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ラファエルに、ここから出てわたしは何処へいくのとたずねた。ラファエルは今はまだ話せませんと言った。貴女とちゃんと契約をしていないからと。
そういえば私は名前を書かなかった。
書けとラファエルも言わなかった。
書いたほうがいい、とたずねた。
ラファエルは私の目を見た。
貴女が決めることです。
そう言って飛んでいった。文字通り、その翼で。
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ぼうっとしている。
翼のあるラファエルが好きだとおもった。本人がきたらそう言おうとおもって用意しておいた言葉を、ラファエルが奪った。
キスされたわけじゃない。
口に指をあてられた。
ラファエルは怖い顔をしていた。
ものすごく事務的にパスワードを変更した件について尋ね、私が承諾した旨をサインさせられた。
ひさしぶりに自分の名前を記した。
名前がある、というのは不思議なことだった。
今となっては、ラファエルなどと呼ばなくてもここにはこの翼有る生き物と自分しかいないのだから。
貴女の認識は間違っていますとラファエルが言った。
私は反論しなかった。
ただ無性に泣きたくなった。
その気配を察したラファエルが私を見た。かわいそうに、と顔に書いてあった。
私は泣くのをやめることにした。
ただ意志と肉体は乖離していて、涙が零れそうになったので声をあげた。
もう用事はすんだでしょう。
ラファエルは黙って消えた。翼のはためきもなく。ああ、ああやって消えることもできるのかと思った。私はそこに蹲って、美しいものを見逃した自分を憐れんだ。
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美しいものが見たかった。ひたすら美しいものが。
いくつになっても、ほんとうに幾つになっても私はそんなふうに願っているだけ。
ううん、そうじゃない、か。
美しいものをみることができなくて、
死にたかったことがあるのだ。
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あのとき死んでしまえばよかったと思わない自分がいた。
ラファエルが美しいことをしってしまった。
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サインをした。
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すぐに出立するのかと思ったら違った。
ラファエルは機嫌がいいのか悪いのかわからなかった。いや、きっと悪かった。
貴女というひとはこちらの都合だってあるんですよと怒った。サインしろしろ言ったのはそっちだと言い返したが聞く耳を持たなかった。
貴女が変なふうにサインするからと嘆いた。
変な風てと尋ねたら、まだ貴女は例の期間のことを書いていないでしょうと続けた。
下書には書いてあるよとこたえた。
下書じゃ駄目なんですとラファエル。
私たちは睨み合った。
しばらく決着はつきそうになかった。
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