歯歯歯歯歯

「歯歯歯歯歯歯歯、歯歯歯歯歯歯歯。」


 ある朝起きると、歯が笑っている。


「歯歯歯歯歯歯歯、歯歯歯歯歯歯歯。」


 カサカサした笑い声が、合唱みたいに口の中で響き渡っている。


「歯歯歯歯歯歯歯、歯歯歯歯歯歯歯。」


 別に不快ではない。むしろ心地良い。口の中が程よく振動している。新感覚だ。電動歯磨きの揺れを口全体が感じているみたいだ。ブルブルブルブルブルブル。気持ちいいなあ、気持ちいいなあ。なんだこれ。なんだこれ。でもまあ取り敢えず緊急事態だろう。会社は休みますね、これは。上司にラインを送る。


「すみません。歯が笑っているので今日は休みます。」


 ポンッ


 送信した。さあさあさあ、会社を休んだことだし、なにをしようかな。そんなことを考えていると、ラインが返ってきた。


「ん、隆くん、どういうこと?よくわからないよ。電話してくれるかい?」


 まあ、無理もない。よくわからないだろうし。電話するかあ。


 プルルルルルルー!!プルルルルルルー!!


「はい、もしもし。隆くん?」


「歯歯歯歯歯歯歯、歯歯歯歯歯歯、歯歯歯歯歯歯歯、歯歯歯歯歯歯歯歯。」


「ん、なんだこの音は、これか!歯が笑っているとは、なるほど!!確かにやばそうだ。」


「歯歯歯歯歯歯歯歯歯、歯歯歯歯歯歯歯、歯歯歯歯歯歯歯、歯歯歯歯歯歯歯、歯歯歯歯歯歯歯、歯歯歯歯歯歯。」


「じゃあ、気をつけてくれ。元気でな。」


 納得してくれた。物わかりの良さで有名な上司なのだ。今日は一日休みになったし、うーむ、デリヘルでも呼ぼうかな。


 プルルルル、プルルルル


「はい、もしもし。こちらデリヘル、デリヘルヘルです。」


「歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯、歯歯歯歯歯歯歯歯歯。」


 しまった、俺は今会話ができないのだった。声を出しても歯の笑い声にかき消されてしまう。これは、店舗まで行かなければいけない。


 ガチャッ!!


 店舗まで歩いて行く。10ぷんで着く。近いなあ。その間も歯は笑っている。


「歯歯歯歯歯歯歯歯歯、歯歯歯歯歯歯歯。」


 人々がこちらを見てくる。


「歯歯歯歯歯歯歯歯、歯歯歯歯歯歯歯。」


 店に着く。薄暗い裏路地にある。いかにも怪しそうな店。二階だ。階段を上がり店に入る。店内は明るい。スーツ姿のボーイが近づいてくる。


「歯歯歯歯歯歯歯歯、歯歯歯歯歯歯歯。」


 怪訝な顔をする。警戒しているのだ。スマホを手に取る。


『歯が笑っているだけで私はまともな人間です。大丈夫。ただの客です。」


 ボーイに見せる。


「は、はい。失礼しました。そうでしたか。ではコースなど、選んでいただけるでしょうか?」


『二時間コース、カレンさんで。』


「はい、2万円になります〜。住所の方はお変わりないでしょうか?」


 首を縦に振る。


「では、三十分以内にお家の方へカレン嬢が伺いますのでお待ちしていてください。」


 財布から2万円を取り出し、店を出る。家へ帰る。


「歯歯歯歯歯歯歯歯歯、歯歯歯歯歯歯歯。」


 ピンポーン


 お、早速やってきたな。


 ガチャリ


 ドアを開ける。綺麗なお姉さんが立っている。


「あ、よろしくお願いします。カレンです。」


「歯歯歯歯歯歯歯歯歯、歯歯歯歯歯歯歯。」


 歯は笑っている。眉間をシワを寄せるカレンさん。怪しんでいる。恐れている。


『大丈夫です。歯が笑っているだけです。』


 スマホの画面を見せる。


「は、はあ。そうなのですね。では上がらせてもらいます。」


「歯歯歯歯歯歯歯、歯歯歯歯歯歯歯。」


『では、早速奥の方へ。』


「はい。」


「歯歯歯歯歯歯歯、歯歯歯歯歯歯歯。」


 カレンさんがベッドに横たわる。豊満なバスト。豊満なバストに口を近づける。


「歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯。」


「ぁあああああぁあああんっ!!」


 身をよじるカレンさん。


「なに、なにこの振動!!こんなの初めて!!ああぁあああああん!!」


 どうやら歯笑振動(はしょうしんどう)が効いているようだ。


「歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯。」


「ぁあああああぁあああんっ!!」


「歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯。」


「あぁああぁぁああああああんっ!!」


「歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯。」


「あぁああぁぁああああああんっ!!」


 あっという間に2時間終わった。全く動かず、ずっと歯笑振動を同じ場所に与えていた。


「あ、あの。隆さん。とってもよかったです。」


「歯歯歯歯歯歯歯、歯歯歯歯歯歯歯。」


 肌を赤らめていうカレンさん。


「あの、これ、私のプライベートの連絡先です。よかったら!!」


「歯歯歯歯歯歯歯、歯歯歯歯歯歯歯。」


『ありがとうございます。』


 私は遠慮なく受け取った。


「じゃ、じゃあさようなら!!またよかったら。」


「歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯。」


『さようなら、カレンさん。さようなら、カレンさん。』


 人生なにが起こるかわからないな。しかし、ずっと笑っていられても流石に迷惑だ。しゃべれないし。直さなければいけない。歯医者に行ってみよう。最寄りのかかりつけ歯医者へ行く。


「はい。本日はどう致しましたか?」


「歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯。」


『朝から歯が笑っています。』


 スマホに文字を打ち込む。


「そうなんですか。では少々お待ちください。」


「歯歯歯歯歯歯歯、歯歯歯歯歯歯歯。」


 待合室で、待つ。


「歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯。」


 待合室でも歯は笑っている。しかし、先生、どうやって治すのだろう。


「たかしさ〜ん。」


「歯歯歯歯歯歯歯、歯歯歯歯歯歯歯。」


 呼ばれた。さあ、楽しみだな。


「今日はどうしましたか?」


 いつものすらりとしたイケメンの先生だ。


「歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯。」


『見ての通り、歯が笑っています。』


「なるほど。わかりました。では、直しますね。」


「歯歯歯歯歯歯歯、歯歯歯歯歯歯歯。」


 お、どうするのだ。どうするのだ。どうするのかな。どうするのかな。先生は歯を見つめています。


「うるさい!!」


 ドーーーーン


 シーーーーン


 なんと、歯医者の先生が怒鳴ったら、静かになりました。古典的だな、と思いました。お会計をして、店を出ます。もう歯は笑いません。寂しい気持ちもするが、まあ普通に会話できるしいいんじゃないかな。さあ、カレンさんに早速電話だ。


 トゥルルルルー


「もしもし、カレンです。」


 明るくて元気な声だ。可愛いなあ。


「あ、もしもし。先程デリヘルでお世話になった隆です。」


「あ、隆さん。お世話になりました。んん、普通に喋れているのですね。」


「はい、歯医者で治してもらったんですよ。」


「あらまあ、歯が笑ってないあなたには興味がありません。もしよかったらまたお店から呼んでください。さようなら。」


 ガチャリ


 切られてしまった。


 ガビビビーン


「ハハハハハ。」


 完

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