黒瀬特訪探偵事務所~探偵と脳筋超能力女子高生と宇宙人妻~

たいちよ

第1話 探偵の朝は早い


 この地球には、たくさんの来訪者がいる。

 それは、異星人であったり、異世界人であったり、異次元人であったりと、実に多種多様である。

 いつしか地球人は、一つの定義を作り、彼らをこう呼ぶようになった。

 現在の地球とは異なる場所から訪れた人々――異訪人と。


 朝焼けを迎えた静かな街並みに、少女の声が透き通った。


「マッキー! ポチ・・がそっち行ったよ!」

「……始めから怪しい依頼人だとは思っていたんだ」男はズボンのポケットに手を入れたまま空を仰いでいた。「ペットの捜索を依頼してきたくせに、写真は用意しない、特徴を聞いても要領を得ない。なのに『名前を呼べば絶対に出てくる』と断言する。ならば何故自分で探さないんだ。……と、依頼を受ける前に追及しておくべきだった」


 探偵の黒瀬真季くろせまきと助手の飛鳥朱美あすかあけみは、ペット捜し・・・・・の依頼を受けていた。

 元々探偵は収入が不安定な仕事であるが、今月は特に依頼しゅうにゅうが少なかったため、この依頼は真季にとって助け船であった。……のだが、いくら金に困っているとはいえ、仕事を安請け合いしてしまったことを、真季は今になって後悔していた。

 けたたましい咆哮で空気がビリビリと震える。朱美の言う通り、今まさに真季の元にペット・・・が向かってきているのだ。真季は迎撃の構えを取りつつ毒づいた。


「くそ、なにがポチ・・だ。……どこからどう見ても、ドラゴン・・・・だろうが!」


 蛇状のドラゴンポチは身体をうねらせながら、真季をめがけて滑空していた。

 真季を捕食するためだろう、大きく開かれた顎門は真季の背丈をゆうに超えていた。

 あからさまな殺意に真季は反射的に腰に手を回したが、すぐにあのドラゴンが保護対象であることを思い出し、舌うちした。


 仕方がない。真季はポチの後方にいる朱美に指示を投げた。

 

「朱美! 今からこいつを投げる・・・! あとは好きにしろ!」


 言い終わるが早いか、ポチの顎門は真季を飲み込み、そのまま慣性で直進する。……はずだった。

 自分の身に何が起きたのか、ポチには理解出来なかった。

 自分は人間を捕食しようとした。人間を捕食した後は、しばらく勢いのままに滑空しているはずだった。


 なのに、何故。

 自分は上空から地上を見下ろしているのだろうか。


 突然の出来事に身体の自由が奪われたポチは、なんとか眼球を動かし、自分が捕食しようとした人間を睨み付けた。

 しかし、それが間違いであったと気付いたときには、ポチは地上に這いつくばっていた。

 

 投げられたポチの意識が真季に向けられたそのとき、ポチの背後――ポチの上空――に一つの人影があった。

 飛鳥朱美である。

 驚異的な身体能力を有する朱美は、脚力だけでポチの頭上まで跳躍していたのだ。

 朱美は、天へ踏み込むように片足を垂直に伸ばす。


「必殺! 朱美ヒール・ショック!」


 朱美の全体重と重力を加算した踵落としがポチの脳天を穿つ。

 地上に向けて急激な圧力を加えられたポチは、間のコマが抜けたストップモーション・アニメーションのように、一瞬で地面に叩き付けられ、土煙を巻き上げた。


「上出来だ、朱美」


 すとんと軽やかに着地した朱美に、真季は労いの言葉をかけた。


「マッキー、もっと褒めて褒めて! あたしのこと好きになった? あたしはマッキー大好きだよ!」

「黙れ。まったく、人が褒めてやったらこれだ」


 朱美のテンションにため息を付きつつ、真季は目を回しながら地上に這いつくばっているポチを観察した。死んではいない……だろう。多分。

 そもそもドラゴンは表皮が固いため、朱美の踵落としくらいでは命を落とすことはないだろう、というのが真季の予想きぼうであった。


「なにはともあれ、これで仕事は完了だ。さっさと持って帰るぞ」

「でもこの子、どうやって連れて帰るの? ゆうに五メートルくらいはあると思うけど、トラックを手配する? あ、でもこの時間にお店って開いてるかなぁ?」

「今月は金欠だと言っただろう。レンタル代すら惜しい」

「じゃあどうするの、マッキー?」

「縄を持ってきた。これをこいつの口に巻いて、引きずって帰る」

「うわーい、流石マッキー。お客様のペットにも容赦ないね」


 真季は、ポチが目を覚ましても人を襲えないように、口を何重にも縄で縛った。試しに引っ張ってみると、かなりの重量が両腕に乗る。一人で運ぶのには骨が折れそうだが、幸い朱美がいる。

 真季と朱美はポチの頭側に回ると、かけ声とともに、ずるずるとドラゴンを引きずりはじめた。

 時間は六時二〇分。耳をすませば、街が目を覚まし始めてきたことが分かる。徐々に賑やかになっていく街並みの中で、朱美は今日も良い日になるだろうと確信していた。



 あらまほ市の中心にそびえ立つ全長四〇メートルの電波塔。その足元には円状の公園が作られており、毎日多くの人で賑わっている。

 人の賑わいにつられて多くの屋台や露店も集まっている。その光景を電波塔から見下ろすと、人と出店でみせが電波塔に首を垂れているようにも見えるため、誰が言い始めたかこの中央公園は『稲穂公園』と人々から呼ばれるようになった。それに因み電波塔は『ベイカータワー』の愛称で親しまれていた。

 

 稲穂公園から南へ真っ直ぐと進み、振り返るとベイカータワーが親指と人差し指で縦につまめる距離に交差点がある。

 そこで周囲を見渡すと、ビルの灰色並木の中で一際目立つ赤レンガの壁が目に入る。一見、時代に取り残されたレトロなビルだが、壁を注視するとそのレンガは真新しく、このビルのオーナーが意図的に浮世離れしたデザインにしたのだろうと思い至るだろう。

 そんな一風変わったビルの玄関扉の横に、カントリーなデザインの看板が立ててある。

 その看板には達筆な字で、こう書かれている。

 

 『黒瀬特訪探偵事務所』

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