第6話 第四幕 橘教授の苦悩

 風間真知子を伴った火野将兵は文京区本郷

にある帝都大学に向かっていた。橘教授に会

うだめだ。その前に会う目的と伝える内容を

クリストファー=レイモスというナイ神父の

腹心からレクチャーを受けてきた。クリスト

ファーの話は意外ではあったが驚きはしなか

った。自らも含めて旧支配者に関わる人類は

多く存在することを知っているからだ。同行

している風間もそうだった。


「ここが帝都大学なんですね、私、大学って

通ってないから新鮮だわ。」


 風間は広大な帝都大学のキャンパスに広が

る風景、空気に興味津々だった。大学として

は設立が明治初期でもあり、レトロ感満載の

校舎たちが建ち並んでいることは確かだ。実

は先日まで火野はここに学生として通ってい

た。火の民関連の警備会社に勤めながら通っ

ていたのだ。現在は休学扱いになっている。

火野としては戻ってきたいと漠然とは思って

いたが、いつ、何を成し遂げれば戻れるのか

は皆目見当が付かなかった。


 橘教授が居るはずの伝承学部は大学のはず

れにポツンとあった。メジャーな学部ではな

いので、このような扱いなのだろう。教授室

を訪ねると橘教授は体調を壊して自宅療養中

とのことだった。仕方なく二人は教授の自宅

を直接訪ねることにした。クリストファーか

ら貰った資料にはちゃんと自宅も記載されて

いた。


 橘教授の自宅は荻窪にあった。中央線で向

かう。


「なんで車移動じゃないんですか?乗継とか

面倒じゃないですか。」


 風間は愚痴を溢しだした。


「都内は特に車より電車の方が早く移動でき

るからだよ。」


 火野のような田舎育ちは確かに車中心の考

え方になりがちだった。


「うちの田舎あたりは車がないと話にならな

いけど君のところもそうなのか?」


「うちは元々神奈川ですけど、神奈川でも結

構山の方なんで。ラッシュとか嫌じゃないで

すか。」


「特に女性はそうかも知れないね。まあ都合

によっては車の時もあるだろう。」


 荻窪の駅に着くと、そこからはタクシーだ

ったから風間の機嫌も少し直った様だ。


 橘教授の自宅はすぐに見つかった。訪ねる

と奥さんと思われる女性が出てきた。


「主人は体調を壊しておりまして、お客様は

ご遠慮いただいているのですが。」


 若い男女は教え子にしか見えなかったよう

だ。実際には火野は教え子ではない。


「いえ、教授に教え子とかいうことでお会い

したい訳ではないのです。お取次ぎいただい

た方が教授やその教え子さんにとっても有益

だと思います。一度話を聞いてから、の判断

ではあるでしょうが。」


 火野の口調か若い子とは一線を画していた

こともあり、細君は橘教授の意向を確かめる

ことにした。問うと教授は「会ってみる」と

言い出した。細君としては嫌な予感しかしな

かったのだが、言い出したら聞かないことも

身に染みていた。


「君が火野君、そしてそちらが風間さんだね。

それで私に話とは?」


「お加減にお悪いところ申し訳ありません。

実はある事実をお伝えしに来ました。」


 それから火野が話を始めたことは橘教授の

家系についての話だった。遥か昔の先祖に旧

支配者と関係があった人物がいる、というの

だ。その証拠となり得る記述のある古文書も

持参していた。但し、それが本物かどうかの

判断は橘教授には付かなかった。


「そんなバカな話が。」


「信じようと信じまいと教授のご自由です。

私どもは事実をお伝えしているだけですので、

それが教授にとってどのような影響を及ぼす

のかは、ご自身で判断されるべきでしょう。

また、綾野氏や橘良平氏についても同様のこ

とが言えるでしょう。但し、私どもからはお

二方にお伝えするつもりはありません。教授

が伝えた方がいい、と思われるのなら、そう

されればいいことだと。」


「なっ、なぜ儂だけに。」


「それは、私のような者にはなんとも。伝え

に行くよう仰せつかっただけですので。また

遺伝子的にも確認できる方法が現在確率され

つつあります。そちらでハッキリと確かめる

こともできると思います。ご依頼をいただけ

ればいつでも協力させていただきます。」


 風間真知子は終始黙ったまま、二人の表情

を観察しているだけだった。火野からしても

この少女は何を考えているのか見当がつかな

い。不思議な子、という以外なかった。


「では、お伝えしたいことはお伝えしました

ので私どもは引き取らせていただきます。お

加減のお悪いところ、お邪魔しました。」


 茫然とする橘教授を残し、火野、風間の両

名は橘宅を後にした。


「あなた、顔が真っ青だけど、大丈夫?」


 妻の問いかけにも微動だにしない橘だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る