第4話

 呼ぶのはやめたけど、俺の中でおぼこいっていうイメージは定着してしまった。あまりにもおぼこくって純粋で、悪い男に騙されないか心配になるくらい。年の離れた妹を持った兄貴にでもなったような気分だ。



 ある日、告白現場に咲ちゃんが来合わせた。

 告白してきたのは同じゼミの女で、真剣につきあってほしいと言う。


「あ~、ごめん。俺、そういう重いの、いいわ。女の子とは軽くつきあいたいから」


 俺がちょうど断っているところへ、咲ちゃんが要と一緒にやってきたのだ。断られた女は、やってきた彼女の横をすり抜けるように走り去っていった。

 要が女の後姿に同情の目をやり、溜息まじりに言った。


「お前なぁ。もう少し他の言いようがあるだろう。かわいそうに」

「どう言ったって結果は同じだろう? 俺は女を一人に絞るつもりはないし、縛られたくはないんだから」

「先輩。不誠実過ぎますよ、そんなの」


 咲ちゃんがぷりぷり怒って突っかかってきた。


「そんなことないだろ? 適当に遊びたいと思ってるとだけ遊んで、真面目につきあいたいって言ってくるにはちゃんと断ってるんだから」

「それはそうですけど、やっぱり一人の人を大事にする方がいいと思います」


 幸せな家庭で育ったらしいお幸せな彼女のその言い分が、馬鹿らしくもあり、羨ましくもあり……つい意地悪を言ってしまう。


「お伽噺でもなんでも、めでたしめでたし、で終わるのはなんでだか知ってるか? ……その続きを書くとドロドロの醜悪な生活が待ってるからだよ」

「そんな夢のないこと言わないでくださいよ。仲睦まじい夫婦だっています! お互いが誠実であればずっと幸せじゃないですか」

「ありえないね。そう装ってるだけだ。己に対する欺瞞だ。本心に蓋をして幻想に酔っているだけだよ」

「寂しいこと言わないでください」

「それが現実だろ? もしかして白馬の王子様でも待ってるとか?」

「そ、そんなわけないじゃないですか」


 咲ちゃんは赤面して慌てて否定する。


「……待ってるのか。まぁどんな夢を見ても別に構わないけど、王子様にも感情はあるだろうし幻滅したりされたりってのもあるんじゃないのか? 好きだなんて気持ちはいつか冷めるものだよ」

「なんでそんなことばっかり言うんですか?」


 咲ちゃんがちょっと涙目になってさらに何か言おうとしたところへ、琴音ちゃんがやってきた。


「咲~。お待たせ。……何かあったの?」

「ううん、なんにもないよ。帰ろ」


 さっさと鞄を持って帰ろうとする咲ちゃんと俺たちを見比べた後、


「あんまり咲を苛めないでくださいね?」


 丁寧な口調で微笑みながら琴音ちゃんが言った。でもその眼は笑ってなくて、咲ちゃんが慌てて「ほんとになんでもないよ~」と琴音ちゃんを引っ張って帰っていった。


「お前、あの子には意地悪だよな」


 俺たち二人のやりとりをにやにやしながら見ていた要が、飲みかけの缶コーヒーをコトンと机に置いて言った。


「あんまり夢見過ぎてるからさ。……夢ばっかり見てても、いつか傷つくだけだろうに」

「お前が守ってやろうとは思わないのか?」

「馬鹿言え。俺はあんなおぼこいのは好みじゃねぇよ。それにあの子じゃ遊べないだろ」

「その割によくかまうよな」

「妹みたいだろ。保護者気分だよ。悪い男に引っかかって泣くのは見たくないと思わないか?」


 そう、妹みたいなもんだと思っていたんだ。

 

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