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萌絵side
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あの、ほのか先輩が学校を休むようになって、一カ月がたった。
『萌絵ちゃん』
目を閉じると、頭の奥で、ほのか先輩が萌絵に笑いかけた。いつだろう。これはいつの事だろう。そう考えて、思い出した。去年の夏、去年の今頃、去年のコンクールの直前だ。
『一緒に頑張ろうね。ファイト。』
中学一年生の萌絵は制服を着て、楽器を持って立っている。コンクール前の舞台裏。萌絵たちの一個前の団体が萌絵の知らない曲を演奏をしている。舞台裏は照明が絞られていて薄暗い。せわしなく動く人。係員の人の押し殺した打ち合わせをする声。ほのか先輩の声に肩の力がすとんと抜ける。
『演奏中も萌絵ちゃんのこと見てるからね。頑張って。』
ほのか先輩がにっこりと萌絵に笑いかける。
この時の萌絵は吹奏楽部の一年生。担当楽器はクラリネット。ほのか先輩は萌絵と同じクラリネットを吹いている一個上の先輩。白いつるつるの肌、黒くて流れるような髪。にっこりと萌絵に笑いかけるその仕草。――萌絵の、憧れの先輩。
ほのか先輩がいるなら大丈夫。
なんだってできる。どこへだって行ける。
その次の瞬間、再び場面が暗転する。目の前が暗くなり、そして再び何かが目の前に現れる。
音楽室前のトイレ。中学二年生の萌絵が、トイレの中に入る。何も知らずに、ただトイレに入っていく。入ってすぐの手洗い場で、ほのか先輩が手を洗っている。
音楽室では他のみんなが片づけをしている声や物音が聞こえる。今は合奏のすぐ後だ。
電気の付けられてない、薄暗い夜のトイレ。差し込む音楽室からの光が、唯一の明かり。
何かがおかしい、と萌絵は思う。何だろう、この違和感。なにかが、おかしい。ここで萌絵はようやくそれに気が付く。
視界の端が黒い点々で埋め尽くされていく。小さな黒い点々が目の前に広がる。片付けをしているみんなの声が遠くなっていく。
ほのか先輩が振り返る。萌絵の方を振り返る。だけど黒の点々で顔のほとんどが覆い隠される。その中で、口だけが点々で隠されずにはっきりと見える。ほのか先輩の口が変な方向にゆがむ。
『萌絵ちゃんさえ、いなければいいのに。』
視界が黒い点々で塗りつぶされていく。目の前が急に真っ暗になる。
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