第一章9 天之尾羽張―アメノオハバリ―

 天之尾羽張に絡みついた八本の鎖を力任せに引きちぎる。同時に黒い炎が刀身を覆い隠していた札を焼き尽くす。それによってあらわになる一振りの赤茶けた大刀。姿形は辛うじて剣という形をしているがその実、鉄塊という呼び名の方が合っている様に思える。それ程までに重く大きい。


 現人神を怪力を以てしても重く感じるという事は人の手ではこれを持つことすら叶わないだろう。


 刃紋はもんしのぎつばつか、刀にはあって然るべきなもの無く、ただただ馬鹿でかい刀身!! 肉厚な刃!! 終わり!! みたいな、実に単純な造りをしている。なかごに申し訳程度に巻かれた滑り止めの麻布だけが唯一の装飾として存在を主張している。


 刀剣にある美麗さを一切排除して、何が何でも敵を叩き切るといった製作者の意思、執念を感じる。


 今まで色んな刀剣を触ってきたが、ああ、認めよう。こいつが一番俺の性にあっている。

 それに、こいつは酷く手に馴染む。今までずっと握ってきたかのような感覚。最早体の一部とすら思える程に。


『行くぞ我が担い手――‟深凪みなぎ 悠雅ゆうが”』

「何で名前知ってんのか、とか何で喋れんのか、とかはこの際どうだっていい。鉄屑と呼ばれたくなかったら折れるんじゃねぇぞ?」

『笑止。存分に全力を振るえ悠雅よ』

「言われずともそのつもりだよ!!」


 気絶しているアンナを抱え直し、力一杯踏み込む。敵は二体。どちらも俺の祈りを正面から叩き折ってくれた化け物達だ。だが、。何故そう思えるのか? 理由何かわからない。直感的にそう思った。そう思えたのだ。


「ぶっ斬れろおおおおぉぉぉぉぉっ!!」


 咆哮と共に先ずは大鬼を切り掛る。反撃してきた大鬼の右腕を斬る。先程とは比べ物にならない凄まじい切れ味に驚嘆する。


「良く切れるな」

『私は神器じんぎだ。お前が今までどんなものを触媒にして異能を発現していたのか知らんがそこらのなまくらと一緒にされては困る』

「神器だと……?」


 神器と言ったら国宝級の遺物じゃないか。何でそんなもんがここにあるんだ?

 疑問は尽きないが今は戦闘に注力しねぇと。

 右腕を切断され、悶える大鬼に止めを刺すべく天之尾羽張を振り上げる。しかし、そこで違和感。同時に眼球で辺りを見渡す。


「成程」


 薄く、細く、糸のような何かが張り巡らされている。恐らく奴の体だろう。


 ――テケリ・リ!! テケリ・リ!! テケリ・リ!!


 奇声を上げるタールの怪物。張り巡らされた黒い糸が一斉に発光する。今度は眼光ではなく、自身の体の形状を変化させて方陣を描いてみせたらしい。次から次へと本当に知恵が回る。


