第30話 第十二幕 クトゥグア顕現(2)
真知子も初めて見たのだが火野将兵は発火
能力者だった。何もなくても自分で炎を起こ
せるのだ。起こし方は単純、ただ指を鳴らす
ように弾くだけだった。それだけで彼の指先
から炎が飛ぶのだ。
将兵の頼んだのは、彼が起こした炎を真知
子が拡大する、というものだった。彼女は風
を多少操ることができる風の民だったからだ。
「焼き払うって、村にはまだ人が居るんじゃ
ないの?」
聞くのが怖かったが勇気を出して聞いてみ
た。返答次第では協力何て出来ない。風の民
の一員でありハスターの復活を目論む組織で
もある。但し、それは単にそんなところに生
まれてしまっただけであり、自ら望んだこと
ではない。だから人殺しの手伝いなんて真っ
平ごめんだ。
「彼らは依り代なんだ。いや正確には依り代
の一部なんだ。僕の炎になかに取り込まれる
ことでクトゥグアがこの地球に顕現できるん
だ。星振の位置が今日は揃っている。あとは
召喚呪文と依り代なんだ。」
「自分で勝手にして。私は手伝わないわよ。
頭、オカシんじゃないの?」
真知子はそう言うと来た道を戻ろうとした。
しかし、将兵の動向が気になって立ち止まり
振り返った。将兵の姿はもうそこにはなかっ
た。
少し離れたところから悲鳴が聞こえる。何
かを焼いている臭いが漂ってくる。
(ふんぐるい むぐるうなふ くとぅぐあ
ふぉーまるはうと んがあぐあ なふるたぐ
ん いあ くとぅぐあ)
詠唱が聞こえる。悲鳴と混じっているのは
自らの運命を受け入れている者と抗おうとし
ている者がいるからだ。真知子は立ち尽くす
だけだった。
周囲は山火事の様相だった。炎は広がって
いる。大規模なものになりそうだった。真知
子の能力では火事を広げるだけだ。どうしよ
うもなかった。
しばらくすると、炎の中から炎をまとって
火野将兵が出てきた。
「まさか、全員殺したの?」
「少し違う。彼らは人間としては死を迎えた
と言えるかも知れないが僕の炎の一部として
取り込まれただけなんだ。寧ろ永遠の命を得
た、と言ってもいい。」
「そんな自分勝手な解釈がある?」
「だが、それが真実だ。でも駄目だった。」
「駄目だった?」
「そうだ。火の民は数を減らしすぎた。発火
能力者の数も全然足りない。これではクトゥ
グアを顕現させることは到底無理だ。」
「じゃあ、彼らは無駄死にだったってこと?」
「いや、そうではない。火の民のような発火
能力者の一族は何も日本だけではないはずだ。
その人々を全部取り込めればあるいはクトゥ
グアを顕現されるに足る人数になるかもしれ
ない。僕はこれから世界を回って他国におけ
火の民を探す旅に出る。付いてくるか?」
「行くわけないでしょ。そんな義理も借りも
ないわ。」
真知子の脳裏にふと岡本浩太の顔が浮かん
だ。と思ったら、それは脳裏に、ではなかっ
た。
「間に合わなかったか。」
岡本浩太本人が目の前に現れたのだった。
後ろに綾野祐介と結城良彦も来ていた。火野
たちを追ってきたのだが行先は予想だったの
で、少し遅れてしまったのだ。
「火野君、君は自分の故郷を焼いてしまった
のか。」
怒りに震える声で綾野が詰め寄った。
「それが火の民の悲願に繋がるからですよ、
綾野先生。当然の結果です。」
「人の命を何だと思っているんだ。」
「自ら僕の炎に取り込まれていった人もいま
した。それが火の民なんです。先生にはお判
りになられないとは思いますが。」
「判るわけがない。判りたくもない。」
その時突然、炎で赤く染まっている真知子
の顔に暗い影が落ちた。
「よい心がけだ。今回のことではクトゥグア
の封印はビクともしなかったが、お前がもっ
と火の民を取り込めばあるいは封印を解く寸
前までたどり着けるかも知れん。せいぜい励
んでくれることだ。」
ナイ神父だった。予想していたかのように
火野が答える。
「あなたの思い通りには行かないかも知れま
せんよ。」
「別に構わんよ。クトゥグアの封印が解かれ
ようが解かれまいが、どちらでもよいのだ。」
「では、あなたの邪魔が入るよりも先にクト
ゥグアを顕現されるとしましょう。」
「邪魔などせん。好きにするがよい。お前も
ついて行ってやったらどうだ。ハスターの封
印を解く鍵が見つかるかも知れんぞ。」
真知子に向かってナイ神父が声をかけたが
岡本浩太が遮るように間に入った。
「ミスター綾野とその仲間たちか。お前たち
も、もっとギリギリのところで回避してくれ
ないと我の役には立たんぞ。」
「あなたの役に立とうと思ってやっている訳
じゃありませんよ。火野君は止めますから。」
「では、邪魔されないように、その者だけ連
れ去ることにしよう。」
そう言った瞬間にはナイ神父と火野将兵は
消えていた。残された四人では山火事を消す
こともできない。消防に連絡だけを入れて、
その場を去るしかなかった。
「君はどうするんだい?」
問われて風間真知子は考え込んでしまった。
結局自分の身の振り方は自分決めなければな
にないのだ。
「一緒に活動しないか?」
個人的感情も含めて同志は多いほうがいい
と浩太が思い切って切り出した。
「そうだよ、何も風の民だからと言ってハス
ターに身も心も捧げた訳ではないだろう。」
「そうですね。火野君の行動には確かに私も
ついて行けませんでしたし、同じ立場に立ち
たくもありませんから。あ、そういえば途中
で火野君に聞いたのですが、セラエノ大図書
館でクトゥグアの封印を解く方法を発見した
後、マークさんを拘束してマリアさんと一緒
に地球に戻ったらしいです。」
「彼女も戻っているのか。火野君といいマリ
アといい、厄介なことが山積しているな。う
ちの組織も、もっと活動範囲を広げたりしな
いといけないようだ。人も増やさないといけ
ないな。」
「求人広告でも出しますか。」
ほとんど出番のなかった結城が変な感じに
してしまった。
こうしてたった四人の小さな組織が新たに
始動したのだった。
燎原の炎(クトゥルーの復活第6章) 綾野祐介 @yusuke_ayano
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