下着までが大きく披露される。
上と下は黒で統一されており、清楚さを裏切る紐付きのセクシーな代物だ。
肉感のある肢体の出現に群衆の一部が半身を乗り出した。
「ぉお」と感嘆の声までもが漏れ、男たちは生唾を飲んで目を凝らし、貴婦人たちは扇子で口許を覆いながらも、自分よりも上の立場である市長の痴態にうっすらと笑みを浮かべる。
アクネロはセレスティアを押し倒すと覆いかぶさり、首筋をべろりと舐めあげた。
いやいやとしながらも目をきつく閉じ、刺激に耐えるように長い睫毛を震わせる。
羞恥のなかに戸惑うような未知の情動が混じっているのに彼女は困惑していた。
二十歳にして市長まで昇りつめた才女であるセレスティアはプライドが高く、男性と交際した経験がなかった。
予期しない乱行に抵抗しようにも身体に力が入らず、口をもごもごさせて瞳を潤ませて見つめ返し、未だに相手の憐情を期待したが、劣情を呼ぶだけで逆効果であった。
「じゃあよぉー、末永い付き合いをしようぜ市長様よぉお!」
「おっ、お願いッ……やめてぇええ!」
きゅっとしたくびれにかかった紐パンの結び目に指でちょんと摘まみ取り、紐解いていく。
そうしてセレスティアという可憐な花はポトリと落ちる――そうした絶望が蔓延したとき。
「失礼致します、お坊ちゃま」
ズコンッとアクネロの側頭部につま先蹴りが突き刺さった。
ルルシーの手加減のない蹴撃は見事にめり込み、脳震盪を起こしかけたアクネロは痛みを実感するなりゴロゴロと床に転がり、のた打ちながら非難を口にした。
「うごぉおおお! 俺の頭蓋骨がぁ!? な、何すんだてめぇええええええええええ!?」
「申し訳ありません。嫉妬でございます」
「嫉妬ぉおおおおおお!? 仮に嫉妬したとしても主人の頭に容赦なく蹴りを入れる使用人がどこにいるんだよぉ! 俺の愉快なショータイムと熱くたぎった情熱が完全におしゃかになっちまっただろうがぁッ!」
「情熱の方でしたら私がお相手します」
「お前なんか俺に厳しいから、嫌なんだよぉっ! ちょ、やめろ! 追撃を加えてくるんじゃねーよっ! 股間はやめろっ! そこを潰されたら大変なことになるだろうが! あぁっ、踏むな! 踏むんじゃねーよっ!」
ミスリルは拾い集めた服と、自身のエプロンの前掛けをしゃがんですすり泣くセレスティアに被せた。
未だに送られてくる議員たちの粘っこい視線から、彼女の裸身を隠すためである。
手の甲で目許を擦る彼女はしゃくりあげながら「潰す……絶対ちゅぶしてやるぅ」と恨み言をつぶやいていた。
トラウマを植え付けられつつも、闘志だけは煮えたぎっている。
かくしてフォルクス市議会は騒乱に巻き込まれたまま終焉を迎えたが。
後日、ファンバード邸に一通。セレスティアからの個人的な感情の混じった憎悪の手紙と提案書が送られてくることになる。
争いの種は芽吹き、ツルはどこまでも天空へと伸びゆき、血のように赤い花を咲かす日も遠くはない。
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