#03 初めては好きな人と決めていたんで

「よう、おはよう」

「……おはよー」

「何だ、元気ねぇな」


 正門の前で山野と遭遇。俺は自転車チャリに乗っていなかったが(もう4年近く乗っていないから乗れるかすら怪しい)自転車の山野に合わせて、駐輪場へ向かう。 


「どうだったかー、って聞くまでもなさそうな感じか」

「お察しの通りで、へいへい」


 自転車をいつもの定位置に置く山野に両手でへいへいと、やれやれポーズで、


「いや、取り合えず元気ねぇからDTのままなんだなっていうのを察しただけなんだが」

「それが全て……いや、どうなんだろ」


 結局のところ、俺が童貞であるかそうでないのかは分からないままだ。ケフィーたちが部屋に突撃するまでかかった時間はあまりなさそうだが、どうなんだろう。

 初めては好きな人と決めていたんで、失っていたらと思うとモヤモヤが止まらない。

 処女が自分の初めてを大事にするように、童貞も初めてを神聖視するので……う~ん、ソースが俺の妄想だけだから心もとないな。女の子がどう思っているかは分かんないのは仕方ないとして、まぁ、男について同じく童貞に聞いてみるか。


「なぁ、山野」

「ん、どうした」

「……童貞と処女なら、どっちがいい」

「ブッ((」

「おい、きったねぇな」


 スポーティーな自転車によくついてるボトルを片手に山野は、口に含んだ液体を噴出した。多分中身は水だろう、ベタベタしないでマジ良かった。


「もー、何で噴き出すんだよ。早漏か、おい」

「イックーじゃねぇんだから、そりゃねぇよ。つうか、……すまん」

「まぁ、そんな濡れてねぇから構わん。けどどうした、いきなり噴き出して」

「…………っお前が……」

「お前が?」

「……っお前が変なこと言いだすからだろ」


 山野の顔は赤く、それを隠すようにそっぽを向いてしまった。変なこととは何だろうか。

 分からん。さっぱり分かんねぇ。


「…………(これって俺が神馬の処女はじめてを抱きたいか、童貞はじめてに抱いてもらいたいかってことだよな……」

「山野……?」

「あっいや、その」

「もう、何だよ。何言ってんのか全然聞き取れねぇぞ」


 ――ブブブッ

 スマホに着信のバイブ。通知バーの吹き出しマークを押すと青地に白いハトが表示される。そう、twitter。


____________________________________

〇 Empress@empress ・現在

 返信先: @g_horseさん

 真面目に

_____________________________________

_____________________________________

〇Empress @empress ・現在

 返信先: @empressさん

 頑張れだし

_____________________________________

_____________________________________

〇Empress @empress ・現在

 返信先: @empressさん

 全部自分のせいだろ

_____________________________________


「……(どうする。やれるなら男でも女でも。たちねこ俺はどっちでも構わな――いや、どちらかと言えば抱きた」

「あっそうか!」

「っなっ、なんすか?」


 Empress、エンプレ姉さんと呼ばれる姉御肌のその人は、気になったこととか思ったことをズカズカ言うことで人気である。

 俺とは相互フォローの関係で、今回は俺の『小テストやばかった。あの先生はうんぴ』に対する返信リプ

 返信リプを見て、いっつも何でまとめて言わないんだろうと思う。けど、機械慣れていない感じが可愛らしいというか、彼女らしい。女かは分かんないけど。

 にやにや見ていると、落ち着きを取り戻した山野がジッとこちらを見て、


「女帝か?」

「あぁ、今回は3点バーストだぞ」

「おっ、マジじゃん。絶倫かよ、3連発とか」

「ちっげーし、エンプレ姉さんはプライド高くて自分の意志をきちんと持って、それでいて何やかんや甘いとこもあるいいお姉さんなんだよ」

「でも会ったことねぇだろ」

「それもそうなんだけど」


 しかし、何度か交流をしたり、他の人と交流しているところ見たりして『Empress』という偶像アイドルへの信頼感・安心感は、中の人がブ男でも変わりないだろう。

 だから、思った。


「んで、さっきの『そうか!』について」

「JKのことを相談しようと思ってな、エンプレ姉さんに」


 山野は変な顔をした。何言ってんのこいつみたいな――当たり前か、俺はJKのことを山野に話していなかったな。エンプレ姉さんは今度でいいや。


「あのな、」

「俺じゃなくて、女帝に相談するのか。……JKじぇいけーについて」

「すまん、悪かったって。話す話すから」

「フンだ」

「すまんって」

「…………ブッ。冗談だって」

「はっ、分かってたよ。もう、何年の付き合いだよ……」


