ラスボスをやめた魔王がいる生活

巻崎 ジュン

CHAPTER 1 ラスボス引退、そして、居候の始まり

1-<1>

 最後のボスである魔王が住む城へ乗り込んだ、少年と少女。二人の前に立ちはだかった数々の雑魚敵を次々と蹴散らし、ついに、魔王がいると思われる大広間の入口へと辿たどり着いた。

 入口の前には、先ほどまでラスボスと戦っていたと思われる冒険者たちがいる。だが、全員横たわっていた。おそらく、負けてしまったのだろう。

 このゲーム――MMORPG[エリクシオン・サーガ]のラスボスである魔王は難攻不落と呼ばれていて、これまで倒せたプレイヤーは誰一人としていない。プレイヤーたちが強力な武器や防具を揃えたり、強力な魔法を習得したりして、対策を施しているのにもかかわらず、だ。

 つまり、この少年と少女は、難攻不落と呼ばれるラスボスの魔王に、立ち向かうというわけだが、当然この二人も、ラスボスに向けて入念の対策をした。個々のパラメータをカンストさせただけでなく、地道に蓄えた貯金をすべて使って強力な武器や防具を買い、さらには錬金術でいろんな効果を付け、自分たちをより一層強化させた。これで魔王が倒せれば、二人は初めて、勇者と認められることになる。

「行くよ、怜花れいか

「うん、お兄ちゃん!」

 怜花と呼ばれた少女は返事をして、ドアノブに手をかける。

「せぇの!!」

 少年の掛け声で、一緒にドアを開け、大広間に入った。

 たかぶる緊張感をなんとか抑え、敷かれた赤いカーペットに足を踏み入れ、部屋の中を進む少女――怜花と、その兄。

 ところが――、

「……えっ?」

「……は?」

 奥にある玉座に座る、ラスボスである魔王の姿を初めて見て、二人は唖然としてしまった。

 頭には二本の角が生えているが、顔つきが清楚で、背中までかかった長い金髪に、大きな二つの膨らみ。それをバニースーツと思しき服と、黒の網タイツで包んだ美少女だった。

「こ、こいつが、ラスボス……?」

 怜花の兄である少年――大前おおまえはるは、想像していたものとのかなりの違いに、戸惑いを隠せなかった。こんな美少女魔王を相手に、勇者を目指した冒険者たちはことごとく敗れてしまったというのか。

「あなたが……本当に魔王様なの?」

 怜花が恐る恐る訊いた。

「いかにも。わらわの名はリスティア。この世界の支配を企む魔王だ」

 ラスボスの美少女魔王が名乗る。

「ほぅ。またわらわに挑もうとする者が現れたとはな。これで何組目か。四人でかかってきたってわらわを倒せず、屈服したというのに……。そなたらは愚かよのぉ」

 ラスボスの魔王――リスティアが鼻で笑った。

 晴哉も負けずに言い返す。

「悪いけど、俺たちは、これまであんたが戦ってきた相手とは一味違うと思うぞ! 俺たちはあんたを絶対倒してやる!」

「そうか。その威勢の良さは生かせられるといいがな。だがわらわも初めから本気で行かせてもらうからな! 覚悟してかかってくるがいい! ハァーッ!」

 リスティアは玉座から立ち上がると、美少女とは思えない低いうなり声を上げた。少女の身体が光り、姿形が変化する。髪の色は変わっていないが、全身にうろこが付き、大蛇たいじゃのような姿に変わった。

「きゃあっ!」

 怜花は身を震わせながら叫んだ。実は蛇が大の苦手だ。

「大丈夫だよ、怜花。お兄ちゃんが付いてるからな」

「う、うん……」

 晴哉は腰に下げた鞘から剣を取り出し、身構える。怜花もそれにならった。

「いくぞ! 魔王!」

「全力でかかってくるが良い!」

 最後の戦いの火蓋が、切って落とされた。


 実際に戦ってみると、本当に強い。四人がかりでかかっても、勝てないのがわかる――。

 リスティアの行動にはバリエーションが富んでいた。指先を刀に変形させて切りつける、炎や冷気を吐き出すという攻撃を組み合わせたり、自身の攻撃力と防御力の上昇させたり、また、HPヒットポイントを回復する魔力を使ったりしてきた。

