強いモアイ

 イースター島のモアイはまだまだ現役であった。


「へいらっしゃい!!」


 モアイは内地の売店で飯を買う。売店おばちゃんが元気な挨拶をする。イースター島の売店にはイースター島ラーメンが売っている。


「あばば、あばばばば、あばばばばば。」


 モアイはモアイ語を話す。何を言っているかは誰にもわからない。言語を介した人間との意思疎通は不可能だ。その上でかい。そして硬い。恐ろしい客だ。勿論、前任の売店おばちゃんはモアイに撲殺されている。その前も、その前のおばちゃんもだ。


「あばばあばばばばあばあばばばばば。」


 モアイはよくわからない音を発している。不気味だ。


「なになに?よくわからないよあんた。」


 売店おばちゃんは強気だ。しかし、内心は震えている。モアイは繊細な感情の持ち主だ。売店おばちゃんが自分に恐れを抱いていると感じた時、ショックで悲しみが溢れそして対象を撲殺する。石の硬い拳で頭からパーンッ!!前任の売店おばちゃんも、その前任の売店おばちゃんもその前任の売店おばちゃんも発見された時は頭がまるでスイカのように破壊されていたのだ。現役おばちゃんもその惨状を見た一人だった。まだ若かった現役おばちゃんはあまりのショックで失禁してしまうほどだった。そしてその尿から薬物が検出された。まあそれはでっち上げだったのだが、そのせいでなんの変哲もない少女は次代の売店おばちゃんとなることが決定されてしまったのだ。忘れもしないあの日。


「村のみんな集まってくれー。知らせたいことがある。」


 町長が言った。なんだなんだなんだなんだと、街のみんなが集まってゆく。売店おばちゃんもその一人だった。


「ええと、残念だがこの中に法を破って大麻を使っていた人物がいる。彼女だ。」


 町長は若かりし頃の売店おばちゃんを指さした。


「ええっ。」


「えええっ、まさかあの子がっ!!」


「ショックっ!!」


「えっ、、、待ってください。そんな.....。私薬物なんてやってません。待ってください.....待ってください....。」


「いいや、ここに証拠がある。これだ!!」


 ババーンッ!!


 手には、『陽性』と大きく書かれた紙が。


「先日モアイを見た時失禁していただろう。その時の尿を採取し検査させてもらったのだ。罰として君には売店おばちゃんをやってもらう。」


 若かりし頃の売店おばちゃんは号泣した。事実、大麻をやったことなどなかった。これは冤罪だった。町長がでっち上げた罪。誰も売店おばちゃんなんてやりたがらないから。街のみんなも知っていたはずだ。町長がでっち上げた嘘だということは。みんな気づかないふりをしていた。売店おばちゃんに売店おばちゃんの仕事を押し付けるためだった。


「あばっあばばばばばあばば。」


 身長の倍もあるモアイの不気味な目が売店おばちゃんに刺さる。意思を持っているのかわからない、爬虫類のような、機械のようなモアイの目。この目を見るたびにおばちゃんは背筋を凍らせていた。勿論、表に出さないが。


「なにぃ〜、どうしたのお?なにたべたいのお?」


 モアイとは赤ちゃんに接するように交流しろ。これが村の鉄則であった。モアイはこの島の守り神。島の外敵から私たちを守ってくれる。その代わり人間は売店を営業しモアイを満たさなければいけない。幼い頃から村の住人達はそう教えられてきた。


「あばばばばば。あばーばー。」


 イースター島ラーメンを差し出してくるモアイ。これが食べたいようだ。


「なあに、これでいいの?」


「あばば、あばばばば。」


 売店おばちゃんは震える心と裏腹に笑顔でお湯をイースター島ラーメンに注ぐ。とくとくとく、とくとくとくとく。モアイからは気味の悪い視線が注がれている。


「はい、どうぞ。」


「あばばば、あばばばばばばば。」


 そういうとモアイは後ろを振り向き外へ歩いてゆく。ヨチヨチヨチヨチ。ヨチヨチヨチヨチ。


 ふうっ、今日は終わりだ。力を抜く売店おばちゃん。へなへなと床にしゃがみ込む。まあこれでも大分慣れた方だ。この仕事を始めた時なんて終わった瞬間に失禁していたのだから。それと比べたら慣れたものだ。売店おばちゃんを初めてから10年、まだ死なないで生きていられている。


 束の間の安心を終え朝が来る。朝7:00からレジに入る売店おばさん。お疲れ様です本当に。


 ウィーン


 早速モアイがやってくる。緊張が走る。


「へいらっしゃい〜!!」


 いつものように緊張を微塵も感じさせない元気な挨拶。死んだ目で店内をうろつくモアイ。チッチッチッチッ、進む時計。


 ピタッ


 モアイの動きが止まる。いつものようにイースター島ラーメンの前で。


 パッ


 コロンッ!!


