木になるあの子

 教室で僕の前に座っている、確かキコ、とか言ったか。この人は得体が知れない。おさげ頭で顔は整った顔をしているが、クラスの誰とも話しているところを見たことがない。授業中はいつもぼんやり外を眺めている。


 今日は学芸会の役割決めだ。僕のクラスでは白雪姫をする。主役の白雪姫はクラスの中心、ムードメーカーのムードメーカー子さんがやることになった。王子様はクラス一のハンサムマン、ハンサム太郎くん、小人たちは小人博士の小人博士太郎くんたちがすることになった。立候補で綺麗にポンポンと決まっていく。次は木の役だ。


「はい、木をやりたい人?」


「私、やります。」


 キコさんがすっと手を挙げた。いつも大人しいキコさんだ。きっと目立ちたくなくて簡単な木の役を選んだんだろう。クラスのみんなはそう思った。しかし、それは違った。


 次の日からキコさんは朝誰よりも早く学校に来て、校庭で木の練習をしていた。立ち並ぶ桜の木の隣に立ち両手を空高く掲げ、体を幹のようにくねらせ、顔はこぶのように前に突き出していた。凛とした表情。それはもう、キコさんが学芸会で木の役をやることを知らない他クラスの生徒が見ても、あれは木の練習をしているのだ、と一瞬で理解できる程のものであった。

 授業が始まるとキコさんは窓の外を眺め、木を観察し続けていた。授業が終わったあと彼女のノートを見てみるとびっしりと木のスケッチが書き込まれていた。

 放課後になると彼女は朝と同様に一人桜の木の隣で木の真似をしていた。雨の日も風の日も雪の日も、彼女は木の練習を続けていた。


 そしてやってきた文化祭当日。魔女が白雪姫に毒リンゴを渡すシーンが彼女の出番だ。場面転換の幕が上がる。彼女は手を広げ枝を、腰を捻らせ幹のうねりを見事に表現していた。顔は木に相応しく無表情、両足で力強く立っていた。それはもう、本物の木にしか見えなかった。いや、それ以上、本物の木よりも木のようであった。劇は続いていく。魔女は白雪姫に毒リンゴを食べさせようとする。と、


 ピヨピヨ、ピヨピヨ


 体育館の窓から鳥が入ってきた。そしてなんと、彼女、キコに止まったのだ。キコを木だと思ったのだろう。


 ブーンブーン


 今度は何処からともなくカブトムシがやってきて、同様にキコに止まった。同様にキコを木だと思ったのだろう。そんな風に劇は進んでいった。


 劇が終わった。鳴り止まない拍手。その拍手は主にキコに送られていたのである。やってきたカブトムシや鳥たちは外にある本物の木よりもキコが演技した木に魅力を感じたのだ。この人類初の快挙に人々は感動していた。皆、涙を流していた。


 後日、このキコの演技はインターネット上で大きな話題となった。観客の一人が撮影した動画を有名な動画サイトにアップしたのだ。再生回数はあっという間に一億回を突破し、どこもかしこもキコの木に関する話題で持ちきりだった。大量殺人事件が起きても全く報道されないほどテレビではキコの木が永遠と報道されていた。


 キコの木は海を超えた。有名ハリウッド監督であるタランタランティッティ監督がキコの演技を見つけたのだ。監督は感動した三日三晩涙を流し続けたらしい。なんとタランタランティッティ監督はキコに出演オファーをするためにこの中学校へやって来たのだ。


「コンニチハ、キコサン。アナタノキノエンギ、カンドウシマシタ。ゼヒワタシノエイガニキノヤクトシテシュツエンシテホシイノデース。1オクドルヨウイシマシター。」


 これは異例なことだった。今までタランタランティッティ監督は木の役には本物の木を用いてきたのだ。それを人間にやらせ、しかも1億ドルなんて大金を払うなんて。


「嫌です。」


 キコは断った。誰もが耳を疑った。あの有名な監督が一億ドル払うと言っているのに。


「ナゼデスカー。ナニガキニイラナイノデスカー。」


「私に寄ってきた鳥やカブトムシは外の木より私を選んだということ。つまり私は木より木になってしまった、それはもう木ではないの。木役、失格なのよ。」


 そういうと彼女は部屋から出て行った。部屋には、虚無が、広がっていた。


 完

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