病室の女

 中学三年夏休み最後の週、私は高熱で入院していた。最悪だ。みんな楽しい思い出を作っているのに。

 私の部屋には六つベッドがある。大部屋だ。私のベッドは窓際の右側に位置していた。ベッドは六つあるのにこの部屋に入院しているのは私だけ、夜になると私のベッドはカーテンで締め切られる。時々看護婦が見回りにくるが、その時以外、私は暗い部屋に一人取り残される。心細さに耐えながら毎晩過ごしていた。

 ある晩、私はいつものように熱にうなされ、目を覚ました。しかし、なにかがおかしい。右側に気配を感じる。恐る恐る目玉を右に動かす。女が立っている。一瞬看護婦かと思ったがそうではない。看護婦だったら、点滴を操作するなど、作業をしているはず。その女は違った。ただ立っている。そしてこちらを見ているようだ。あまりの恐怖に、全身から汗がふきだす。もちろん体を動かすことなどできない。


 どれ程の時間が経ったかわからない。不意に女が私を上から覗き込んだ。髪が長く、無表情。黒目しかない。しわだらけの顔。恐怖のあまり、意識を失いかけた。女の顔が徐々に近づいてくる。声を出したくてもうまく出せない。まるで声の出し方を忘れてしまったようだった。もう駄目かと思った。そこで私は、蜂に化けた。


 ドロン


 ブーン、ブーン、ブーン。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」

 女の叫び声だ。驚かせてしまったようだ。女は明らかに動揺していた。頭を抱え、ムンクの叫びのように絶叫していた。そしてやがて、上から徐々に消えていき、やがて完全に消えた。成仏したようだ。


 私は安心し、元の姿に戻った。やはり一番怖いのは、生きている人間なのかもしれない、と思い、再び眠りについた。


 完

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