3月17日 14

 いかにも用意されていたことばに聞こえた。要するに私をからかいたいのだ。そう感じても腹を立てないようにしようと気をつけながら、踊らされてなるものかと反撥心を煽られて困った。そういう心の動きごと見透かされていることが心地よくて、不埒な自分を叱咤した。すると、ミズキさんがうつむいて口にした。

「まあでも、しいて言えば顔が好きかな。決してハンサムって言われないだろうけど」

 セクシーじゃない? と問われて首をかしげる。

 ただし、絵描きの目で観察すれば理解できた。

「パーツはわりに整ってるのに、あの縦に細い浅黒い顔にそれがぎゅっと詰まってでこぼこしてる崩れ具合がそうだと言われれば、わからなくもないかな」

「声もいいよね。いがらっぽい、焼けた声。あれ聞くとぞくぞくする」

「……ミズキさん、浅倉くんのこと大好きなんだねえ」

 嘆息すると、うっすらと笑われた。

「君にはアピールしないみたいだけど、浅倉ってあれですごくもてるんだよ。今日、コーヒー出してくれた友枝さんとも付き合ってたし」

「ウソ、年離れてるじゃない?」

 大学生か、せいぜい卒業したばかりくらいに見えた。

「年は関係ないでしょう」

 君のひっかりどころはそこなの、とミズキさんが突っ込んでから続けた。

「二十歳ちょっとの女の子に結婚するつもりはないって言ってそれでもいいって迫られたそうだから、けっこう大したものではないかな」

 それは、あばたもえくぼというアレではないかと非常に失礼なことを思っていると。

「ああ、身奇麗にはしてるよ。君と再会したその夜には断ってたけどね。付き合って二週間もたってないし」

 結婚しないよって付き合いはじめて、それで一月もしないでフルかなあ。サイテーじゃない? そういう男。

「今、最低って思ったでしょ?」

「そりゃ、若い女の子たぶらかして」

 いや、待て。彼女のほうが遊びかもしれない。結婚を考えないですむのは気楽で、年食ってる分だけ同年代よりは素敵に思えたとか? う~ん。 

「君に操たててるんだから、いいじゃない」

 頭を抱えた。まったく。どう考えても、トモエダさんのほうが可愛いくてナイスバディだし、若いし、比較するのが失礼だわ。

「なんで自分なんだろうって考えてる?」

「浅倉くんの場合は」

 あごに指をあてて考える。

「ちょっとトラウマってるっていうか、意地になってるところもあるんじゃないかって思う。妙にこだわってて、らしくない気もする」

 先月、婚約者がいるとはっきり断ったのに何度も電話をかけてきた。しかもちょうど仕事を切り上げるかなあって思う瞬間にメールがきたりして私をひそかに驚愕させ、飲みに行きませんか、と学生時代のような調子で誘ってくる。そのたびに私は、今日は忙しくて疲れてるからと口にし、その日は友達に会うとこたえる。その友達というのが、ミズキさんだったりするわけだ。

 たまに、酔ってるのかなあっていう口調のときもあった。でも、浅倉くんが酔い潰れたのは見たことがない。ザルでなくワクだと言われていた。ただ、そういうときは、電話を切るのに苦労した。ブランクがあったのがウソのように、つるんで遊んでいたときの馴染み深さにひきこまれそうになり、そういう自分に辟易した。あの新譜がどうだとか、仕事でこんなことがあったとか他愛無いことを聞いてしまえば話がどんどん続いてしまう。

 それでもう電話に出るのをやめたほうがいいのか、または迷惑なのだと言外に匂わすかと考えていると、いきなり仕事のような話でかけてくる。

 彼はいま、レコード屋さんの店長をする傍ら、古美術・古道具屋「時任洞」を暫定的に任されている。私はそこの常連客であり、前の店主の時任獏と大の仲良しだった。

 新店長が決まるまでのことらしいけど、扱うものがモノだけに苦労しているみたいで、電話口で挨拶もそこそこに「お好み」という言葉について訊かれたりする。逆にこちらから千家十職を問うてみると、すらすらと返答した。とすると私は洗いざらい絞り尽くされることになる。辞書代わりにするなと文句をいうと、本やネットでわかることなら聞きませんて、今度お礼にご馳走します、と返される。手の施しようがない。

「浅倉らしいって?」

「浅倉くんて頭イイし、何より要領いいよね? 意外と落ち着いてるし。それなのになんでか時たま自分ひとりで勝手に盛り上がったり盛り下がったりして鬱陶しいこともあるけど、基本的にはデキルよね。でも、そういうひとがこだわるっていうのはなんか、私のことも、自分が上手くこなせなかった、その失敗がいつまでも頭を離れないっていうこともあるんじゃないかって思っちゃうの」

 勝手に盛り上がるのところでミズキさんは吹き出していたが、最後はうつむいて、頤に手をあてて苦笑した。

「よく、見てる」

「そりゃあね。かつての仲間だし」

「姫香ちゃんには、その洞察力を自分自身に振り向ける努力をしてもらいたいと、僕は本気で願うけど?」

 私はきっと不機嫌な顔をしていたと思う。それから、のぞきこんできた瞳に質問した。

「ねえ、ちょっと待って。なんでミズキさんが、どうやって浅倉くんがトモエダさんとつきあったのか知ってるの?」

「彼が話したから」

 意外な気がした。女の子じゃあるまいし、自分が誰とどんなつきあいをしてるか話したりするもの? こちらの疑問を見透かして、ミズキさんが笑った。

「ああ、あのね、浅倉は女にだらしないから、店の女の子に手を出すときは言えって申し入れしといた。いちお僕、社長だし」

「だからって」

 なんだか気持ち悪い。

「やめとけって言ってもらいたかったんじゃないの? そうわかってたから言わなかったけどね。ちゃらっと社内恋愛禁止なんで、なんて逃げ口上言わすつもりはないよ」

 鼻でせせら笑っているぞ。いい気味だっていうところなのか、自虐的なのか、よくわからない。ただまあ。

「あやしい関係のひとたちだなあ」

 呆れてため息とともに投げつけると、ミズキさんが苦笑した。今度はまぎれもなく、ふたりの関係を見つめなおしている風だった。

 ふたりを見てるとホモソーシャルとホモセクシュアルは立派に共存できて、しかもそれってけっこう無敵なような気がする。もちろん、そうは言わないけど。すくなくとも浅倉くんが私に懸想してるらしい今、ミズキさんにとって居心地のいい世界は崩壊しはじめているだろうと、おこがましくも想像してしまうから。

「友枝さん、今時の女の子らしく自分に自信もあるし気が強いから断るの面倒だったんじゃない? 浅倉、根性がないんだよ。ずるいとも言うけど」

 なるほどねえ。

「でも僕は、浅倉のそういうずるいとこ、けっこう好きなんだよね」

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