第30話 「私」とマリヤの世界征服録
クライン社の社長が結婚したとニュースで報じられたのは一週間後のことだった。
式内容は身内のみ、相手は社内の女性研究員とだけ報じられ、深く追求されることはなかった。
されるようにはしなかった。
正確には、式は上げなかったのだ。
ウェディングドレスを着て写真を着るだけで終わった。
式を上げるか悩んでいる最中に、フミが眠るように亡くなったのが理由だった。
大事な家族のような存在を失った為、式は上げず写真だけとなったのだ。
屋敷前の小さな墓標に、マリヤは花を添えた。
「フミちゃんあのね、私結婚したんだ、ブラッド様と。それでね写真をとった後に一緒に町に出かけたら――」
マリヤの持っているタオルの中から小さな白くてふかふかした子猫が姿を現した。
「この子、見つけたんだ。フミちゃんみたいにふかふかしてか弱そうな子で……箱に詰められてたんだ……」
こぼれた涙を拭いながら続ける。
「だからね、育てることにしたんだ、フミちゃんみたく、大人しくて、運動神経悪くてそれで……」
ぐすりと鼻をすする。
「そっくりだから、長生きするようがんばって育てるね……」
タオルの中の子猫はふみゃーと鳴いた。
まるで、フミのような鳴き声で。
「……そばに行てやらんでいいのか?」
「今はそっとしておくのがマリヤにとっての正解例だ、下手に近づくと落ち込みがヒドい」
「さすがストーカーじみた元上司」
「ストーカーは余計だ!」
屋敷のすぐそばで、マリヤに聞こえない声量でいいあう、レアとブラッドだった。
しばらく泣いていたが、少しだけ区切りがついたのか子猫を抱き抱えてマリヤが二人のところに戻ってきた。
「二人とも何話していたのですか?」
「「気にするな」」
二人の言葉がそろって同じだったのに、マリヤは少しだけ笑った。
「そう言えばその猫の名前は何にするんだ?」
「その……ふみゃーと鳴くのでミヤちゃんと……」
「おい、ネーミングセンス」
「だ、だってふかふかだからフカちゃんにしようとしたら鮫になっちゃうから……」
「どっちにしろネーミングセンスどうした」
ブラッドが脱力したように言うのと併せて子猫がふみゃーふみゃーと鳴いた。
「そろそろミルクの時間だね、よしよし待っててねー」
子猫――ミヤにそう言いながら、マリヤは屋敷の中に戻っていった。
「……まるで子どもが出来たみたいだな」
「ぶっ!」
レアが何気なく言った言葉に、ブラッドは吹き出した、驚きで。
「そこまで驚くことか?」
「驚くわ!」
「さっきから怒鳴りっぱなしで疲れないか?」
「疲れさせてるのは誰――」
最期まで言う前に、来訪者の存在に気づいたブラッドは、振り返る。
「これはこれは、ご足労感謝する――とでも言おうか」
そこにいたのはジョシュアと、J、そしてダーシュだった。
「式を上げなかったみたいだから、せめて写真だけでもとね」
ジョシュアはほほほと、笑いながらブラッドを見る。
「式を上げなかったのは彼奴の選択だ」
「家族を失ったらそれは普通は式をあげれないよ。だから写真だけにした、本当は延長したかったんだろう?」
「確かにな、彼奴にはそれが良かったと思ったんだが、すでに籍は入れた後だったのでな」
「ドレス姿写真でも見せれて良かったと思いますよ」
「かもしれんな、それに生まれ変わりといわんばかりの子猫も拾えたしな」
肩をすくめてブラッドが言うと、ジョシュアも目を細めて頷いた。
「私のマリヤを泣かせたら締める」
「誰が貴様のだ、私のマリヤだ。いい加減その考えを改めろ」
Jと睨みあっていると、マリヤがひょっこりと顔を出してきた。
「あの……その……いらっしゃいませ」
何とも言えない雰囲気の中、マリヤは何とか言葉を絞り出した。
「マリヤ、あの男に泣かされてはいないかい?」
「ブラッド様にですか? いえ、そういうのは無いです、今まで通りです!」
Jの言葉にマリヤは首を振って否定する。
「ローズ氏、結婚おめでとう」
ダーシュが横から無表情で花束を渡す、マリヤ以外のその場の人は彼の手が震えているのに気づくだろうが、マリヤは気づかなかった。
「わぁ、素敵なお花。ありがとうございます」
少し嬉しそうにマリヤが微笑むと、ダーシュは無表情のままダバーっと涙を流した。
「だ、ダーシュさん?!」
「あれは複雑な心境を現した涙だな」
「同情はするが、マリヤは私のだからなしょうがない」
ブラッドとレアがマリヤに聞こえないような声量で話し合う。
「しかし、良かったのか?」
「何がだ?」
「状態を聞いたがマリヤはどうあっても貴様より先に死ぬのが確定済みだぞ、それでいいのか?」
「――いいんだ、その時が私が死ぬ時と決めた」
「……そうか」
ブラッドの穏やかな表情を見て、レアはそれ以上言うことはしなかった。
「ところで、写真は見せてくれないのですかな?」
「ええい、うるさい爺だ、少しまってろ」
ブラッドはその場から姿を消すと、再度姿を現した。
手には何かの冊子のようなものがあった。
「これだ」
ジョシュアの目の前に冊子を――写真をつきだした。
写真には、困り笑いの花嫁と、邪悪な笑顔の花婿が写っていた。
「ほほほ、君たちらしい写真になったねぇ」
「らしすぎて面白味がないがな」
「面白味とはなんだ!」
「花嫁の部分だけ欲しい、花婿の部分は切り取れ」
「貴様等……!」
ブラッドと客人逹がぎゃあぎゃあと言い合うのを見て、マリヤは少し嬉しそうに笑った。
いつかくる終わりまで、こうしていたいと。
「そうだ、マリヤ」
「は、はい! 何でしょうブラッド様!」
「頼んでおいた装置はできてるだろうな?」
「も、もちろんです!」
「ならばいい、それを渡せ! それでヒーローと遊んでくる!」
「裏から世界征服はほぼすんだようなものなのに、まだ世界征服するのか」
「ヒーローに常に勝ち続けてこそだ、ははは、これだからヴィランはやめられん!」
高笑いするブラッドにあっけをとられるが、マリヤは急いで装置を取りに行き、そして戻ってきてブラッドに渡した。
銃型の装置だった。
「引き金引くだけで問題ないですから」
「ふむ、分かった。では行ってくるぞ!」
「はい、行ってらっしゃいませ、ブラッド様」
ブラッドは邪悪に笑って姿を消す。
「この間の事件で弱みやらなにやらにぎりまくったから裏からいろいろできるようになっちまって世界征服ほぼすんだようなものなんだ」
「そうか、だがヴィランはまだいるぞ。私逹もヴィランだ」
「そのヴィランにも勝ち続けようとするのがうちのバカな総帥さ」
レアはため息をついた。
「でも、私そんなブラッド様が大好きです!」
レアの台詞にマリヤが元気よく返すと、一同惚れ気に当てられため息をついた。
「ははは! ヒーローとはそんなものか!」
町を縦横無尽に飛びながら、ブラッドは今日もヒーローを翻弄し、自分以外のヴィランを潰して回る。
ブラッドとマリヤ逹の世界征服録は終わることなく、これからも続くのだ――
私とマリヤの世界征服録 ことはゆう(元藤咲一弥) @scarlet02
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