水槽の街

あふたーのーと

epilogue

 からり、からりと車輪が回る。窓側の座席に腰かけて、ひとりその音を聞いていた。

 これで聞き納めだと思えば飽きもこない。


 もうすぐたどり着くのは、無音の世界だ。

 音だけではない。色も光も、匂いも味も、何もない世界へと俺は行く。それがきっと、最適解だと思うから。


 全てはあの日、政府が俺たちを「ヒトではないもの」と定義した瞬間に始まった。

 脳裏に機械を埋め込まれ、不必要な能力を押し付けられて。最後には、人としての権利すら失った。[能力者]なんて名前で呼ばれるのも、いつ破裂するかわからない爆弾を脳に抱えて生きるのも、自分で選んだ結果じゃない。

「全て奪われたのだ」と少女は嘆いた。

「この街は終着点だ」と青年は言う。

「許せはしない」とあの人は呪って。

「どうしてこうなったのだろう」と問うたのは、さて、誰だったか。


 そして、そんな緩やかな地獄はようやく終わりの日を迎える。

 自分で選んだ今の中で生きていける。

 不確定な未来を目指して歩いていける。

 そんな世界まで、あと少し。


 後は手を伸ばすだけでいい。


 そこに奇跡は存在する。

 シナリオのない物語が手に入る。


 俺は窓の縁に肘をついて、ぼんやりと外を眺めていた。昨夜から続いていた雨はいつの間にか上がっている。作り物じみた青い空をかける空想列車。乗客は俺一人だけ。

 これから起こることは、誰も知らない。

 それはそれで悪くないだろう。


 ふわりと眠気に襲われて、小さく欠伸を漏らす。窓ガラスに頭を預けて、俺は逆らうことなく両目を伏せた。目が醒めるころには、きっと何もかもが終わっているだろう。


 遠のいていく意識の中で、思い出す。

 いつの日か、未来視の少女はこれから起こる奇跡をこう呼んだ。


「ハロー・ワールド」と。

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