燎原の炎(クトゥルーの復活第6章)

綾野祐介

第1話 第一幕 英国

 ケンブリッヂ大学生物学教授を先年まで務

め、この春に退職したアルバート=ライン博

士は元々橘城西大学工学部准教授の恩師であ

る。


 その伝手で綾野祐介は勇退し大学から西に

約40kmほど離れたグラフハム湖近くのク

ラフハムという街に隠棲している彼の自宅に

綾野祐介は先日来お世話になっていた。


 ライン博士にある人物を紹介してもらうた

めだったのだが、好奇心旺盛なライン博士の

質問責めに数日を要してしまいもう滞在予定

の1週間をほぼ使い切ってしまっていた。


「博士、どうか、そろそろ。」


「わかっておる。みなまで言うな。話は既に

通してある。明日の朝、早々に出かけよう、

手配は終わっておる。」


「本当ですか。いつの間に。」


「何事も段取りというものがある、というこ

とだ。前もってタチバナから話を聞いていた

こともあって、その結果待ちの間、お主の話

を聞いていただけじゃ。」


「そうだったんですね。それならそうと仰っ

ていただければ。でも、本当にありがとうご

ざいます。まさか、本当にお会いできるとは

思っていませんでした。」


「儂の力を見縊っていた、ということかね?」


 ライン博士は少し意地悪そうな瞳で問い返

したが、本気には見えない。


「めっそうもない、博士には本当にお世話に

なってしまいました。会えなくても仕方ない

という思いで頼らさせてもらってものですか

ら。」


「まあよいよい。儂も実は直接お会いするの

は初めてなのじゃよ。同じ会場に居たことは

何回もあるがね。」


 そうだった。ライン博士でもそうそう直接

会えるような方ではない。もしかしたら相当

無理をさせてしまったのかも知れない。なん

だか博士は


「タチバナへの謝罪を込めて」


 とか言っていたが、意味は解らなかった。


 翌日は正装し、15時からのティーパーテ

ィーに出席させていただくことになった。と

いっても、その日のゲストは全てキャンセル

されて綾野とライン博士の二人だけだった。

それほど重要な扱いをしてもらえるとは思っ

てもいなかった。


「では、貴方のことを全面的にバックアップ

させていただくことに決めさせていただいて

よろしいですね。」


 話は一気に進んだ。進みすぎだ。綾野は面

を食らってしまった。元々広範な知識を持っ

ておられたようだ。独自の組織も立上げてい

る途中だとのことだった。アーカム財団とは

相容れない、とも仰られた。かの組織につい

てもご存じだったのだ。


 一番有効だったのが、日本のあるお方から

の口添えだった。英国に渡る前、綾野は手を

尽くしてそのお方に面談し、今の現状や将来

のこと、時間をかけて色々とお話しすること

ができた。特に最近、綾野自身が経験したこ

とは包み隠さず正直に話をした。


 すると、


「存分におやりなさい。私たちは後押しさせ

ていただきます。ご苦労をおかけしますが、

よろしくお願いします。」


 と言われたのだった。


 そして渡英し、


「各国にネットワークを作る必要があるでし

ょうね。私どもも憂慮しておりました。でき

るだけのことはさせていただきます。外にも

声をかけるこくが必要なら、私どもの方から

手配させていただきます。」


 との言質をもらえたのだった。


「ところで、あなたのその目はどうなされた

の?」


 失礼な話だった。サングラスのまま面談し

ていのだ。だが、綾野としては仕方ないこと

だった。


「ある出来事がありまして、右目が今無い状

態なのです。」


「あら、それは大変ね。でも無いってどうい

う意味なのかしら?」


「言葉の通りです、陛下。物理的な存在しな

いのです。お見せいたしましょうか?」


 膨大な援助をしてもらうのだ。全て包み隠

さずに話すつもりだった。


「よろしいの?」


 綾野はサングラスを外した。その右目の眼

球のあるはずの場所には何もなかった。ただ

深淵の口のような暗黒があった。空間そのも

のが存在しないようだ。


「少し調べさせていただいて、どんなものな

のかと思っていたら、まあ不思議なものね、

確かに何もないわ。」


「そうなのです。見えている、という意味で

は見えてはいるのですが。普通の物が見えて

いる訳ではないのです。」


 日本でも、この件に関しては非常に興味を

持たれた。仕方がない。あえて綾野はそれを

売りにして援助を引き出そうと決心していた

のだった。


「別の物が見えていると?」


「そうです。さきほどお話ししました通り私

の遺伝子には旧支配者のものを一部引き継い

でいます。他者が同じ境遇であれば、そのこ

とが見えるのです。」


「旧支配者の遺伝子を継いでいるかどうかが

判るということ?」


「仰る通りです。ちなみに陛下は何の遺伝子

も引き継がれておられないようです。」


「そう。純潔の地球人、ということね。」


「そうなりますね。ただ、旧支配者の遺伝子

を継ぐ者が差別を受けないよう、この能力は

封印しなければならないと考えております。

陛下にもそのあたりは十分ご留意いただけま

すよう、よろしくお願いします。」


「わかりました。また、何かをお願いすると

きが来るかも知れませんが、心に留めておき

ましょう。」


 こうして、綾野は各国の政府やその諜報組

織、軍などとはかかわりがないルートとして

皇室・王室の援助を受けることが可能になっ

たのだった。





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