3月22日 19

「うん。そうなんだけど……」

 自分でも、なにをどう訊いたらいいのか、わからなくなった。浅倉くんは女の子みたいに気もつくし、それでいて神経質なタイプじゃないから共同生活に向いている。ミズキさんがなんで彼と一緒に住んでいるのかは、福利厚生という理由のほかに下心があるせいだろうかなどと、そういうことをここで詮索するのは下種にすぎるという自覚もある。というか、そもそも、私はふたりの関係を今さら問い質したいのか?

 たぶん、これまた臆病で卑怯な考え方だけど、浅倉くんがほんとのところ、ミズキさんをどう思っているのかちゃんと知りたいのだ。

 ただし、それを尋ねても、このオトコはまともにこたえないだろうとも予測できた。ストレートなようで、そういう微妙なとこはいつもしっかりガードしてみせるのだ。ということを、思い出した。

 学生時代、私がふった後も、浅倉くんはどこにそんな器用さがあるのかというくらいの身振りで、何事もなかったかのようにふるまった。告白されたのが十一月の学園祭で、浅倉くんに彼女ができたのが三月だったと思う。その頃から、私たちは彼の家に泊まらなくなった。これでも、気を遣ったつもりだった。私は予想どおりに就職活動と卒論にはまりきり、めったに部室のある文化棟に寄らず、彼と顔を合わせることもなくなった。

 ときたま学食やカフェテラスで見かけると、隣にすごく可愛い女の子がいた。おお、幸せにやっているではないか、よかったヨカッタ、というのが本音だった。それが夏休みあとに違う子になっていて(そのくらいはよくあることだ)、学園祭あとにはまた違う女の子と一緒にいると気がつき(このあたりで、サイクル早いんだなあ、と思う。そして私は気がつかなかったけれど、その間にひとり、また違う子がいたそうで)、クリスマスに龍村くんと男同士でバイトしたという話を聞くころにようやく、なんだかオカシイんじゃないかと感じたのだ。

 来須ちゃんが、アサクラは馬鹿で女にだらしがない、と悪し様にいうのをよく聞いた。そこまで言わなくても、と庇うようなことを口にすると叱られた。あいつ、三ヶ月もたないんですよ、一ヶ月だったこともあるし。

 女の子をふっちゃうの、と聞いたら、アサクラがそんなエライはずないじゃないですか、と思い切り眉をあげて否定された。あいつはいつだって言い寄られては本命ができると捨てられる甲斐性なしのキープ君ってやつです。彼女はそう言ってため息をついた。

 ふられているならだらしがないってことにならないのではないかと反論を試みたというか質問したのだが、こと恋愛に関しては、来須ちゃんは私よりずっとオトナなのだった。彼女は薄い眉を寄せたまま、そういうことを先輩はわかんなくていいんです、と怒ったような声でこたえられてしまった。

 私はたまに、来須ちゃんにとっての少女漫画的儚く美しい幻想を背負わされているという自覚があったので、そこはおとなしく黙っておいた。

 不甲斐ない、歯がゆい、というのが浅倉くんに対する彼女の言い分だったのだろうけど、私の見方は違う。彼はあれでけっこう楽しかったに違いない。いそいそと、なけなしのバイト代でクリスマスプレゼントなんて選んでるんじゃないかと思っていた。たとえそれをあげようと思っていたその前日くらいにふられても。それでまあ、ぽりぽりと鼻の頭をかいて、潔くゴミ箱に捨てたり海に投げたりしてるんじゃないかと想像するのだ(不法投棄だな、これじゃ)。

 もちろん、これは私の勝手なイメージ。

 でも、そういう思い込みは、ミズキさんと彼の関係にある。

 恋愛と友情の違いはどこにあるのか未だによくわからないのだけど(そもそも格別な違いはナイような気がするのだが、せいぜい性的な関係の有無だけじゃないのかしら)、凭れあうというか、繋がりたがるというか、一緒にいて楽しい・気持ちがいいという感情が双方にある場合、なかなか離れるのは難しい。

 しかも今回の場合、ミズキさんは浅倉くんにはっきりと恋愛感情アリだと私は感じているし事実として彼も認めていた。

 浅倉くんは、アサクラ君は、うううん。

 わ、かんないんだよなあ。

 いつもの通り、言い寄られればそれで気持ちがいいのだろう。頼りにされて甘えられて、それがミズキさんのようにちょっと変わった麗人なら、たとえ同性であってもその陶酔も桁違いではないだろうか。って、それも私の想像だけど。

 そして、こんなことが気になる自分の気持ちも、ほんとは深く考えないとならないんだろう。呼び出されてついてきてしまったのは、それをこれ以上、自力で考えるのが面倒くさかったからだ。

 こないだから、意外と受身で生きてるんだと反省。もっと人生、なんでも自力で選び抜いていると勘違いしていた。バカみたい。ほんと、バカみたい。

 ちっさな頃は、卑怯だとか臆病だとか言われるなら死んだほうがましだと本気で思っていた。死をも恐れず悪と立ち向かうヒーローになりたいと願っていたはずなのに。いったいいつから、こんなに怠惰で人任せでずるくなってしまったんだろう。

 我知らずついた吐息には、横を歩くひとのほうが反応した。すみません、面接で疲れてるとこ呼び出して、と気遣わしげに謝られた。

 斜めを見あげると、格好のせいか、思い出のなかよりだいぶ男っぽいように感じた。こちらの容色が衰えをみせはじめたくらいにスーツが似合う年齢になっていくのだからオトコって得だと思う。まあそれは仕方がない。どうしたって女性はタマゴの数が限られているから繁殖行為の都合上、消費期限付きのナマモノなのだ。たとえそこに人間独特の愛と性のねじれ具合なんかを盛り込んで否定してみせても、生き物の業から逃れられるわけじゃない。

 浅倉くんこそ忙しかったんじゃないの。そう言うことで、私は視線を前にもどす。顔を見合わせたままでいることに耐えられなかったのだと意識する直前に、そうなんすよ、といつもの調子でこたえてくれた。

 それからは、三十代半ばのサラリーマン同士の会話になった。そういうひと、いるよね。あるある、それ。始めにそれを言えっての。職種や業界や会社の規模が違っても、この手の話には何かしら共通項があるものだ。そのことに呆れてお互いに笑いあう。

 今日はこの会話だけで終わってほしいと甘いことを願う自分を見つけ、自分自身にうんざりした。

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