3月22日 18

 並木通りを歩いていると、地図を開いて立ち止まる金髪碧眼のバックパッカー三人と目が合ってしまった。

 私の特技は、日本にいようが海外にいようが関係なく、ひとに何かを尋ねられることだ。年齢も人種も言語も飛び越えた、人類に共通する普遍的な「話しかけやすさ」というのが備わっているらしい。

 さて、新橋のホテルに行くのに有楽町駅へ案内してお役御免とするか、いかにも歩きそうなひとたちなので道順を示すべきか悩む。差し出された地図をのぞきこんだところで後ろから、スーツ姿の男のひとに腕をとられた。ぎょっとして顔をあげると浅倉くんだった。

 彼はすぐ話しをきいて、現在位置と目的地をさししめす。私のカタカナ英語とはえらい違いだ。聞かれたかと思うと恥ずかしい。ろくに役立たなかった私にもちゃんとお礼をいって三人が手をふって去っていくと、彼は私に向きなおった。

「なんか、変なとこで会いましたね」

 待ち合わせ場所の手前で会うというのも不思議なものだ。首をかしげて微笑まれ、そのひょろっとしてヤジロベエみたいな身体をまじまじと見て口にした。

「スーツだし髪型も違うから一瞬、わからなかったよ」

 てっきりいつもの革のライダースジャケットとジーンズで来ると思っていたのだ。しかも、肩より長かった髪が頤下くらいに短くなっていた。 

「ミズキの友達に切られちゃって」

 と、せっかくセットしてあるだろうに左手でごしゃごしゃとかきあげた。レイヤーを入れた耳のしたから癖毛風にパーマをかけてあるのかな。

「すごく、いいと思う。よく似合ってる」

 照れたらしい。四月からラジオの番組もらうんで、となんだかわからない説明をして、鼻のしたをこすった。ラジオなんてすごいじゃないと感心すると、それには見慣れた仕種で頭をふって、や、ミズキの力ですから、とすこし硬い声でこたえた。屈託を感じて、私のほうが緊張してしまった。すると彼はそれに気がついたのか、月一で五分枠もらえるんでありがたいっすよね、と笑ってみせた。

 私はウンウンとうなずいて、相手を見あげた。いつものロックなお兄さんからきゅうに洒落者になってしまっていて吹き出したくなる。シャイニーブラックな縦縞の存在感はくどいほどで、顔立ちがくっきりしてなきゃ負けちゃいそう。しかも足許はすごく曲者っぽいロングトウのパイソンシューズだ。タイの艶感も夜遊び風だけど安易なセクシーさに流れず無骨な印象が残るのは見立てたひとの手柄か、浅倉くんの気質のせいか。猫背じゃなきゃもっとカッコイイのに、という感想は自分のなかでも引っ込める。

 男のひとのスーツのお洒落って、キモノのそれに似ている。着るひとの体型にあわせた仕立てと生地自体が勝負なところといい、限定されたフィールドで色彩やテクスチャーの微妙な差異を感じ、小物まで含んで取り合わせの妙に嵌まって楽しめるのが面白い。

 それを考えても、男に生まれてもよかったような気がするんだよなあ。

「ちょっとこっから歩くんすけど、いいすか?」

 中央通の横断歩道を見ながら黙ってうなずいた。それから、やっぱりルパン三世の次元歩きだよなあ、とバカみたいに思ったりする。背中が丸まって首が前に傾斜していて、顎が出てる感じ。

 浅倉くんは出会った当時から新入生らしい初々しさっていうのがまるでなくて、よく言えば物慣れていて、前傾姿勢で飄々と、ポケットに手を突っ込んでキャンパスを早足で徘徊していたように思う。それは一年留学組にアリがちな、親と一緒に海外暮らしという帰国子女ともまた違う妙な度胸の据わり方で、いつでもどこでも子供っぽく見られる自分からすると妬ましいようにも感じた。つねにひとにどう思われるのか計算してしまう、外面重視の猫かぶりな自分と違うなあ、と思っていた。

「面接、どうでした」

 昔つとめていた会社主催のセミナーで店長さんと会ったことがあるというと、世の中、狭いっすねえ、と目を大きくされた。

「じゃ、決まりですね」

「それはわかんないよ」

 そうは口にしたけれど、自分でも十中八九、決まるような気がしていた。学生のときの経験でも、その後の転職のときも、だいたいの手応えは外れなかった。

 彼はもう勝手に、じゃ、前祝で、などと気の早いことを言った。私はそれを無視して話題を変えた。

「この辺も、一月どころか一週間でがらっと違っちゃうね」

「そうっすね。銀座バブルならしいんで」

 オレには関係ないっすけど、と苦笑した顔につられて笑ってしまった。どこにそんなお金があるのかと訝るのだが、あるところにはあるのだろう。

「でも、ミズキさんには関係あるんじゃないの?」

「築地のあたりもだいぶ変わりましたよ。マンション、ぼこぼこ建ってるし」

 浅倉くんは短くなった髪が気になるのか首をふって、だいたい前にそこに何があったのか思い出せねえんだよな、とつぶやいた。

 それ、凄くよくわかる。

 自分の脳細胞が日々驚異的な勢いで破壊されているという事実に愕然とするだけじゃなくて、あまりにも街の景観が急激に変化しすぎるせいだとも思う。

「そういえばセンパイ、住むとこも探してるんすよね」

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