 怜花には、剣を扱えるだけでなく、リスティアと同じく、パーティの攻撃力や防御力、回避力を上げたり、HPを回復したりできる魔法を扱える。冒険者の中では数少ない『二刀流プレイヤー』だ。しかし、リスティアはその行動を暫くの時間封印するといった能力――いわゆる、プレイヤーの行動の金縛りも使ってきた。本当に厄介な相手であることがうかがい知れた。

 だが、晴哉と怜花は決して諦めなかった。怜花の魔力を封じられたとしても、それはほんの一、二分にすぎないことだろう。他の冒険者から、このラスボスに対する情報も大量に仕入れ、入念の対策を行ってきたのだから、今は劣勢でも、絶対に跳ね返す。

 金縛りが解けられた怜花は、残り少なかったHPを大幅に回復する魔法を使い、なんとか戦えるまでに回復させた。さらに、味方の攻撃力と防御力、回避力を大幅に上昇する魔法も使った。普通ならMPマジックポイントが残り少なくなってしまうものだが、怜花のMPはチート級に多い。

 攻撃力と防御力、さらには回避力も上がったことで、二人が魔王に与えるダメージ量もかなり上昇したし、魔王の攻撃もかわしやすくなった。また、攻撃を避け切れなかったとしても、受けるダメージ量も大幅に減少した。

 だからといって、ラスボスも簡単に終わらせてはくれない。自身の攻撃力と防御力を上昇させる魔力が切れると、再びそれを使った。また、回復魔力を使い、受けたダメージを回復させた。

 まさに、晴哉たちとラスボスは、拮抗した戦いぶりを演じていた。

「ほぅ、なかなかやるではないか。これまで戦ってきた中では一番面白いぞ。もっとわらわを楽しませてくれ!」

「言われなくても!」

「わたしたちは全力で戦うわ!」

 二人は剣を構え直し、魔王に襲いかかった。魔王は防御力を上げていたので、与えるダメージは少し減少しているものの、二人も攻撃力を大幅に上げているおかげで、HPを大きく削れた。

 リスティアも負けずに刀に変形させた指で二人に斬りかかる。晴哉はそれを回避できなかったが、防具の防御力と怜花の魔力のおかげで、大幅なダメージは免れた。

 リスティアの行動はさらに続く。今度は冷気を纏った息を――床に向けて吐き出してきた。

 フィールドの床は凍りつけになり、晴哉と怜花が立っている足元を不安定にさせる。

「くそっ! こんな使い方があったとは!」

「くくく、わらわがこういう使い方をするのは、実がそなたらが初めてなのだ」

「なんですって!?」

 ラスボスの予想外の行動に、晴哉と怜花は大きく目を見開いた。剣を構えて攻撃に転じようとするが、氷の床で滑ってしまい、体勢を立てられない。

 そうしているうちに味方の上昇魔法の効果が切れてしまい、リスティアの刀の攻撃を躱せず、二人まとめてダメージを受けた。

 怜花は金縛りを受ける前にもう一度回復魔法を使い、晴哉と自分のHPを回復させた。だが、床の氷が張ったままでは、攻撃が不可能だ。拮抗した戦いだと思っていたが、再び劣勢に立たされた。

 床の氷が解けるのを、待つしかないのか。

 だが、チャンスが訪れた。

 魔王が炎の息を吐き出した。二人はダメージを受けたが、床に張られた氷が一瞬にして解けた。

「しまった!」

「サンキュー、魔王!」

 怜花は再び上昇魔法を使って、二人の攻撃力などを大幅に上げた。

 そして、剣を構え、二人同時に斬りかかった。

「ぬわっ!」

 魔王のHPをあと一撃のところまで大きく減らす。

「とどめだぁっ!!」

 晴哉の剣が電気を帯びたように、バチバチと鳴りながら光り出す。

電光斬プラズマ・スラッシュ!!」

 リスティアが回復魔力を使おうとしたが、それよりも僅かに早く、晴哉が電気を帯びた剣を大きく振り、ラスボスの懐へと刺した。

「ぐわああああぁぁぁぁっ!!」

 リスティアは大きな唸り声を上げながら、その場で倒れ込んだ。HPはなくなり、ゼロになった。

「やったああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 勝利を確信した怜花が、大きな声を上げながら、ぴょんぴょんと跳ね上がり、喜びを爆発させた。

