桜月夜に酔わされて

楠秋生

第1話

 窓を開けるとさぁーっと風が吹き込んできた。ひんやりとした風は酒でほてった俺の頬を心地よく撫ぜていく。外を眺めると、月明かりを浴びた桜並木が白く浮かんで見える。時折吹く風に散る花びらが、誰かを恋うるように舞い踊っているのが遠目にも美しい。

 なんて感傷に浸っていると、後ろから大鼾が聞こえてきて現実に引き戻された。振り返って部屋内を見やると、べろんべろんに酔っぱらった連中があっちこっちで爆睡している。

 大学近くの居酒屋で開かれたサークルの新入生歓迎パーティーは、最初からみんな酔いつぶれるのが前提で、金曜の夜に設定して朝まで部屋を借り切ってあった。七時から始めてハイペースに飲み続け、日付が変わる前にはみんなそこらにごろごろ転がって寝てしまっていた。俺も少しうとうとしていたが、ふと目を覚まし新鮮な空気を求めて窓を開けたのだ。


「ったく情緒の欠片もねぇ」


 苦笑しながら寝入った連中に毛布を掛けて回り、また元の場所に戻った。もう一度桜を眺めよう外に目をやると、並木を歩いていく白い人影が目に入る。その人影は、ふわりふわりと舞うようにゆっくりと歩いていく。


 あれは……。


 振り返ってもう一度ぐるりと部屋内を見回す。


 ああ、やっぱりいないのはあの子だ。こんな真夜中にふらふらと……!


 俺はジャケットを羽織ると、桜並木へ向かった。

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