第5話 キマちゃんとマーチング

幼稚園年長の秋、運動会。

かけっこやダンスなどの他に

私達の通っていた幼稚園の運動会のメインは

年長さんによる「マーチング」。


4クラスある年長さん。

1クラスは「旗」

残りの3クラスは「楽器」

演奏曲は定番「ミッキーマウス・マーチ」


どのクラスが旗になるかは

先生たちによる話し合いで決められたが

誰がどの楽器をするかは一人ずつ

園長先生の部屋に行き、くじ引きだった。


大半が小太鼓かピアニカ。

少数がシンバル、グロッケンなど変わった楽器になる。


私は小柄で目立つことが嫌いで

ピアニカも苦手だったため

心の中で小太鼓になれますようにと祈った。




キマちゃんとはクラスが違ったため

お互いの楽器を知ったのは帰りの園バスの中だった。


「みおちゃんは小太鼓?ピアニカ?」


どちらかに決めてかかってくるところが

いかにもキマちゃんらしい。


「…大太鼓。」


そう。私はマーチングの中でも最も大きな楽器で

全園児中2人にしか割り当てられない

大太鼓を引き当ててしまったのだ。


「えー!みおちゃんが??変なのー。」


失礼。でもこれぞ、キマちゃんの反応。

明らかに不機嫌になるキマちゃん。

私だって望んだわけじゃない。

私の心は「知らんがな!やりたないわ!」でいっぱい。


「キマちゃんは?」


分かってる。

キマちゃんがこういう時

私に話かけてくるってことは、自分が自慢したいから。

なら聞いてあげないと不機嫌を加速させてしまう。


「キマちゃん?キマちゃんみおちゃんよりすごいねん!

キマちゃん『トリオ』するねん!」


トリオとは小太鼓よりも小さな太鼓が

その名の通り3つ付いている

園のマーチング編成の中で最も重い楽器。

キマちゃんはそれを引き当てたらしい。


が、トリオも全園児中2人の楽器。

そういう希少価値的な面では私となにも変わらない。

重いのがすごいのか

叩く太鼓の数で競ってきたのかは分からないが

ともかく、私より「すごい」らしい。



マーチングの練習は連日行われた。

楽器練習、移動練習、他のクラスとの合同練習。

9月と言っても園庭での練習は特に辛かった。


やり始めてから分かったことだが

シンバルと大太鼓は譜面が単純なため

暗譜に苦労することはなかった。

が、その分の頭の余裕を考慮してか

移動で先頭になることが多く

動きを覚えるのに苦労した。


一方のトリオのキマちゃんは

暗譜にかなり苦戦していた。

そもそも教えられるのも

我慢するのも苦手なキマちゃんが

すんなりできるとは思っていなかったが…


そこにはキマちゃんをイラつかせる原因がもう一つあった。

それはもう一人のトリオ担当の女の子。

彼女はたまたまドラムを習っている子だったため

覚えも早く、悪気なく優しさで

あの超が付く負けず嫌いのキマちゃんに

譜面を教えてあげようとしたのだ。



当然、キマちゃん爆発。


キマちゃんママも爆発。


園に「指導不足」とクレーム。


キマちゃんはその日以来ペアの子と

練習しなくなった。

そしてキマちゃんママが

練習を見学しに来るようになった。


でもキマちゃんはマーチング練習中いつも不機嫌で

困り果てた先生が


「キマちゃんはどぉしたら頑張れるかなぁ??」


と質問した時に


「…みおちゃんとする。」


と言ったせいで


楽器練習は大太鼓2人、シンバル2人の中に

キマちゃんが入るという異色のグループができた。


(ちなみにもう一人のトリオの女の子は

キマちゃんママのクレーム後すぐグロッケンと

一緒に練習になっていました。)


楽器練習では

「みおちゃん楽譜かんたーん!!

キマちゃんの楽譜みて?みおちゃんこんなんできひんやろ?」


「へんな格好!みおちゃん大太鼓似合わんね」


「みおちゃんいっつもコケそう!」


「いいな-みおちゃんは簡単やし、軽いし。

キマちゃんたいへ~ん!でもみおちゃんには出来ひんもんね」


「おねーちゃんにピアノ弾いてもらって練習してるねん!

みおちゃんのおねーちゃんはピアノ弾けへんもんな!」



出るわ出るわ。

人をけなして

精神の安定を維持するキマちゃん。


私の心の傷を代償に。。



-----------


そうして、なんとか迎えた本番の日。


キマちゃんファミリー勢ぞろい!

ビデオカメラ2台にカメラも2台。

どんな表情も見逃さないといった様子。


おねーちゃんのときも

お遊戯会も音楽会もクリスマス会も

どんな行事もこのスタイルで

もはや名物化している光景。


かけっこやダンス、大玉ころがしなどの

他の演目が順調に過ぎ

(途中、お昼の家族とお弁当タイムでは

 しっかりお弁当の豪華さを自慢されたが…)


そしてとうとう運動会最後の演目


マーチング!


私たち大太鼓から曲が始まる。


ダン!ダン!ダンダンダーン!

(ここで私は既にやりきった感)


順調な滑り出し。


移動ですれ違う子たちの顔も真剣そのもの。


もちろんキマちゃんも。


曲も終盤、練習のグループを考慮して

考えられた陣形。

私達変わった楽器を持つ子たちが

一番前に整列して前進する見せ場。




キマちゃん…転倒。




しかし曲は止まらない。

顎から流血。

しかし曲は止まらない。

先生が駆け寄る。

しかし曲は止まらない。

その場で楽器を外し

先生に抱えられて退場。

しかし曲は止まらない。


この陣形の後に控えているのは

キマちゃんの一番の見せ場。



しかし曲は止まらない。



見せ場はドラムを習っているキマちゃんの相方の

独壇場となりキマちゃんの転倒以外は

大きな問題なくマーチングは終了。


キマちゃんは戻ってこなかった。


キマちゃんの使っていたトリオは壊れていた。


最後にみたキマちゃんは

顎に下唇がかかるほどの大きな絆創膏が貼られて

泣きじゃくりながら父親に抱っこされて

運動会を早退していく時だった。



その後キマちゃんは

顎の傷がカサブタになるまで

幼稚園には来なかった。


そう、幼稚園から運動会の思い出の

絵や写真が全て壁から外されるまで。



長いお休みを経て

キマちゃんはパワーアップして帰ってきた。

それは次のお話で。

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