納豆・ジェットコースター・ひまわり
季節違いの北風にさらわれて、麦わら帽子は宙を舞った。それを好機とみるや、蝉が一匹地面から大空へと羽ばたいた。地面に落ちた麦わら帽子はころころと夏の坂道を下り続け、ガードレールの隙間を縫って海へと落ちていく。
「最悪だよ……」
家から急いで持ってきた虫かごを提げて、少年は呟いた。呼吸は乱れ、鼓動は早い。糸を引く納豆のようじっとりと張り付いたTシャツの裾を手ではためかせ、風を送り込む。汗は相変わらず止まらないが、暑さは幾分和らいだ気がした。
――これからどうしようか。
思案しつつ、ジェットコースターのレールのような坂道を下ってみる。アスファルトからの照り返しが目に眩しい。崖を打ち付ける潮騒は、随分と穏やかだ。
「帽子落ちちゃったね」
坂道の下には、少女が待っていた。うん、と返し、ガードレールから身を乗り出してみる。麦わら帽子がぷかぷかと力なく漂っているのが見えた。少しだけ沈みかけており、見えなくなるのも時間の問題だろう。
「あれ、おばさんの帽子でしょ?」
「そうなんだよ。だから困ってる」
少女の問いかけに、少年は頭を掻きながら答えた。先月買ってもらった自分の帽子も、同じように風にさらわれてしまった。そのため、今日は母から借りてきたのだが普段見慣れない蝉を見つけて、つい虫網代わりに使ってしまった。拾いに行ければ良いのだが、崖を回り込むのは少しばかり遠回りになる。恐らくそのころには、完全に沈んでいるだろう。
「悩んでも仕方ないんじゃない?」
「簡単に言うなよ」
投げ捨てるように答え、あれ母さんのお気に入りだったんだと続ける。きっと怒るだろうな、と考えるだけで家に帰る足取りが重くなるようだ。
「まあ、考えるのはうちで考えましょ? お母さんが素麺湯掻いてるから」
ひまわりのような笑顔で、少女は言う。ガードレール沿いをのんびりと歩き始める彼女の隣を、少年も黙ってついていく事にした。
夏の終わりはまだ遠い。
週に一度の三題噺 葉月 弐斗一 @haduki_2to1
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