僕と君とコックリさん

長良 エイト

放課後と男女とコックリさん

「ねえ、ターボババアって知っているかしら?」

「え? うちの中学では百キロババアって呼ばれていたけど」

「あなたたしか尾木中よね? 西の方だと違うのね」

「じゃあ口裂け女の対処法は? これも地域によっていろいろあるけど」

「うちだとポマードって何度も唱えるといいって言われているわ」

「僕のところだとべっこう飴をあげるといいって言われていたよ」

「そう離れていないのに、全然違うものなのね」




 放課後を迎えても教室には何人かの生徒が残っていた。開け放たれた窓からは、六月のジメジメした風が吹き込み、窓枠の上のレールから床まで伸びた白いカーテンをほのかに揺らす。窓際から二列目の一番後ろの二つの席に、一組の男女が座っている。女子生徒が後ろから二番目の席に座り振り向いた体勢をとっていて、一番後ろの席に座る男子生徒と向かい合っている。

「みんな案外すぐには帰らないのね」

 カーテンが揺れるのと同じように黒い髪を揺らしながら、その女子生徒――栗田葵くりたあおいがつぶやく。

「みんな誰かとの時間を、より長く共有していたいんだろう」

 後ろの男子生徒――国分良太こくぶんりょうたが抑揚のない声で返した。

 放課後男女が二人で会話をしている状況に似つかわしくなく、二人の表情に楽し気な様子はうかがえない。しかし、何も退屈している訳ではない。二人とも楽しげに人と接するのが苦手なだけなのだ。そんな共通の短所に加え、オカルト好きという共通点もあり、二人はお互いの事を気の合う仲間と思っていた。

 何度か愛想のない表情で言葉をやりとりしているうちに、教室は良太と葵の二人だけの空間になった。窓の外からはカラスのどこか寂しそうな鳴き声が聞こえていた。

「さて、そろそろ始めようか」

 そう言って良太が引き出しから一枚の紙を取り出し、机に広げた。紙には五十音順に並べられた平仮名ひらがな、十五センチくらいの間隔で【はい】と【いいえ】、そして【はい】と【いいえ】の間に簡単な鳥居の絵が書かれていた。二人は誰もいない放課後の教室でコックリさんをやってみようと約束していたのだ。

 コックリさんというのは降霊術の一種で、用意した紙にコインを置き、そのコインの上に参加者全員が指を置いた状態で質問をすると、コインがひとりでに動いて質問に答えてくれるというものだ。

「何を質問するのか、ちゃんと考えてきたの?」

 葵は、良太が広げた紙の鳥居の絵の上に、ポケットから取り出した一枚の十円玉を置きながら良太に聞いた。良太は何か考え込むように黙っていた。しかし返事がない事に葵が何か気にするようなそぶりはなかった。二人はお互いに干渉しすぎない、ほどよい距離を保っているように見えた。

「最初は葵から始めてくれないか」

 それだけ言って、良太は十円玉の上に人差し指を重ねた。それを見て葵も続く。二人の人差し指が一枚の十円玉の上でわずかに触れあっていた。お互いの目を見て合図を送りあうと、二人は声を合わせて呪文を唱えた。

「コックリさんコックリさんおいでください。おいでになられましたら【はい】のところまでお進みください」

 二人が呪文を唱えると、十円玉がゆっくりと紙の上を滑り、【はい】の上で動きを止めた。

「まさか……本当に動くなんて」

「静かに。それより質問を」

「そうね。じゃあ始めるわよ」

 そう言うと葵がコックリさんに質問を投げかける。

「コックリさんコックリさん、明日の数学の小テストの一問目の答えを教えてください」

 葵が問いかけると十円玉が再び紙の上を滑り、ひらがなの上で止まり、また動きを繰り返して答えを示し、最後にまた鳥居の絵の上に戻った。

「え・つ・く・す・い・こ・お・る・さ・ん。X=3か。それにしても変な事を聞くんだな」

「良太君が十円玉を動かしている可能性もあるもの。あなたにも答えのわからない質問をしなくちゃね」

 苦笑いをする良太に、葵はいたずらを仕掛けた子供のように笑いかけた。楽しげに人と話すのが苦手だという割に、葵は時々良太をからかっては無邪気な笑顔を見せる。良太はそんな葵の笑顔が好きだった。

「さあ、次はあなたの番よ良太君」

 コックリさんが成功して興奮しているのか、少し緊張した様子の葵が良太に質問を促した。窓の外からは相変わらずカラスの鳴き声が聞こえる。少し間を置いてから良太は口を開いた。

「葵……実は僕、コックリさんをするならこれを聞こうって決めていた事があるんだ」

 良太が意を決した表情で言う。葵はキョトンとしている。

「一体何かしら?」

 喉を鳴らすように一度息を飲み込むと、良太はコックリさんに質問をした。

「コックリさんコックリさん、僕はいつか葵と付き合う事ができますか?」

「――えっ?」

 予想だにしていなかった良太の質問の内容に、葵は驚きを隠せなかった。今まで人と深い付き合いをしてこなかった葵にとって、このような状況には耐性がなかった。良太からの告白とも取れる発言に、葵は頭の中が真っ白になった。

 二人の指が乗った十円玉は、今にも紙の上を滑りだそうとしていた。いつの間にか、カラスの鳴き声は聞こえなくなり、二人を静寂が包み込んでいた。

 

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