 掴み損ねたモアイ。床に落ちるイースター島ラーメン。


「あばばばばばばあばばばばばば。」


 モアイは手を広げあばばばと慌てている。その様子を見つめる売店おばちゃん。


「あばばばばばばあばばばばばば。」


 売店おばちゃんは奇妙な感覚を覚えていた。可愛い、モアイ、可愛い。これは偽りの感情ではなく、心からそう感じていたのだ。なんだろう。毎日接して愛着が湧いたのだろうか。あの恐ろしかったモアイが.....。取り敢えず拾ってやらなければいけない。


「何、落としちゃったの?」


「あば、あばばばば、あばば。」


「はいっ。」


「あばあっ。」


 ああ、可愛い。昨日は気持ち悪かったあの目もよく見たら可愛いではないか。モアイはイースタン島ラーメンを手に外へ出て行った。可愛い....可愛い....。昨日までの恐怖は先入観から来るものだったのかもしれない。先代売店おばちゃんを代々撲殺してきたモアイという情報ばかりが頭を一杯にしていたのだ。確かにモアイが先代売店おばちゃんを撲殺してきたのは事実だ。しかしそれとは別に、モアイは可愛い。可愛いのだ。


 次の日も次の日もモアイは可愛かった。よちよち歩きで本当に赤ちゃんのようだった。


「あばあばば、あばばばば、あばああばあ。」


 何を言っているかわからないが、なんとなく通じてきた気もする。なんとなくだけど、なんとなく分かって来た気がするのだ。うん、うん。


「あば、あばばばば。」


 ああ、可愛らしい。可愛らしい。そんな風に売店おばちゃんはモアイとの交流を深めて行った。日を追うごとに心が近づいて行った。歴代売店おばちゃんの中で唯一モアイと心の底から通じ合ったおばちゃん。これはもう、確かな事実だったのだ....。


 しかし、平凡な日常というのはそう長くは続かない。ある日のこと。


「おいー!!奴らが攻めてきたぞー!!」


 そう、島に外敵が攻めてきたのだ。視界に映る海一面が敵の軍勢に埋め尽くされている...。数多の黒い軍艦が雷雲のように海に浮かんでいる。


「キャーキャー!!」


「大変だー!!大変だー!!」


 逃げ惑う人々。その時、


 チュドーーーーーンッ!!


 レーザー中のような音とともに、外敵が飛び散った。そう、モアイだ。


 チュドーーーーーーーンッ!!


 モアイが口から破壊光線を放ち、外敵を蹴散らしているのだ。本当だった。モアイはこの島の守り神だったのだ。


 チュドーーーーーンッ!!


 チュドーーーーーンッ!!


 しかし、尽きない軍勢。アリのようにキリなく湧いてくる敵軍達。


 チュドーーーーーンッ!!


 チュドッ!!チュドッ!!


 .......。


 え、エネルギー切れか?モアイはエネルギー切れを起こしたようだ。島に上陸してくる敵軍達。


「キャーキャー!!」


「助けてー!!助けてー!!」


 ぶぉおおおおおおお!!


 咆哮が轟く。モアイの咆哮だ。あの可愛かったモアイがこんなにたくましく....。逃げ惑う人々の中一人涙を流す売店おばちゃん。


 ドガーッ!!バギーッ!!ドガーンッ!!


 いつの間にかモアイは四方八方から上陸してくる敵軍に対し殴打で対抗している。すごい速さだ。敵軍はなす術なく飛び散っていく。


 ドガーッ!!バギーッ!!ドガーンッ!!


 流石だ。流石先代おばちゃんたちをスイカのように撲殺して来ただけのことはある。圧倒的強さだ。


 ドガーッ!!バギーッ!!ドガーンッ!!


 敵の軍勢にも限界が見えてきた。これはいける、行けるぞ!!行けるぞ!!


「いけー!!頑張れー!!」


 島の人々も応援する。


「頑張れー!!頑張れー!!」


 子供達の眩しい歓声。その時!!


 ズバーッ!!


 黄色い閃光がモアイを貫いた。


 バタッ!!


 倒れるモアイ....。


「えっ....。」


 絶句する人々.....。兜をかぶった何者かが海から上がってくる。あれは、ボスだ....。敵軍のボスだ.....。


「モアイッ!!モアイーッ!!」


 気づくと売店おばちゃんは駆け出していた。私のモアイ、私のモアイ。私がいなくちゃだめなんだ。私がいなくちゃだめなんだ。


 タタタタタターッ!!


 タタタタタターッ!!


「モアイッ!!モアイーッ!!」


 涙ながらにモアイに抱きつく売店おばちゃん。背後にはボスが迫る。


「モアイッ!!私のモアイーッ!!」


 背後に迫ったボスが売店おばちゃん目掛けてハンマーを振り下ろす!!


 シュンッ!!


 アガーッ!!


 ガラガラガラガラ......。崩れ落ちるモアイ....。最後の力を振り絞ったモアイが、盾になったのだ、売店おばちゃんの....。


 粉々になったモアイ......。


「ああっ.....あああああっ.....。よくも.....よくも私のモアイを......。ウギーーーッ!!ウギギギギギギ!!ウギーーーッ!!」


 売店おばちゃん、覚醒!!


 そう、実は売店おばちゃんは、モアイの血を引く人間だったのだ。


 キュイーーーン!!ズンズン!!ズンバババババンッ!!


 売店おばちゃんとボスの激しい空中戦が繰り広げられる。


 バババッ!!バババババーッ!!


「頑張れ!!売店おばちゃん!!頑張れーっ!!」


 子供達が歓声を上げる。


「ば、売店おばちゃん....。」


 町長はあっけに取られてそれを見ている。


 バババッ!!バババババーッ!!キュインキュインキュインキュイン!!


 エネルギー弾を溜める二人!!


 ハーーーーーーーーッ!!


 ズズズズズズズズズズズズズズ!!


 二人の全力エネルギーがぶつかり合う!!


「頑張れ!!頑張れーっ!!」


「うぅっ!!」


「うぐっ!!」


 バーーーーーンッ!!


 相打ちっ!!売店おばちゃんはその身を犠牲にこの島を守ったのだ!!


 売店おばちゃんとモアイはこの島の救世主として、共に小高い丘に祀られている。今でも、そしてこれからも。


 完

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