空のむこう

 射し込む無色透明の陽光がシステム手帳の上で濃厚な白になり反射する。ボールペンで書いた黒い筈の文字を白く浮き消していく。「白が黒で、表が裏」いつか観た映画の台詞を思い出す。有名な俳優が投げたコインはテーブルの上で回り続けていた。

「残り、六十萬か……」

 木戸駿一は呻くように呟いてシステム手帳を閉じた。軽く伸びをした後、運転席を少しだけ倒して深呼吸する。坂道の途中に路駐させた営業車のフロントガラス越しに純白の巨大な入道雲と透き通る青い空が窮屈そうに収まっている。視線を振ると、海から吹いてくる湿度の高い風が路肩の草木をゆっくり揺らしていた。

「ふざけんなって」

 強制的に割り当てられた今月の数字は到底達成出来そうにもない。木戸は車を降りると坂道を下った。駐車場もない住宅密集地。計画も無く建て散らかした古い区画は再建築の許可も出ない。築五十年以上の朽ちた外壁が並ぶ。それを横目で眺めながらゆっくりと細い路地を歩く。

 下調べはしてあった。緑の瓦が妙に目を引いた二階建ての住宅。二日前に立ち寄った時に外周を、昨日は庭先まで、そして今日はインターフォンを押してみる。

「はーーい」

 気の抜けた女の声が直ぐに帰って来た。声から感じるのは木戸の予想よりもかなり若い。

「糸田消火器販売店です。消防と連携して個人宅に設置すべき消火器の数量調査をしています。こちらは、どこの消火器を設置していますか?」

 一気に言ってから息を吸い込んだ。インターフォン越しの沈黙が困惑を示している。上々の感触。木戸は充分に間を置いてから続けてた。

「もしかして……設置していない……とか? ですか?」

 見詰めているインターフォンの霞んだ白が奇妙に浮き上がって見える。木戸は、自分を撮影している筈のカメラに向けて驚愕の表情を浮かべて、次に困惑して見せる。そして心の中で、ドアを開けろと繰り返し念じる。

「少し待って……」

 通話が切られて玄関に人の気配が近付いてくる。木戸は俯いて微笑んだ。




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