転生したら魔国の王子でチート(物理)能力持ちだった

彩野遼子

プロローグ 前世の終わりとホットミルク

「――災難だったね。」


白のシャツに黒のダブルのラペルドベストに身を包み首元に同じく黒のリボンタイを付けた、毛先に行くにつれ薄紫色にグラデーションしている杏色の髪を持つ女性に見間違えるほどの美少年はそう言うと、そのどこか澄んだ湖の底を連想させるような深い碧の瞳をふっと細めた。



唐突だけど、どうやらおれ――春岡治はるおかはるは死んだらしい。


らしい、ってのは目の前の優雅に紅茶なんて飲んでる「神様」と名乗った美少年からそう聞いただけで、おれ自身は全く実感も自覚もないからだ。


「覚えてない?」


もう何度目か分からない問いかけに小さく首を振る。


実際、おれは何で自分がここにいるのかすらいまいち分かっていなかった。

さっきまでこの春入学したばかりの中学校から下校していた筈だったのに、気が付いたら壁や天井と言った境目がどこにもない果てしなく白が広がっている空間で白のカフェテーブルに何故か神様と向き合って座っていたのだ。

さらに頭の中は霧がかったようにぼんやりとしていて前後の記憶が思い出せない。


「忘れているなら無理に思い出させるのは酷だけど……。これじゃあ話が進まないから、ちょっとごめんね?」


手に持っていたカップをソーサーに戻した神様が手を伸ばしおれの頭に触れた瞬間、パッと脳内にまるで映画のように幾つかの映像が流れ込んできた。




一番初めに映ったのは学校と家のちょうど中間にある商店街。

そうだ、俺は今日もそこを歩いていて、その時に。


「きゃあああああああああ!!」


「逃げろおおおお!!」


背後から突然聞こえてきた悲鳴と怒号に慌てて振り返ると、僅か数十メートルしか離れてない商店街のど真ん中で若い男が奇声を発しながらナイフを振り回していた。


「…………え?」


あまりに現実的ではないその光景に半ば呆然としながらも逃げ惑う人々の波に押されるようにして走りかけた瞬間、男のすぐ側で小学校低学年くらいの女の子が立ちすくんでいる事に気が付いた。

恐怖で動けなくなっている彼女の腕の中で彼女を守ろうとするかのように小さな犬が必死にきゃんきゃんと吠え立てている。

その犬の鳴き声に男がピクリと反応して少女へと視線を向ける。


――あ、ヤバい。


そう思った瞬間に体が動いていた。


思い切り地を蹴り、少女と男の間に飛び込んだ。


そして男がナイフを――。



そこで終わった映像におれは瞳を瞬かせる。


「…………あーー……そっか、それでおれ死んだんだ。」


一度知ってしまえばその事実は思ったよりずっと簡単におれの中にストンと落ちてきた。

そんなおれに、神様がどこか痛ましそうに眉根を寄せている。


考えて見れば、昔から何かにつけてトラブルに巻き込まれやすくはあった。


道に迷っている人や、迷子の子ども、木から降りれなくなった猫、何でそこまでと思う程重い荷物を持っている老人に遭遇するのはほぼ日常茶飯事。

一度なんて学校の帰り、目の前でずっこけて抱えていた飼い犬に逃げられた飼い主さんと一緒に日が暮れるまで嬉しそうに凄いスピードで駆けていく犬を追いかけた。

他にも川を流されている段ボールに入った仔猫を助けるために真冬にも関わらず膝まで川に浸かって、その後自分が三日間風邪で寝込んだりとか。

坂道で転がりかけたベビーカーを体全体で受け止めた時、ぶつけた足に大きな青あざを作ったりとかしたりもした。


でもさ。

……さすがに、コレはないと思う。


運動神経と反射神経は良い方だけど、同年代の同性の友達と比べると背も低いうえに細くて色の白い典型的なもやしっ子なおれに刃物を持った大人の男を止める力なんてあるわけないだろ……。


「……あの若い男は、君を刺した直後駆け付けた警官に取り押さえられたよ。君が庇ったあの少女と彼女の飼い犬は無傷だった。」


「……そっか。良かった。」


少しだけ顔を俯かせて答え瞳を閉じる。

それを聞けただけでも安心した。


「――春岡治君。君は今まで沢山の人を助けながら生きてきた。なのに、世界は君のその優しさや正義感に応える事無くあっさりと君を殺した。……君はこの世界を恨んでる?」


神様の静かな問いかけに小さく首を振る。


「……恨んでなんかいない。おれは、おれがしたい事をしてただけだから。……あ、でもこの顔については少しだけ恨んでるかも。」


最後だけ少しだけふざけて言い、俺は自らの顔を撫でる。


これもトラブルの一種なんだろうけど。


小さい頃から、不本意だけど。非常に不本意だけど!!


