第一章15 対ロイガー 二

 彼が俺の心臓を狙って突っ込んできているのはわかっていた。こちらとて剣士、目を見ればわかる。俺は十拳の祝とつかのはふりの切っ先をロイガー――正確には生大刀いくたちの切っ先に向け、剣と剣の切っ先が掠めた瞬間に生大刀の軌道を僅かに逸らす事で心臓への着弾を回避する。


 その代わり、右肺を貫かれた。激痛と浅い呼吸しかできなくなったが心の臓を失うことに比べればなんてことは無い。

 それに、こちらも反撃することができた。十拳の祝の刃は深く、ロイガーの体に深く突き刺さっている。


 それが信じられないらしい。ロイガーは目を白黒(白緑というべきか?)とさせて剣を驚愕の面持ちであった。


「――は……」


 笑みが零れる。返して貰うぞ、俺達の国の神宝。


「燃え尽きろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ――!!」


 十拳の祝の刀身から分解の黒炎が湧き起こり、ロイガーの肉体が黒炎によって内部から焼かれていく。分解の焔はロイガーの口、鼻、耳、穴という穴から吹き出る。


 ロイガーが改めて断末魔を上げると辺りの円盤の装甲がひしゃげたり、或いは爆発したりと手当り次第に力を撒き散らしているようだった。

 今更になって気付いたが、こいつの力は音に纏わるもののようだ。悲鳴による音波を散弾銃のように打ち出す、といった所だろうか。



 ――しかし、それにしても歯応えがない。



 黒炎により喉を焼かれ、いつしか大人しくなっていたロイガーは十拳の祝に串刺しにされたままでビクビクと痙攣している。

 触腕の剣は既に塵と化し、生大刀を握っていた左手も今やダラりと脱力している。


 一歩間違えれば確かに俺の命を摘み取っていた。それは確かだったし、ショゴスやら狗神グールやら大鬼よりも遥かに強く、より厄介だった。だが、第一層で立ちはだかった忌鷹イタカ程でもないと思えたのだ。


 あれ程色濃い、邪悪な神威を浴びさせられたというのに。



 ――胸騒ぎがする。最早あと完全に分解されるのを待つのみとなったロイガーを投げ捨て、胸に刺さる生大刀を引き抜く。

 改めて、神剣・生大刀を見つめる。生々しく蠢いていた肉は枯れ、眼球はからりと音たてて円盤の装甲の上を転がっていった。邪気は無い。しかし、天之尾羽張から感じる荘厳な神気のようなものは感じない。ただのくたびれた大剣、といった印象。


『感謝する、我が主よ』


 アマ公がまたえらく遜った様子で感謝の意を表す。似合わないからやめ

て欲しいと思うが、彼の気持ちが伝わってきて、俺はその言葉を呑むことにした。神剣から魔剣へと堕ち、そして空っぽのデクへと変わってしまった同胞へ偲ぶ心を、俺は呑み込む。


「何でこんな奴が神器を……」

『上の時と同じ、元々はこやつらとこの第三層への門を封じ込めていた代物だろう』

「じゃあ誰かがそれを解いたって事か?」

『或いは、自ら破ったか』

「そんな事有り得るのか?」

『無くはない。そもそも我らの力を利用した封印だからな』


 曰く、神器による封印というものは神器の機能である祈り(神威)を吸い上げ、更に強い力で現実に出力する機能を応用したものらしい。その層で最も強力な個体を神器で害し、その個体の神威によって自縄自縛する。第一級指定神器だからこそできる力技らしい。


 だがこれほど汚染されてしまうとその効力を失ってしまうようだ。


「おつかれさん」


 聞こえてるかわからないけど。くたびれた大剣に頭を下げる。

 不意に遥か上空で一際大きな爆音を耳にして天を仰ぐ。すると、何か流星の如く黒い塊が落下してくる。


「……ッ!!」


 間に合え。

 思考よりも早く体が動いていた。踏み込むたびに腹と右肺に激痛が走るがそんなものはどうでもよかった。


 間に合え。

 祈る様に、願う様に、走る。


「間に合え――!!」


 手を伸ばし、俺はその黒い塊を寸での所で抱える事に成功した。後から追う様に落下してきた剣が、乾いて音をたてて突き刺さる。

 腕の中には浅い呼吸で、今にも息絶えそうな男がいる。腹部に三か所、肩に二か所、足に三か所、綺麗な穴が空いている。こんな、穴、銃弾を使ったってできない。そういう穴だった。


「遅れてすまない」


 俺には謝る事しかできなかった。ただただ、ロイガーの撃滅にてこずった己を恥じた。


 そして、遥か上空で睥睨へいげいする少女を見上げ、俺は宗一の体をゆっくりと下した。


「少しだけ休んでいてくれ。必ずお前を藤ノ宮とアナスタシアの所につれていく。だから、死ぬな――」


 飛ぶ。一直線に。


 目標は弓を持った少女、禍津神まがつかみ・ツァール。

 びりびりと圧倒的な神威が皮膚を締め付ける。成る程、こちらが本命であったか。


 昇ってきた俺をツァールは少し目を細めて睨み、僅かに下方へと視線を下した後、俺に弓を引いた。生大刀と同じく。不気味な肉や目玉がへばりついた長弓を。


『ああ……生弓矢いくゆみや……!!』


 アマ公が譫言うわごとの様に呟く。ああ、少しだけ予想がついていた。ロイガーが振り回していた大剣が生大刀であったとわかった時から、何となく想像がついていた。

 あれほどまでに邪悪に染まった神器を見るのは忍びない。開放してやろう。

 先の様に口やかましさは無い。ただひたすらに己が殺意を叩きつけ合う。


 片や甲高い音を掻き鳴らす不可視の矢じり。片や分解の黒炎と切断の祈り。互いの神威が最短距離で激突する。

 爆炎に視界を奪われる。だが、関係ない。祈りを最大限まで編み込み、黒炎を最大まで展開、津波の如く、濁流の如く、押し流す!! 分解の破砕流に飲まれろ!!


 黒炎の奔流は爆炎ごとツァールを飲み込む。だが、ああ、これでは終わらないんだろう?

 黒炎の壁に風穴が開き。不可視の魔弾が飛来する。黒炎の津波を貫通、更にそれを見越した黒炎の盾三層、そして一番強固に編み上げている黒炎の外套をもってしてもそれは防げず、それは俺の左肩を貫く。それでも、それだけあれば軌道はずらせるらしい。


 弟も弟なら姉も姉か。余程心臓を狙うのが好きらしい。



「――上等だコラ」

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