「勝ったぞ、怜花!!」

「やったね! お兄ちゃん!!」

 二人はハイタッチを交わした。

「これでわたしたちは、初めて勇者になれるんだね!」

「そういうことだな」

「――ま、待つのだ……」

「え?」

 魔王のかすれた声に、晴哉と怜花は同時に振り向いた。その姿は大蛇から、いつの間にか少女の姿に戻っていた。

 リスティアは仰向けになったまま、二人に言う。

「そなたらの力は、実に見事なものだった……。わらわが苦戦を強いられたのは幾度もあったが、まさかこれまでとは思ってもいなかった」

「お前の方こそ、本当に最強の魔王なんだなって、つくづく感じさせられたよ」

「うんうん! それなのに、初めて魔王様を倒せたのがわたしたちなんて、びっくり!」

 怜花がにこやかな笑みを浮かべた。

「それにしても不思議だのぅ」

「何が不思議なんだ?」

「そなたらに初めて敗れたというのに、わらわの中でなんだか清々すがすがしい気分がしたのだ。それだけではない。わらわにとっては、これがもう潮時な感じがしたのだよ」

「潮時?」

「ど、どういうことなの、魔王様?」

 晴哉と怜花が同時に首をかしげると、リスティアの口から、魔王とは思えぬ言葉が飛び出した。


「わらわはのぅ、このゲームのラスボスという立場から、退


 二人の兄妹は思わず固まってしまった。なんと言い返せばいいのか、言葉が見つからない。

 しばらくして、晴哉が口を開いた。

「リスティア、お前マジで言ってんのか?」

「わらわは本気じゃ。嘘など吐かん」

「じゃあ、お前はラスボスを辞めた後、どこでどんな生活をするつもりなんだ?」

 晴哉が訊くと、リスティアから再び信じられない一言が出る。


「そなたらの住む世界で、のんびりと暮らしてみたいのだ」


 またしても、二人は何も言えなかった。

 しばらく考えた後で、今度は怜花が口を開いた。

「魔王様、わたしたちの住む世界で暮らしたいというのはわかったよ。でもさ、家がないじゃん? どうするの?」

「そうだのぅ。そこをどうするかなんだが……」

「ねぇ、お兄ちゃん。わたし、一つ思いついたことがあるんだけど……」

「なんだ?」

 怜花は一つ呼吸を置いてから、自分のアイデアを披露した。


「わたしたちの家に、一緒に住まない?」


「ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 怜花の衝撃的な提案に、晴哉の思考がパニックになりそうになった。

「魔王と一緒に生活!? 嘘だろ!?」

「わたしだって本気だよ? だって可哀想じゃん? 魔王様に住む家がないなんて……」

「そりゃそうだけどさぁ……」

「だからね、魔王様、一緒に暮らそうよ!」

「良いのか? わらわが、そなたの家とやらで暮らしても……?」

「良いに決まってるでしょ!」

 怜花は目を輝かせて言った。

「そなたらは、ハルヤとレイカ……だったな?」 

 リスティアが身体を起こして、二人の名前を呼んだ。

「あぁ……はい」

 少し間抜けな返事が出た晴哉。

「これから二人には世話になるな。どうかよろしく頼む」

「よろしくね、魔王様!」

「あぁ……まぁ、よろしく」

 怜花の表情が明るいのに対し、晴哉のそれは少し複雑だった。なぜなら、内心は魔王が一緒に住むというのは歓迎なのだが、実は家族の中に一人だけ、反対しそうな人がいるかもしれないと考え、不安にもなっていたのだ。

「どうしたの、お兄ちゃん? なんか浮かない顔してるけど」

「あっ、いやぁ……なんでもないよ」

 怜花に顔を覗かれ、晴哉は無理やり笑顔を作った。

 それから、晴哉たちが見ている光景は、魔王の部屋からエンドロールに変化した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る