もやしっ子に加えて肩に付くくらいの長さの黒髪、少し丸みを帯びた顔の輪郭に二重でやけにでかくて丸い日本人離れした空色の瞳の女顔という友達から「性別迷子」とまで言われているおれの容姿につられた変態共に目を付けられやすかったのだ。


ぶっちゃけ誘拐されかけたのだって一回二回の話じゃないし。


「……そういう容姿は見る側にしたら凄く目の保養になるけど、本人は大変だよね。」


「……それ、あんたが言うのかよ。」


あまりに他人事な言葉に美少年に突っ込めば神様が軽く肩をすくめ、くすりと笑う。


「……うん、でも容姿の事はともかくとして。君が世界を恨んでない事は分かった。でもね、治君。僕は君はもっと報われていいと思ってる。だから、君にご褒美をあげる。」


「……ご褒美?」


その言葉に首を傾げれば神様がにっこりととてもいい笑顔を浮かべる。


「さすがに君を君が元いた世界に生き返らせたり、転生させたりする事は出来ないけど。別の世界でよければ君を今すぐに転生させてあげる。それと付随して三つ、次の生で君にとって必要なものを付ける。これが、僕なりの治君の優しさや正義感へのご褒美。どうかな?」


「……転生?」


いまいちぴんと来ないおれに神様がさらに説明する。


曰く、本来転生というのは順番待ちで場合によっては何十年、何百年先というのがザラな上、転生先も完全なランダムらしい。

今回はその順番をすっ飛ばしておれを優先してくれる上に転生先も限定し、さらにそこで必要となる三つの必要なものを付けるとの事だった。


「……そんな事して大丈夫なの?」


「神様だからね。」


さらりと返しながら何故か張り切りだした神様がカフェチェアにしっかりと座り直す。


「――じゃあ早速準備しよう。」


パンっと神様が一回手を叩くとおれの前に白いソーサーに乗った中に何も入っていない白いコーヒーカップが現れた。


「まずは、基本の衣食住。これについては一生不自由をしない保証を付ける。」


その言葉に応えるようにカップの三分の一くらいの深さまで黄金色のトロリとした液体がひとりでに溜まっていく。


「……これ、蜂蜜?」


キラキラと輝くそれを覗き込んでいれば、神様が小さく笑う。


「次は、環境。治君はこれまで独りで色んな人を助けてきた。だから今度は、治君が独りで頑張らなくていい環境を。治君の事を助けて、守ってくれる人達との出会いを約束する。……これに関してはあまり心配はいらないだろうけどね。」


すると蜂蜜の上にぽん、ぽん、と音を立てて現れたのは色とりどりの花びらの砂糖漬け。

それがまたひとりでにくるりくるりと蜂蜜と混ざり合う。


あ、まぶされた砂糖に蜂蜜が絡まって花びらが黄金色の滴を纏っているみたいで綺麗。


「最後は力。治君がこれから転生する世界で一番大切なもの。これは……治君に一番ふさわしいものを。」


一瞬あった妙な間に顔を上げて神様を見れば神様が一瞬だけその瞳をすぃっと細めた気がした。

そうこうしてるうちに蜂蜜と花びらで二分の一埋まったカップの中に湯気を立てる白い液体が溜まり、全てが混ざり合っていく。


やがて、蜂蜜も花びらも液体の中に溶けたのか見えなくなった。


てか、これって……。


「……ホットミルク?」


目の前に置かれたカップ一杯のホットミルクを見つめていれば神様が小さく頷いた。


「治君、それを飲み干して。」


「う、うん。」


さあ、冷めないうちにと促されるままカップに手を伸ばし、おれはそのホットミルクに口を付ける。


丁度良い温かさのそれは、材料からするとめちゃくちゃ甘いのかと思えばそうでもなく、凄く優しい甘さだった。

その美味しさにゆっくりだけど確実に最後の一滴を飲み干せば、カップをソーサーに戻した瞬間、体から力が抜けた。


「…………あ。」


どさっとテーブルに上半身を突っ伏す。


何だろう、すごく眠い。


「――さあ、これで君の転生の手続きは完了した。次、目が覚めた時には君の第二の人生の始まりだ。」


目も開けてられない程強烈な眠気の中、神様の朗々とした声が耳を打つ。


「あ、ちなみに治君の今持ってる記憶は引き継がれるよ。前世の記憶としてね。それから、次の生でどうしても困った事があったら僕を呼んで? 一回だけなら助けてあげれるから。」


ふわりと温かな手が頭に置かれ、髪をさらさらと撫でていく。


ああ、駄目だ。もう意識を保ってられない。


「あとね、治君の力だけど。その力は君の心次第で黒にも白にも変わる。君は、それをしっかり理解して使わなくちゃいけない。とは言ってもこれも僕は全然心配してないよ。治君ならその力をきっと良い方向に使ってくれるって思うから。」


――治君、『ラニハーフェン』で良き第二の人生を。


その言葉を最後に俺の意識は闇に沈んだ。

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