 顕現するは焔。光と音と圧と熱を以て蹂躙する現象。高熱による空気の膨張。いわゆる、爆発。

 咄嗟にその場から逃れる事で難を逃れることが出来たが大鬼に止めを刺し切れなかった。


『ショゴスめ。あれは曲者だぞ』

「あれはショゴスって言うのか?」

『うむ。あれは知恵が回る。用心しろ、決して視界から離すな』

「了解」


 爆煙を切り払いながら大鬼に突っ込む。今度こそ止めを刺す。対峙する大鬼の目には最早殺意しかなく残った左腕を振りかぶっていた。

 怒りの余り大振りになったそれは、絶好の瞬間と言えた。


「斬るぞ――」


 筋肉の壁を抜け、骨を斬り、内臓を裂きながら、肩口から腰までを一気に切り払う。

 大鬼は断末魔を上げながら絶命し、肉塊となって崩れ落ちた。


 続いて、タールの怪物――ショゴス。


 奴は俺が大鬼を両断している間に眼光による方陣の成形を終え、術式の起動を行っていた。方陣の中心に集まる光の粒子。迸る破壊の閃光が牙を剥く迄に時間は掛からなかった。

 俺はそれを斬撃を以て凌駕する。切断の祈りを帯びた斬撃は黒い炎を伴って光の鏃と拮抗する。直撃すれば絶命必死の一撃。だが、


「アンナの雷撃程じゃねぇ!!」


 閃光を両断。両断された閃光が黒い炎に焼かれ雲散霧消する。その直後、腹部に鋭い痛みが走った。

 黒くヌラヌラとした槍。

 ショゴスがタールのような体の形状を変化させたものだ。先も使ってきた手だが先とは違う部分がある。


 ……じわりと、手が震える。手が痺れている。


『ショゴスが体内に入り込んだか。厄介な事をしてくれる。奴め毒を撒き散らしながら脳に向かっているぞ。脳に達する前に奴を斬れ、悠雅』

「脳に達したらどうなるんだ?」

『最悪乗っ取られるか、或いは死ぬやもしれん』

「そいつは怖い……なぁっ!!」


 クソ、脂汗が止まらねえ。今、入り込んで乗っ取るとか言ってたな。毒を撒き散らしているのは抵抗させない為か? ああ、クソ、本当に、イラつく程に、知恵が回る!!


「クソッたれ、舐めんなよ……!!」


 悪態吐いて、そのまま前身する。ショゴスの槍を外すことなく。

 どうせ既にこいつの一部が入り込んでるんだ、引き抜くなんざ今更だろう。それにこいつの早さは今は面倒だ。追い掛けるのがきっと億劫になる。


 ならば逃がさぬ様にしっかり掴む。


 ――テケリ・リ!! テケリ・リ!! テケリ・リ!!


 何やら喚くように鳴いているが知るものか。俺は天之尾羽張を振り上げて麻布で巻かれただけの簡素な柄を力一杯握り締める。今度こそお前をぶった斬る。そう祈りを込めて。

 刀身に灯った黒い炎は激しく燃え上がり今や天井を突かんと迸っている。


「――終わりだあああああぁぁぁっっ!!」


 振り下ろした瞬間、、ショゴスの体を一刀両断する。

 両断され、二つに分かたれたショゴスの体を黒い炎が焼く。断末魔の様に響いていたショゴスの鳴き声を耳にしながら俺の体は崩れ落ちた。天之尾羽張は勿論、アンナの体すら重く感じてしまっている。


 どうやらショゴスの毒は思いの外強力だったらしい。いつもなら再生が始まっているはずなのに、血が止まらねえ。

 ああ、これはまたアンナに怒られるなぁ。嫌だなぁ。

 意識が遠のいて行く。ダメだ、いつ何が襲ってくるか分からないのに、ここで意識を失えば、俺達は死んでしまう。


「目を、閉じる、な……」


 囈語うわごとのようにそれを繰り返し、意識を保とうとするが裏腹にやってくるのは虚脱感と脱力感だけだった。

 身体と精神が磨り減っていくようだった。視界が、徐々に、ぼんやりとしてくる。呼吸が、浅くなっていく。

 目蓋が落ちた。


 突如、じわりと強烈な光が目蓋を焼いた。どれだけの時間が経っただろう?


「――ようやっと


 微かに残る気力を掻き集める。それでようやく誰かが喋っている声が聞き取れた。最後の力で目蓋を開くと眩い光の中で誰かがこちらを見つめていた。


「一人で門を開けたのか。頑張ったな悠雅」


 多分聞いたことがある声だ。だけど、誰かわからない。


「担架を持ってこい!! 二つだ!! ええい、ぼやぼやするな!!」



 ――英雄の帰還だぞ!!――

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