 俺は山野に昨日の出来事を説明した。『勇者』たちについては、適当に誤魔化す。とある事情から山野には内緒にしているので。


「……大丈夫なのか、それ」

「まぁ、何とか。ケガもないし」

「んで、そのストーカーJKのことを女帝に相談しようってことか」

「うん。だけど、山野がどう思うか聞きたい」


 山野は少し考える様子を見せて、


「なぁ、ストーカーだったらダメなのか」

「はぁっ、ダメに決まっているだろ。逆にいい理由が聞きたいわ」

「よく考えてみろよ。……神馬は、そのJKのことが好きだったからラブホに行ったんだろ」

「そうだけど、ストーカーだぜ」

「いやいや、ストーカーになるって、神馬のことが好きで好きで堪んねぇってことだろ」


 理由は検討もつかないけど、ストーカーになる程だからな。俺のことを好いていてくれているのだろう。嬉しいけど、なんか違う。いや、違くないのか、う~む。


「好きってのは相手のことを知ることから始めるもんだろ」

「そうだな」

「そうだろ」


 一応言っておくが、俺も山野も童貞である。彼女できない、恋愛もろくにしたことない。だから、好きについてあぁだこうだ言うのは……ねっ。


「だから、お前もJKのことを知っていけば好きになれるんじゃないか、と思ってな。顔も性格も好みなんだろ」

「うん」

「恋愛は相手が自分のことを知っているくらい、自分は相手のことを知るこっから始める。じゃぁ、答えは一つだろ」


 ――ブブブッ

 またもや着信のバイブ。さっきとは違う文字付の吹き出しマーク。


「神馬、お前もJKをストーキングするんだ! …………神馬?」


 いつもの癖で通知バーに表示される本文を読まずにアプリを起動してしまった。レストランでフリフリ友達登録していたんだった。

 で、既読をつけてしまったのだ。おっそろしいLINEメッセージに。



〇紫雲 成美___________________________

 幸太郎さん、あなたのことが好きです。

 この気持ちは譲れません。

 ですが、私はあなたに嫌われたくない。

 私の愛をあなたに伝えたとき、あなたは嫌悪感を見せた。

 自重しなければいけませんね。

 昨夜をきっかけに恋人になれると思っていたのですが……

_____________________________________8:24

〇紫雲 成美___________________________

 恋人といっても、既成事実を作ってしまいたかった。

 安心したかったのです。

 もし、ホテルに行けないことも考えて、睡眠薬と精力剤を仕込みました。

 必要は無かったのに。

 今となっては余計なことをしたと後悔しております。

_____________________________________8:25



 画像データが送信された。モザイクに隠れて全くわからない。いや、分かるけど、分かりたくない。本当は分かっていないんじゃないかもしれない。実際、モザイクは多い。モザイクというか、ピントが合っていない。

 戻るボタンを押して画像を閉じると、新たなメッセージで画面がスクロールされる。


〇紫雲 成美___________________________

 かといって、あなたとこれで「おしまい」は嫌なのです。

 脅しではないです。脅迫ではないのです。


 ただ、一つお知らせします。

_____________________________________8:27



――せいしは私の元に。


 ゴムに包まれたそれは、俺の生死せいしに関わる重要なことだった。社会的なとかそういう意味の。

 文面からして、俺が童貞のままってのは分かったけど、落ち着かない。動画のチン◯ン萎みの謎は解明したのに。

 ちょっとしたホラーだよ。いや、ガチのホラーじゃん。異聞選集ホラーコンテストのネタに使えるレベルで。

 プルプルと俺の手で揺れるスマホを山野は見て、


「これがJKか」

「あぁ。やばくね」

「何となく睡眠薬の理由は嘘っぽいけどな。だけどよ、やばいも何も、お前はJKとヤることしそうになったんだろ。責任、考えてたのか」

「うん、それは勿論。てか、付き合うつもりだったし」


 本気で思っていた。彼女のことを本気で好きになっていたから。


「考えてみろ。脅しとか以前の問題だ。ちゃんとJKに向き合わなかったら、お前。ガチのクズだぞ」


 山野の言ったことは正論だ。JKが脅しではないと言った通り、どっちみち俺とJKは身体を繋げていたかもしれないんだ。結局、責任は取らなければいけない。

 だったら答えは一つ。


「ちゃんと向き合うべきか。彼女のことを知る為に」


 好きになるか、ならないか。結論は急がなくていい。

 誠実に行こう。山野にいう通り、相手と同じくらいに自分も『知る』ことから始めよう。その手段は、『ストーキンング』になるのかもしれないけれど。

 とりあえず、既読スルーはいけない。俺は、今思ったことを文章にして送り、デフォルメされたキャラクターのスタンプを送信した。

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