週に一度の三題噺
葉月 弐斗一
ペパーミント ・ドレミ・ ボーリング
「ソーはあおいそらー♪」
「ラーもあおいそらー♪」
保育園帰りの娘とともに夕暮れの町並みを歩く。代わる代わるにドレミの歌を歌いながらも、娘の歌詞はトンチンカンだ。『レはミカンのミ』はまだ良いとして『ファはアルファ波のファ』はどこから覚えてきたのだろう。負けじとこちらも頭をひねってみるけど、言葉選びのセンスでは足元にも及ばない。恐らく、私にはもう見えないものが見えているのだろう。同じように歩く町並みも、同じようには見えていないのだ。
電信柱に張り付いたセミ。
カーブミラーの反射光が作る丸い円。
側溝から顔を出す名も知らぬ夏草。
ずっと見てきたはずの住宅街も独身の時には見えなかった光景が見えてくる。何とか彼女より先に面白そうなものを見つけようと周囲に目を向けるけど、今日も先を越されてしまった。
「ねぇ、あれ何?」
指さした先にある住宅の屋根の向こうには、長い鉄柱がまっすぐに立っていた。あそこにはペパーミントが無際限に繁殖している空き地があったはずだが、新しく何か建つのだろうか。
「ボーリングだね」
「あれ倒したらストライク?」
ボウリングならそうだろうが、あんなものが倒れたら周囲の住宅を巻き込む大惨事になってしまう。くれぐれもやめてくれ。
「家を建てる地面が堅いか調べてるの」
自分の持てる知識で精いっぱいの補足をすると、娘はふーんと呟きしゃがみこんだ。アスファルトを二、三度小さな掌で叩くと、
「ここならかたいから大丈夫だね」
返答に困っている私をよそに、娘は立ち上がり「ボはボーリングー♪」と先を歌う。かくして『ドミミファソラボド』の歌が完成してしまった。
――この娘にしか見えないものをしばらくは大切にしよう。
そんなことを思いながら私たちは二人帰路を行くのだった。
「ドーはドーミノのドー♪」
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