私小説

 良く、なまくら刀だと言われる。本当は全て解っているのではないか? とも言われる。

 僕は、そんな時いつでも「なるほど、そうかも知れないな」と答えて惚ける。真実は見ないに限る。限定の商品に弱いのは日本人の性だ。手に取りマジマジと確認すれば直ぐに興味を失う癖に、手にする事の出来ないものには強烈な執着心を向ける。弄ぶことに罪悪感など持たない。ペットショップで新種の猫を買い、飽きれば仔犬を欲しがる。当然だ。提供されるものには価格がついている。それがその個体の対価であり全てだ。それでも。僕が自分のこの感覚に価値をつけた事はない。


「なんだよ。マジマジと見詰めるなよ。気持ち悪いな。俺に惚れてんの? ごめん。男は無理だわ。女の子。総務の美憂ちゃんクラスの女の子なら良いけど……」

 ビールジョッキを握る腕を、僕の目の前のまで差し出して同期の吉川が喋り続ける。小さなプロジェクトの打ち上げ。担当者は吉川で、他の数人はサポートとして参加した。小さな案件は、見える数字こそ小さいが会社に残せる内容としては濃いものがある。着実に評価を上げるためには数をこなしておきたい。数をこなす為に根回しが必要だ。何かにつけて飲める機会を作るフットワークの軽さと、経理への配慮も必要だ。そして、人懐っこい吉川はそれを上手くこなしている。突然に無理難題を押し付けられても、決して嫌いになれない良い奴だ。僕は喋り続ける吉川の顔を見詰めて言葉の一つ一つに頷く。いや、正確には吉川の左後ろを見詰めている。そして、どの人間も左後ろにだけ彼らを憑ける事に疑問を抱く。利き手の問題であれば確率的に右後ろにも遭遇することもある筈だが、僕は今まで一度も右後ろのそれを見たことは無い。





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